助け合えればいいのに
「え?どうして?」
ツイーナさんが、ふっと小さく息を吐き出す。
「魔欠落者が原因だと……詳しくは、私からは……言えないけれど」
魔欠落者が原因?それで、婚約が破棄された?
愛する人を失った?
「だから、ジョセフィーヌ様は、魔欠落者が憎いと言っているんですね」
ツイーナさんは私の言葉に困った表情を見せ、是とも非とも言わない。
ふぅっと小さく息を吐き出して、私の頭を撫でた。
「まぁ、とにかくね、ジョセフィーヌ様の前で、魔欠落者が憎い関係の話題と、神殿とか神父とかそういう話題は禁句だと思っておいて」
「はい」
今、ジョセフィーヌ様は何歳なのだろうか。何年前の話なのだろうか。
今もまだジョセフィーヌ様が独身であるならば、まだヴィドルク様のことが忘れられないということなのだろうか。
「あと、ジョセフィーヌ様が、魔欠落者のことをひどく言うことがあるけど、気にしないで。というか、許してっていうのも変だけれど……」
「はい」
好きな人と別れる原因を魔欠落者が作ったのだとしたら、憎いのも分かる。
……何もしていないのに「魔欠落者だから」という理由でひどく言うわけじゃないと分かっただけでも、少しホッとする。
「本当は……憎いというよりは……」
ツイーナさんがふと聞こえるか聞こえないかの声で何かをつぶやいた。
「え?」
聞き返してみたけれど、首を小さく横に振り、答えは返ってこなかった。
窓から街……いいえ、国を見渡す。
小さな国。だけど、皆が幸せに暮らせる国。
それは、お金があるからだと……。
魔獣の森の村にはお金はない。だけど、皆幸せだ。だけど、お金があればもっと幸せに暮らせるのだろうか。
風雨を防ぐだけの小屋がもう少し丈夫な家になれば……。
甘いものがもう少し食べられるようになれば……。
必要以上のお金はいらないけど、皆が幸せになるためのお金はあるといい。安心して暮らしていくためのお金。
「ツイーナさん、どうしたらお金を手に入れられるんでしょう」
魔獣の森にはこの国のように鉱山があるわけではない。ヤンさんのように手に職がある人ばかりではない。
外に売れるものと言えば、獣の皮や干しきのこや木の実くらいで……。
ツイーナさんが複雑な顔をする。
「お金が欲しいの?」
買われてきた私が、お金を求めていると勘違いされたかなと思って慌てて否定する。
「私がじゃなくて、貧しい村がこの国のようになるにはって……」
ツイーナさんが間を置かずに答えた。
「難しいと思うわ」
そんな。
「金持ちはね、金を搾取するから金持ちなの。搾取する人間がいる限りは貧しい人間も生まれる」
「搾取?」
「そう。ここには幸い、昔から搾取できるような富が無かったからね、搾取する人間もいなかった。だから、夢のような国ができたのね」
ツイーナさんの言葉に、いつの間に来たのか、ドアの入口に立っていた宰相が答えた。
「豊かになりすぎた国は、他国に狙われ搾取される。だから、我が国も必要以上に金を持つようなことはしないでいるんだよ。だが、いつかは隣国から攻め込まれるだろう」
そうか。
金を奪おうとする人……。国単位だと戦争になる。戦争が起きれば、庶民はより苦しむことになる。
自分たちだけが幸せに暮らせればいいというわけにはいかないのか……。人の欲があるかぎり……。
でも、でも、レイナさんが作り上げるガルパ王国ならそんな愚かなことはしないはずだ。
ジョセフィーヌ様のこの国も……力をつけて国土を広げようとしないように。
「助け合えればいいのに。国同士も争いあうんじゃなくて、助け合えればいいのに……」
ツイーナさんは私の顔を見てから、もう一度窓の外を見た。
「無理ね。お金があっても、国に縛られてなくても、人々を救うというのは名ばかりの組織もあるから」
「ツイーナ。無理だと言って諦めては外交の意味がないみたいじゃないか」
宰相が苦笑いをする
「助け合うところまでは無理かもしれないが、同盟を組んで争わないようにはできる。隣国である、ガルパ王国とユーリオル王国には使者を立てて話し合いの場をお願いしているところだ」
ガルパ王国に使者を?
レイナさんなら、きっとこの国の素晴らしさは分かってくれる。教えたい。この目でみたこの国のことを!
「ツイーナさん、私をガルパ王国に帰してください!」
「何を言っているの?エイル、もしかしてジョセフィーヌ様に言われたことを気にしてるの?」
ツイーナさんが驚いた顔をする。
私、売られてきたんだった。帰してって言える立場じゃないのかもしれない。だけど、言わずにはいられない。
「そうじゃ。帰ってもガルパ王国は魔特化者にはいきにくいじゃろう。この国に居ればいい。ジョセフィーヌ様と顔を合わせなくて済む仕事に配属してやるからな」
そうだ。この国はどこまでも魔欠落者には過ごしやすいだろう。だからこそ、だからこそ、今、他の場所で苦労している人たちのことを放っておくわけにはいかない。
殴られた記憶、罵られた記憶、
「ガルパ王国は変わります。変わると私は信じてます」
レイナさんが、ローファスさんが、それから今はまだ少ないけれど、二人の味方ががんばっている。
そう、私も。私にも、きっとできる。
「私たちが、変えます。変えてみせます」
ツイーナさんと宰相が首を傾げた。
「私たちが、変える?」
おかしなことを言っていると思われた。そりゃそうだ。スラムでさらわれ人買いに売られた小汚い魔欠落者の少女が、一国の女王と知り合いだなんて思うわけないもの。
説明しようと、そう思った時階段を駆け上がる人の足音が聞こえた。
「宰相殿!」
息を切らした男が、廊下側の窓の外を指さした。
部屋の窓からは、国が見える。
廊下の窓からは、国の外へと延びる唯一の道が見えた。
宰相が窓辺に駆け寄り外をのぞく。ツイーナさんもそれに続いた。
「あれは、まさか……」
宰相の驚愕の声。
「どうして……」
ツイーナさんも困惑している。




