村人たちの謎
「ああ、おばあちゃん、足元気を付けて!」
シュナイダーさんと入れ替わりに、20歳くらいの娘と老人が入ってきた。
「いらっしゃい、ヤンさん、リーアちゃん」
「こんにちは、レイナ様。ファーズさん……と……?」
「エイルです。妹のルーシェと、村でお世話になります」
「おやおや、新しく住人が増えるんだね?おいで、撫でさせておくれ」
ヤンばあさんが手招きするので近くに寄る。
延ばされた手に頭を差し出すと、優しく撫でてくれた。
「二人とも、手触りの良い髪をしているね。良かった……ちゃんと栄養取れているんだね」
栄養がとれていてよかった?
「ああ、この村に来る者は、食べることも満足にできずに栄養が足りず、髪がバサバサな人間が多いからな……」
ファーズさんがどこか辛そうな目をしてそうつぶやいた。
「さぁ、ヤンばーさん新作を見せてくれるんだろう?希望の品はいつものように糸と布と塩でいいか?」
ファーズさんに促され、ヤンおばあさんは胸に大事そうに抱えていた布を1枚ずつ広げた。
「うわぁ……。すごいっ!私、こんなに素敵な刺繍、初めて見ました!」
思わず声が漏れる。テーブルクロスになりそうな大きさの布一面に、色とりどりの糸で所狭しと刺繍が施されている。それが3枚も!
「でしょう!王様のベッドカバーだって、ここまで素晴らしくないわよ!ヤンさんは王室御用達お針子よりもすごいんだから!」
レイナさんが、ドヤ顔で説明してくれる。
「これだけ素晴らしい物ならば、また貴族連中に高く売れるよ」
「えー、売っちゃうの?私、これほしいっ!」
レイナさんがファーズに文句を言う。
「レイナ、何をわがまま言っているんだ」
「ち、違う、私が買うっていう意味だから!ちょうだいっていう意味じゃないよっ!わがままとかじゃないもんっ!」
「あははは。ええよ、ええよ。レイナ様にはお世話になっているから1枚もらってくだされ。残り2枚で糸と布と塩と……それで他にまだもらえるかい?」
楽しそうにヤンおばあさんが笑う。ファーズさんは、仕方ないなぁという目をレイナさんに向けた後、ヤンさんに答えた。
「まだ銀貨10枚分はあるな」
その言葉に、ぱぁっと顔を明るくしたのはリーアちゃんだ。
「じゃぁ、何か甘い物ないですか?」
「ああー、甘い物はないな。今回は巨大尻蟻にも遭遇しなかったし……次回は飴かなにかかさばらないものを用意するよ」
ファーズさんの言葉に、リーアちゃんががくっと肩を落とした。
巨大尻蟻?モンスターだろうか?アネクモの糸みたいに、何か甘い物をとれるの?
「飴とか、そんな高価なものじゃなくていいのっ!ナナバとか干しリゴンとか……街で食べてた甘い物が食べたい……」
ナナバとか干しリゴン?
「リーア、すまないね。私についてこの村に来たばかりに……」
「何言ってんのおばあちゃんっ!私は幸せだよっ!あんなおばあちゃんを馬鹿にする人たちばかりの街になんか、二度と帰りたくない!この村の人たちはみんないい人だし…」
そうか。この村の人たちはみんないい人なんだ。
うん、確かに荷物を受け取りに来た人たちで嫌な感じの人は全然いなかった。
でも……。
もし、私が魔欠落者だと知られたら?
「そりゃぁ、甘い物とか他にもちょっと物が少なくて不便だけど……。お腹いっぱい食べられるし、石を投げつけられるようなこともないもんっ!」
え?
石を投げつけられた?なんだかリーアさんも辛い過去があるみたいだけど……。魔欠落者?
「じゃぁ、ありがとう。おばあちゃん行こう。他の人も並んでるからね!」
リーアさんは、ヤンさんの手を取って出て行った。
それから先は村人たちに紹介されるたびに考えてしまった。
リーアさんは魔欠落者なんだろうか?そして、この村の人たちは魔欠落者であるリーアさんにも優しいのだろうか?
だったら、もし、私が魔欠落者だって知られたとしても……今、こうして紹介されたときと同じ笑顔をまた向けてくれるのだろうか……?
最後の村人が帰ると、板間の上にはまだいくつもの品が残っていた。それから、あとは物々交換で持ち込まれた食べ物が積まれている。
「さぁ、仕分けするかな。次に街へ行って売るものと、ここで使うものと。レイナは、残ったものの配達頼むよ」
「了解!そうだ、二人もついておいで。村の中を案内しがてら配達しよう!」
そういうと、レイナさんは部屋の中に残った荷物に目をやり【収納】してしまった。
「すごい。全部収納しちゃった……」
「何いってんの、エイルちゃんはもっとたくさん収納してたじゃない」
くすっと笑われた。
でも、私は魔欠落者で、唯一使える魔法が収納で……だから、人よりは大きいだけで……しかも時間停止や現状維持効果はなくて……。
と、言いたい言葉をぐっと飲み込む。
「まずは、畑から行きましょうか」
滝のある崖寄りに集落があり、離れた場所に牧草地。さらに離れた場所に畑があった。その先は、木々が生い茂っている。森だ。
その森の木を、シュナイダーさんが片手で斧を降り、切り倒していた。
「開墾して畑を広げているのよ」
どしんと音を立てて木が倒れると、シュナイダーさんが私たちに気が付いて声をかけてきた。
「おお、どうした?」
「村の案内がてら、お届け物。今回はこれもあったの忘れてたわ【取出】」
レイナさんが、斧の先と、鍬の先を取り出す。そう言えば、鉄は重たいからなかなか運べないと言っていたけど、こういうもののことだったんだ。
「これはありがたい!おお、そうだ。配り終わったんならイズルに根っこの掘り出し手伝ってくれるように伝えてくれないか?」
「いいわよ【風】イズルに声を届けて【畑で切り株の掘り起こしを手伝って】」
シュナイダーさんが切り倒した木は、大人の手のひらくらいの直径のものだ。
「シュナイダーさん、根の大きさはどれくらいですか?」
「そうだなぁ、これくらいの木ならせいぜい3メートルくらいか。掘り起こすのに一人で小一時間ってとこかな」
3メートルか。あちこちに伸びているだろうから、長さで体積に換算はしにくいけれど、大人二人分の体積と比べてさほど大きいということもないよね?
だったら……、大丈夫かな?
「【収納】」
切り株を収納する。繋がっている部分ごと収納されるから、当然根っこもごぼっとそのから無くなる。
「【取出】」
木の根は、すぐに倒れた木の横に取り出して置いた。
あ、あれ?
唖然とする二人の目。
シュナイダーさんとレイナさんの目が……、困惑してる?もしかして、まずいことした?