魔欠落者の少年、ルーク
20匹は収納しただろうか。
「おい、血の臭いがする、こっちに逃げたんじゃないか?」
「くっそ、魔欠落者のくせに逃げ切れるとでも思ってんのか」
いら立った男たちの声が聞こえてきた。
「おい、子供が倒れてるぞ!」
「見つけたか?」
「いや、違う。俺たちが頼まれたのは5歳くらいの餓鬼だ。倒れてるのは10歳くらいの女の子だ」
「うわー、すごい血だな。死んでるのか?」
「さぁな、死のうが生きようが関係ねぇ。俺たちは餓鬼の始末を依頼されただけだからな。とにかく探せ!子供の足だ、そう遠くには逃げてないはずだ!」
餓鬼の始末?
魔欠落者の子が、あの男たちに追われてるの?
倒れた私の目に、茂みに隠れた小さな足が映った。ぼやけた視界の中でも、その白くて小さな足が人間の子供の者だと分かった。
「おい、しっかり探せ、茂みに隠れてるかもしれないからな!」
男の一人が、小さな足が隠れているところに近づいた。
見つかる!
「【収納】」
小さな声でつぶやく。
視界から、小さな足が消える。
「いないな、くそっ、もっと奥まで進んだのか?」
「奥に行けば強いモンスターも出てくるってのは餓鬼でも知ってるだろ」
「今頃、モンスターに食い殺されてるかもしれねぇぞ」
「だったら、俺たちの手を汚す必要ねぇ。楽でいいじゃねぇか」
「馬鹿だな、跡形もなく食べられちまってたら、始末した証拠を持って帰れなくなるだろうが!」
「うわー、そりゃまずいな。急いで探そうぜ!」
ガサガサと木々をかき分け、茂みをつつきながら男たちが遠ざかって行くのを待つ。早く、早く遠くに行って!
男たちの声が聞こえなくなって、しばらく時間を置く。
また戻ってくるかもしれないから、本当はもっと時間を置きたいけれど……。意識がもう持ちそうにない。
死んでしまったら、収納したものは二度と誰にも取り出せない。だから、死ぬ前に……あの子を……。
「【取出】」
ぽんっと、小さな男の子がびっくりした顔をしてこちらを見ている。
よかった。生きてる。
魔欠落者の私だけど、最後に……少しは、役に……。
「おっ、お姉さんに、ち、ち、近づく……なぁ……」
涙声にふと意識が戻る。
うっすらと目を開くと、小さな背中。その向こうに、大きな犬?
青い犬が、大きな口を開けてとがった歯を子供に向けた。
「【収納】」
犬の姿が消え、子供がぺたりと尻もちをつくのが見えた。子供が襲われなくて良かった。
ああ、私、まだ生きてる。あと、どれくらい生きられるんだろう。もう、痛みも感じなくなっちゃった……。
次に目が覚めたのは、子供のうめき声が聞こえたからだ。
「うう、痛い……だめ、あっち行ってっ!」
目を開くと、木の棒を振り回してスライムと戦っている男の子の姿がはっきりと見えた。
「【収納】」
スライムを収納して、体を起こす。
おかしい……。チカチカして歪んで見えていた視界がはっきりしている。それに……。
「痛くない?」
もう、痛みさえ感じなくて死ぬのだと思っていたのに、どうやらすっかり傷が治って痛みを感じないようだ。
「お姉さん、よかった。回復魔法かけたのに、起きなくて、どうしようかと思った」
金色のふわふわの肩までの髪。大きな瞳を輝かせて微笑む天使のような顔が目の前にあった。
かわいい。
シャツにベストと七分丈のズボンという姿から、男の子だろう。けれど、顔だけでは女の子か男の子わからない。
「どこか、痛いところない?」
コテンと首を傾げて問われて、ハッと現実に戻る。
「あ、あの、君が回復魔法をかけてくれたの?ゴメンね、魔欠落者の私なんかのために……」
生きるか死ぬかのあんな大きな傷を治せるような回復魔法なんて、きっと金貨10枚はするような大魔法だ。
5歳前後に見える男の子はびっくりした顔をした。
「お姉さんも魔欠落者?」
も?
そういえば、男たちは魔欠落者の子供を探していると言っていた。目の前の天使のような子が、男たちが探している子供?
「君は、あの男たちから逃げているの?」
「うん」
なぜ?とは思ったけれど、問うようなことはしない。
だって、魔欠落者なのだ。
きっと、それだけで理由なんて十分なのだろう。
私が、魔欠落者だから父親に殴られていたように。私が、魔欠落者だから、母様が泣いていたように……。
「うわっ!また、出た!」
男の子がバッと木の棒を持った手を振り上げる。その先にはスライムが2匹いた。
「【収納】」
呪文を唱えると、スライムが姿を消す。
「やっぱり、お姉さんがそうして男たちから助けてくれたの?見つかると思った時、突然気持ちのいい空間にいた。あれは、収納魔法の中?」
へぇ、収納魔法の中って、気持ちがいい空間になってるんだ。倉庫の中のように、薄暗くてヒンヤリしてちょっと怖そうな場所かと思ってた。
「助けてくれて、ありがとう。僕、ルークリット」
「私の方こそ……助けてくれて、ありがとう。私は、」
名乗ろうとして、戸惑う。
父親に、自分と母親のことは言うなと言われている。売られた時には偽名を父親につけられた。
「私は、トゥエイル……エイルって呼んで」
迷ったけれど本当の名前を告げた。母様が付けてくれた名前を捨てたくない……。家名を言わなければ大丈夫だよね?
「エイルお姉さんは、どこへ行く途中?」
ルークの質問に、首を横に振った。
「どこへも……行く当てがないの」
「僕と一緒」
ルークが寂しそうな目を見せた。
私より幼いのに……。
「ルークが良ければ、一緒に行こうか。魔欠落者の私たちでも生きていけるどこかを探しに……」
「え?いいの?」
パッとルークの目が輝いて、すぐにうつむいた。
「でも、僕、追われてる。エイルに迷惑かける……」
小さく震える肩。
一人でずっと逃げてたのかな……。
「大丈夫だよ。また男たちが来たら収納で隠してあげる。それに、ルークは私が怪我したり病気したりしたら治してくれるんだよね……?」
ルークの肩に手を置いてゆっくりと言葉を紡ぐ。ルークの顔が上がった。だけど、まだ迷いのある表情をしている。
「魔欠落者の私じゃ、一緒にいるの嫌かな?」
「そっ、そんなことないっ、僕も魔欠落者……。僕……本当は、一人で寂し……かった……」
ぽろんぽろんと、ルークの瞳から大きな涙の粒がこぼれた。
思わず、ぎゅっとルークに両腕を回して抱きしめる。
温かい……。人の体温。母様に抱きしめられたことを思い出して、今までこらえていたものが……。
「うっ、ううう……ルーク、一緒よ。ずっと、一緒に……一人にしないから……」
ルークの小さな手が、ぎゅっと私にしがみついた。
二人なら、魔欠落者でも二人なら……きっと見つけられる。私たちが生きていける場所を。
少しだけ、気持ちが上に向いた。