棘
「ジョセフィーヌ、このように魔欠落者をそばに置くなど、悪魔に魂を奪われたに違いない」
「ちっ、違っ」
私をそばに置いているわけじゃない。今だけのことだ。
それに、悪魔なんて関係ないっ!
「【風】悪魔に魂を奪われた女王よりこの国を救う。今より第4位聖司教ヴィドルクが国を統治する。神聖軍は抵抗する者をとらえよ」
宰相が息をのんだ。
「勝手は……許さぬ、……妾の、国じゃ……」
「とらえよ」
ヴィドルクがジョセフィーヌ様を見下ろし、神官に命じた。
「さすがに、お前はまだ幼すぎるか」
髪を引き上げられ、顔をのぞかれる。
「離して!」
掴んでいる手を引き離そうと手を伸ばす。
「触るな、薄汚い魔欠落者め。【火】」
熱っ。
伸ばした手に熱を感じて手を引く。そのあとに、髪の毛の焼けた匂いが鼻に届く。
ヴィドルクがゆっくりと手の平を開くと、掴んでいた私の髪の毛がパラパラと床に散らばった。
「なんてことをっ」
将軍が私を背後にかばうように立った。
髪の毛……燃やされたんだ……。
母様がいつもといてくれた髪が……。ヤンさんが撫でてくれた髪が……。レイナさんがといてくれた髪が……。ツイーナさんが結ってくれた髪が!
「逆らうつもりか?神聖軍が本気で動けば、こんな小さな国など一たまりもないぞ?神聖軍だけではない。神殿が声をかければ動く国がいくつあるのか知っているか?」
ヴィドルクは、ジョセフィーヌ様が座っていた王の椅子にどかりと座った。そして持ち上げた靴で将軍の足をガンガンと蹴っている。
「くっ」
将軍は悔しそうに奥歯をかみしめている。
「さっさとすることしたら?」
ヴィドルクの言葉に、将軍は口を開いた。
「【風】兵は国民を守るため神聖軍の指示に従え」
「そうそう、おとなしく我らに従ってもらおう。とりあえず、お前ら、この女とそいつとあいつを牢屋に入れておけ」
段の下に立ち並んでいた兵たちが戸惑いを見せたが、将軍が小さく頷いて見せると、のろのろとした動きでヴィドルクに従った。
ジョセフィーヌ様と将軍と宰相を連れて出ていく。
そんな……。
そんな……。どうしたらいいの?
どうすれば……。
壇上に残された私は、ただ連れていかれる3人を見送った。壁際に立つツイーナさんや侍女たちも不安そうな顔で見ている。
ジョセフィーヌ様たちの姿が見えなくなってすぐに風で声が届く。
「ヴィドルク様、城の中を探しましたが宝石も金も見つけることができません」
「【風】地下に蔵があったはずだ、探せ」
しばらくして声がとどく。
「ありません。あるのは古臭い武器や汚い彫刻などです」
ヴィドルクの顔がゆがむ。
「どういうことだ?たくさんの宝石や鉱石があるんじゃないのか?金を貯めこんでいるんじゃないのか?」
びくっと肩が震える。
知られちゃだめだ。私が国の財産を収納していることは。
知っているのは、ツイーナさんだけだ。どうしよう。
「誰か知っている者はいないのか?」
ヴィドルクが部屋の中を見回す。
「発言をお許しいただけますでしょうか?」
ツイーナさんが軽く手を上げた。
「許す」
ツイーナさんが、ゆっくりと段の下まで歩いてくる。
一瞬目が会った。
「宝石も鉱石もありません」
「ないだと?嘘を言うな!この国から輸出される宝石や鉱石の量が年々増えていることは分かっているんだ。どこかに隠し持っているんだろう?」
ツイーナさんが、緊張した面持ちでゆっくりと言葉を紡ぐ。
「すべては鉱山に。採掘した物はすぐに輸出しております。でなければ我々は食糧を得ることができません。城にも街にも宝石や鉱石を隠し持つほどの余裕はありません。当然、お金も」
ツイーナさんの言葉は嘘だ。嘘がばれないように、私も必死で冷静を保つ。
「そんなバカな……」
「お疑いであれば、産出量や輸出量などを記載した記録がございます。ご覧になりますか?」
「今すぐ持ってこい」
ツイーナさんはヴィドルクの言葉を受け、私の顔を見た。
「では。エイル、いらっしゃい」
「待て、なぜこの娘を連れていく」
「資料は数冊にも上ります。その娘は収納魔法だけは得意ですから、重たくてかさばるものを運ぶのに重宝するのです。
「なるほどな。……と、待てよ?この娘が宝石や鉱石を隠し持っているんじゃあるまいな?」
ギクリと小さく肩が揺れる。いけない。動揺してはダメだ。
「大量の鉱石が収納できるほど大きくはありませんし、高価な宝石を預けるほど信用してもおりません。財産を一度に失いかねない危険を冒すようなことをしたりはしません」
収納したものは、収納した人が死ぬと二度と取り出せない。それはヴィドルクも知っていたためツイーナさんの言葉に小さく頷く。しかしまだ疑いの消えない目をしている。
「魔欠落者の娘にドレスを着せている理由がヴィドルク様にならお判りになると思いますけれど?」
今までに見たことのない表情をツイーナさんが見せる。媚びるような目だ。
「ふっ。もちろんだ。収納したまま逃げないように餌を与えているというわけだろう?逃げればドレスもごちそうも失うと躾けているということか」
「さすがヴィドルク様ですわ。では、すぐに資料を取ってまいります」
餌、躾け……。その言葉が心に突き刺さった。本心ではないと分かってはいても。
ツイーナさんが綺麗なお辞儀をして歩き出す。慌ててツイーナさんの後を追う。
謁見の間から十分離れたところで、ツイーナさんが小さな声で話かけてきた。
「エイル、何とかしてあなたを城から出られるようにするから、鉱山に向かったみんなに伝えてちょうだい。第一鉱山へ集まるように。あそこが一番見つかりにくい。神殿の者たちは第3か第5鉱山に目が向くようにするから」
餌でも躾けでもない。ツイーナさんは皆をそんな風に見たりしてない。大切な仲間だと思ってる。
少しでも言葉にショックを受けた自分が悔しい。




