封じられた火魔法
ドラゴンが鋭いかぎづめのついた足でブルーを地面に縫いとめると、口から毒ガスを吐き出した。
「くっ」
黄色い靄みたいだったガスが、今ははっきりとした黄色で雲のように見える。
濃度が濃い?
ブルーが地を転げて苦しがる。
「【収納】」
「【回復】」
「【風】」
神官たちが風魔法でこちらに流れてきた毒ガスを吹き飛ばしてくれた。
「やばいね、せっかく勝てそうだったのに、毒ガスを巻き散らかされ続けたら、僕たちここにいられなくなるよ」
そうしたら、回復魔法を唱えることもできなくなる……。
「風魔特化者をよぶ?」
テラが尋ねる。
「何?その風魔特化者って?」
ルークが怪訝な顔をした。
「後で教える。風魔法が得意な人を呼んで毒ガスを吹き飛ばしてもらいながら戦い続けるってテラが聞いてるんだけど」
魔欠落者のことを、魔特化者って呼ぶんだよって教えてあげたら、ルークはどんな顔をするだろうか。
「うん、僕たちはそれでガスを吸わなくなったとして、毒ガスを吹き飛ばした先は大丈夫だと思う?いつまで戦いが続くか分からない、毒ガスがどれだけ出るかも……」
「鉱山から出ている毒と同じだとすると、植物が毒に侵されて食べられなくなるって言っていた。それに、避難先がどこか分からないから、そこにガスが流れていくと皆が危険かな……」
考えられる可能性をルークに答える。
「そうか……風魔法が得意な人間じゃなくて、火魔法の得意な人間はいないの?ファーズみたいにさ。攻撃力が上がれば、もっと早く倒せるかもしれない」
ルークに首を横に振ってみせた。
「鉱山と同じガスなら、引火性ガス……火がつくガスなの。だから、ガスのあるところで火魔法は使えない」
ルークががっかりした様子を見せた。
「ラッキーじゃん?だったら、火魔法の使えない俺にも火で攻撃できる」
ロンが嬉しそうな声を上げた。
「え?」
ルークが首を傾げた。
「ドラゴンがガスを吐き出した瞬間に、口に火矢を打ち込めば燃えるんだろ?うまくすれば火はドラゴンの体の中にも入り込むんじゃないか?」
ロンに続いて神官も口を開いた。
「そうですね、火矢に使う程度の火魔法なら私たちが使えますし。毒ガスを吐き出したときになるべくガスをドラゴンの口の中に押し戻すように風魔法を使えば……」
「ダメだよ」
テラが否定する。
「いいアイデアだろ?俺の弓の腕を疑ってるのか?」
「そうじゃなくて、ドラゴンの口から吐き出された毒ガスは見えるけど、鉱山では毒ガスは見えなかった。見えなかったけど、火がついた」
そうだ。テラの言う通り。
ガスは濃度が濃くなければほぼ透明で見えない。
「今も足元にガスがたまっているかもしれない」
神官が思い出したように頷く。
「そうだ、坑道の中で足元に火がついてあっという間に広がっていった。もしかすると口には入らないけれど足元には毒ガスがあるのかもしれない。火魔法を使って、ドラゴンの口に矢が入るまでに引火する危険もある」
ルークが首をひねる。
「じゃぁ、ドラゴンの口に直接火魔法で火をつけるとか?」
「無理ですよ、いつ毒ガスを吐き出すか分からないドラゴンの、しかも動き回る口に向かって火魔法を正確に素早く出すなんて」
「そうですよ。距離もあるし、何より回復魔法のように火魔法はうまく扱えない……」
神官二人がフルフルと首を振った。
「くっ……【取出】」
魔力が持たなくてドラゴンを取り出す。
話し合いは途中のまま、再び同じように攻撃を繰り返す。
初めに比べてドラゴンの動きは少し遅くなったような気はするけれど、まだまだ倒せそうにはなかった。
「ああ!俺にも火魔法が使えたらなっ!くそっ!矢を射るように、火魔法でドラゴンの口を射抜いてやるのにっ!」
ロンさんが悔しそうな声を出した。
火魔法が使えたら……か。
やっぱりロンさんも魔欠落者だったんだ。
私もルークも火魔法が使えない。だけれど……
あ!
「そうだ、ルーク、教えてもらったよね!ファーズさんに!火魔法が使えなくても私やルークにも火が起こせる方法!【取出】」
手の上に火打石とアネクモの糸を取り出す。
「そうだった、エイル!ロン、これは火打石。衝撃を与えると火花が飛びでる。こっちはアネクモの糸だ。すぐに火が付く。……魔欠落者でも、この二つを使えば火を簡単に起こすことができる」
ロンさんがニヤリと笑った。
「そうか、火魔法なんか使えなくても、魔欠落者の私にも、火を操ることができるのか」
ロンさんが、矢の先に火打石を括り付け、その周りをアネクモの糸で巻いた。
「衝撃を与えるって、これをドラゴンの歯にぶち当てることで大丈夫か?それとも、さらにそこに矢を当てた方がいいか?」
ルークが答えた。
「できるなら、念には念を」
ロンが再び笑った。
「そうだな」
「あの、当てられそうですか?矢に他の物を括り付けてしまうと狙いにくいんじゃ……」
火打石はあと10ほどある。
失敗した矢を収納で回収すればまた使える。だから何度失敗したって問題ない。
それでもついロンさんに聞いてしまったのは……。
この作戦が成功してほしいって思ったから。
それも、早く。
何度も何度も傷つくブルーを見ているのがつらくて、期待してしまったから。
ロンさんの手が私の頭を撫でた。
「嬢ちゃんは知らなかったかな?私の名前」
名前?ロンさんでしょう?




