守るべき者
レイナさんの顔に、少し後悔の色が見えたような気がする。
しかし、それもほんの一瞬で、すぐにいつもの顔に戻った。
「価値観の相違かな」
冗談とも本気ともつかない言葉で微笑んで、森の中を進んでいく。
価値観?
国を捨てるほどの価値観というのは、どういうことなのだろう?
わからないことだらけだ。
だけど、レイナさんも村人も、誰一人私とルークの村に来た事情を聞かない。
だから、きっと、レイナさんにもこれ以上探るようなことを聞かないほうがよいのだろう。
アネクモの糸の柵沿いにどんどんと進んでいく。糸は光を受けて時々光るだけで、そこに張ってあるというのが見つけにくい。だから、手で存在を確かめて進んでいくのだ。時々赤い布がつり下げてある。それが、唐突に途切れた。
「まだ糸不足で、ここから先は糸が張ってないのよ。さぁ、続きを張りましょう。大型モンスターが入り込んでいる可能性がない分けじゃないから気をつけて」
歩いてきた距離からすると、まだ村をぐるりと囲う4分の1くらいしかアネクモの糸の柵はないようだ。
糸不足か……。
「3人いるから、上の段、中段、下段って、3人でやればきっとすぐに終わるわね!【取出】……あれ?アネクモの糸が出てこないわ?」
ふふっ。レイナさん、さっきの国のことを話しているときはしっかりしていると思ったけれど、以外とドジなところがあるようだ。
「【取出】」
アネクモの糸の束を3つ取り出す。
「あっ、そうか。さっき、切り株を入れるために取り出したんだっけ。うっかりしてたわ。これだけの量を収納できる人なんて今まで周りにいなかったから……」
レイナさんが、途切れた場所の木に糸をくくりつけた。
「じゃぁ、一つずつ持ってね。あっちに向かって……ううん、もう少し村から離れたあちらへ向かって張った方がいいかしら?」
「なぜ?」
レイナさんの提案にルークが尋ねる。
「エイルちゃんのおかげで、開墾が思った以上に早く進みそうでしょ?畑を広げるなら、当然村が広がるわけだから、柵ももっと外側に必要になるかなぁと思って。張り直すよりも、初めから外側に張った方がいいかなと思うのよ」
「そうすると、ぐるりと一周覆えるまでに時間が掛かり、こちら側からのモンスター侵入の危険が増える。小さな囲いを完成させてから、広げた方がいい。将来的には二重防衛になる」
レイナさんの答えに、ルークが別の考えを主張した。
なるほど、二人が言うことは両方とも正しいよね。
「ああ、そうか。ルーシェが言うことにも一理あるわね!このまま内側に張ったものを残しつつ、さらに外側に柵を張れば、確かに二重防衛になるか……。糸の高さや間隔を変えればさらに効果的……。いつかのために先行して外側に貼るよりも、まずは今の安全優先というのも必要ね……ただ、問題は……糸不足なのよ。今張ってある糸を外して外側に張り直すことになると思うわ……」
糸不足か……。
「これ、使えませんか?【取出】」
途中で収納したアネクモのくもの巣を取り出す。
アネクモから回収した糸じゃないので、くるくると巻いてもなくてくもの巣状の糸が地面にどちゃりと現れた。
「アネクモの巣なんですけど……」
「え?エイルちゃんどうしてこんなものを持っているの?まさか、木登りが得意とか?でも、ずいぶん高い位置にあるから、危険でしょ?アネクモがいたりしたら……」
と、レイナさんが驚いた声をあげた。
「いえ、その、見上げたら巣があったので、収納しました」
「ああっ!そうか!切り株の木の根と一緒ね!見えてるから収納できる。収納することで木に上らなくても手に入れることができるんだ……!それなら、アネクモを倒す必要もないし、アネクモが生きていれば、くもの巣はどんどん作ってくれるわね!」
倒す必要は……どうだろうか。足場を失ったアネクモが落ちてくるから、それを倒さないといけないと思うんだけど……。
「エイルちゃんすごい!もしかして、この方法なら、アネクモの糸不足が解消されるかもっ!」
と、大興奮のレイナさんとは正反対に、ルークは取り出したアネクモのくもの巣の糸を観察している。
「アネクモから回収する糸はまっすぐ。この糸は網目状……あ、違う。横糸と縦糸で性質が……横糸が渦巻状になっていていつものアネクモの糸と同じだ。縦糸はベタベタするけれど、弱い……これなら、横糸を引っ張って巻けば少しベタベタするけれど一本の糸になって同じように使える」
「おお、ルーシェちゃんも偉い!賢い!将来有望!私の家臣にならない?あ、違う、妹になるんだっ!」
当たり前のように家臣なんて言葉が出る当たり、やっぱり姫なんだ。
それにしてもルークは本当に9歳?って私は驚くのに、レイナさんは驚かないのかなぁ。5歳くらいにしか見えないのに、とても5歳の子が話しているようには思えないのに。
「【収納】じゃぁ、行こう!こっちよ!」
レイナさんは、私が出したくもの巣を収納すると、アネクモの糸を張る作業をそのまま放置して、私達二人の手を取って南に向かって歩き出した。
「確か、このあたり……」
レイナさんが上を向いてキョロキョロしている。
「うわぁっ」
ルークの悲鳴に振り向けばスライムの姿が。
「【火】」
レイナさんがとっさに火魔法でスライムを始末する。
「そうか、そろそろ滝の効果が薄まる場所ね……。ゴメンね、つい興奮して後先考えずに二人を連れて来ちゃった」
「どこへ、何をしに行くつもりだったんですか?」
「もう少し先に、アネクモが大量発生していた場所があるの。あ、アネクモはファーズが全部始末したんだけど、くもの巣はそのまま放置してあったはずだから、回収しようかと思って……。アネクモが発生してたってことは、モンスターが出る場所ってことだものね……。二人は危ないから……。うん、また今度出直すわ」
と、レイナさんが残念そうな顔をする。
「あの、スライムくらいなら私たち平気です。せっかく近くまで来たなら、行きましょう!私、まだまだ収納できますから、レイナさんと二人なら、いっぱい持って帰れます!」
役に立ちたい。
きっと、出直す時に私は連れていってもらえない。
レイナさんの収納力だけなら、くもの巣の量によっては何往復もしなければならないだろう。私が一緒なら……。
役に立てる!
私の必死の訴えに何かを感じ取ったのか、レイナさんが少し考えてから頷いた。
「そう?じゃぁ……お願いしようかな?その前に……【風】ファーズに声を届けて、村の南側以前アネクモが大量発生した場所に来てーーー。ん、これでいい。じゃぁ、行きましょう、周りに警戒しながらね」
やった。連れていってもらえる。役に立つことができるっ!
「ルーク、モンスターの姿を見つけたら、手をぎゅっと握って合図を送って」
ルークと手をつなぎ、レイナさんに聞こえない声で話す。スライムとはいえ、ルークは小さな火魔法も使えない。私が守ってあげなくちゃ。




