魔獣の森の村
ざざざざーっというすごい音が聞こえてきた。
滝?でも、どこにも滝なんて見えない。
それどころか、前方には木すら見えなくなった。
「ほら、村に着いた」
背負子から降りてファーズさんの隣に並ぶ。
「うわぁ」
崖の上だった。半円状で、高さが大木の何倍もあるような大きな崖。
半円状の中央あたりには大きな滝がある。ドウドウと大量の水を落とし、水しぶきが霧となって滝つぼの姿を覆い隠している。
滝の水は、そのまま川になり、まっすぐ流れていた。
崖に囲まれた半円状の場所は森が切り開かれ、4、50のあばら家が立てられている。畑らしき場所もある。
「村だ……」
今まで通ってきた町に比べたら、人も少ないし建物も粗末で少ないけれど、魔獣の森にこれだけの集落があるとは思わなかった。
「さぁ、落っこちないように、しっかり捕まってろよ!」
え?
えええっ!
ぴぎゃーーーっ!
ファーズさんは、崖の上の木に結び付けられているロープを手にかけ、崖を滑るように降りていく。
「アネクモの糸で作ったロープだ。切れることはないから安心しろ」
いや、いや、切れる心配っていうか、高い、怖い、落っこちる、ぎゃーっ!足元に地面がないっ!
地面まであと5メートルくらいで、ファーズさんがロープから手を放した。わーっ。
浮遊感と、地面に着地したときの衝撃。
背負子を下ろされて、地面に足がついても……立ち上がれないでいた。
「おかえりーっ!ファーズ!」
長いブロンドヘアを三つ編みにした美しい女の人が一目散に駆け寄ってきた。
ふんわりと膨らんだ袖に、ウエストをベルトでとめた膝丈のフリルのついたスカート。その下に、ズボンと皮のブーツを履いている。
まるで、貴族の乗馬服みたい。粗末な家が立ち並ぶ村とはずいぶん不釣り合いだなぁ。
「レイナ姫、ただいま戻りました」
ひ、姫?
貴族通り越して、お姫様?
え?この村って、どの国にも所属していないと言っていなかった?それとも、村じゃなくて、村みたいな小さな国で、この村のお姫様?
「ファーズ、もう私は姫じゃないって何度いえばわかるのっ!」
20歳少し前だろうか。レイナ姫様は、ほっぺたをぷぅっと膨らませ、ファーズさんの鼻をぷにっとつまんだ。
「姫?」
ルークがじぃっとレイナ姫の顔を見ている。
「まぁ、ファーズ、この子達、隠し子?」
レイナが、私たちの存在に気がついて声をあげた。
「ちっ、違いますよっ!一体何歳のときの子ですかっ!」
「ぷぅーくっくっく。知ってるわ。ファーズは私と2つしか違わないことも。恥ずかしくて女性と二人きりになれなかったことも。今も独り身だってこともね」
レイナ姫がからかうと、ファーズは顔を赤くして「それはっ」と何か反論しようとして口を閉じた。
「かわいいっ。まるで天使みたいね。お名前は?私はレイナよ」
「ルーシェ。姉はエイル」
「そう、姉妹なの。お姉さんは月の巫女みたいに綺麗ね」
え?
「そ、そんなことないです。レイナ姫様こそ、光の女神様みたいです」
レイナ様は、にこっと笑って、私の鼻をつまんだ。
「レイナよ。レ、イ、ナ。姫でもなんでもない、レイナ」
「フェインナ、しゃま」
鼻をつままれたままで、変な声が出た。
「んっー、様もいらないっ!もう、ファーズ、あなたのせいよっ!姫じゃないのにっ!私は、あの国はもう捨てたんだから!国を出ればただの人!ファーズの幼なじみのレイナ!レイナなんだからっ!」
ぷんすかと、拗ねてしまったレイナ様。
「あー、エイルにルーシェ、様抜きでレイナって呼んでやってくれないか……?」
ファーズがスマンというジェスチャーをつけて言った。
「レイナさ……ん」
ルークのさん付けに満足したのか、レイナ様……改め、レイナさんはうんうんとうなずいた。
「なんなら、レイナお姉ちゃんでもいいわよ?私、妹欲しかったの!ふふっ。村を案内してあげるわ!行きましょう!」
レイナさんは、右手にルーク、左手に私の手と繋いで歩き出した。
国を捨てた姫が、なんで魔獣の森の村に?
姫とファーズが幼なじみ?
「レイナさん、聞きたいことがある」
ルークも、いろいろと疑問に思ったようでレイナさんに話しかけた。
「なぁに?恋ばな以外ならなんでも答えてあげるわよ?」
「ファーズさんは、」
ルークがそこまで言ったときに、レイナさんの手にぎゅっと力が入った。
あれ?何だろう、この反応……。
「魔欠落者なの?」
「ふえ?あ、うん、なんだ、そういう質問か。この村に来たから魔欠落者だって思ったのね。ファーズは違うのよ」
ん?
この村に来たから魔欠落者?
レイナさんは楽しそうに笑い、後ろを歩いていたファーズを振り返った。
「見せてあげなさいよファーズ。水魔法を」
確か、ファーズさんは魔力の消費を押さえるために火魔法以外は使わないと言っていた。もう村に着いたから問題ないんだろうか。
レイナさんの言葉に、ファーズさんは呪文を唱えた。
「【水】」
呪文と同時に、ファーズさんの人差し指の先から3滴の水が落ちた。