優しい違い
「次は、どこを見に行きましょうか、あ、そろそろお昼の時間なのね」
ツイーナさんが屋敷から立ち上る煙を見つけてつぶやいた。
「あれは時間を知らせる狼煙よ。始業時刻、昼食時刻、就業時刻を知らせる物よ」
細い白い煙が天高くに上っていく。
「あの煙の色が赤かったら、近くの建物に逃げ込みなさい。魔物が現れた合図だから。分かったわね?」
魔物が現れた合図。
「もちろん、風魔法で声も届けるけれど、大きな音が出る職場も多いから聞こえないこともあるから」
なるほど。鉄を打ち付ける音、壁を崩す音、大きな音がそこらかしこから聞こえている。
でもきっと、それだけじゃないだろう。耳があまり聞こえない人のことも考えての配慮のような気がする。
「収魔法特化者だったわね、エイルは。せっかくなので食事を運ぶ仕事をしてもらおうかしら」
「食事を運ぶ仕事?」
「中央調理場があって、そこでまとめて食事は作られているの。それを、各職場に配達する仕事。大量の食事を出来立ての状態で届けられるでしょ?」
びくっ。
「わ、私……」
どうしよう。秘密にしているわけにはいかない。
「時間停止と状態維持ができなくて、その……大量に物を収納はできるけれど……」
手に汗をかきながらツイーナさんに伝える。
収納魔法しか使えないのに、その収納魔法ですら中途半端な能力しかない。だからって、もう恥じたりなんてしなくていいって、そうは思っていても……。
やっぱり人と違う自分のことを……自分が”できないこと”を伝えるのは辛い。
自分で自分のできないことを伝えるのは……。
「あら、そうなの。じゃぁ、運んでいるうちに冷めてほしいものを運ぶのにいいわね。夏場なんて出来立ての熱々よりも冷めたものが食べたいから」
「え?」
驚いてツイーナさんに聞き返してしまった。
「どうしたの?そんな驚いた顔をして?」
は、はは。そっか。
”できないこと”にも”できること”があるのか。そうだ。
父親に売られた食堂の女将さんには食料が駄目になったと殴られた。
でも……。
時間停止ができないから、時間が経過する。
「早くに収穫したナババを収納しておけば、食べごろになります」
うん。森の中では便利に使えた。時間停止や状態維持が使えないから”できた”ことだ。
「ふふ、それはいいわねぇ」
ツイーナさんに中央調理室へ連れていかれる。
まずは調理室で働いている人たちのチェック。
そして料理を運ぶために橙色の布をつけた人が来て、次々と料理を収納していく。
具がたっぷり入ったスープに、薄切りの肉と野菜を挟んだパン。それからリリンゴという果物。
「みんな同じメニュー?」
ハーグ君は昨日の夕飯で、次はいつこんなおいしい物食べられるか分からないと言っていた。
逃げ出さないように今日だけいいもの食べさせてくれるんじゃないかって。でも、それは違って、毎回みんなちゃんとした食事が用意されるのかなと思って尋ねてみた。
「あら、違うわよ。歯が弱くて食べられない人には柔らかくにてあるもの。それからすりつぶしたものしか食べられない人はそっち」
ツイーナさんの言葉はいつも、私の想像を覆す素晴らしいものだ。
同じじゃない……それは、誰かを豪華にして誰かを粗末にする違いじゃなくて、誰もがおいしく食べられるようにと工夫された違い。
ここは、どこまでも優しい世界だ。魔欠落者だからって十分な食事を与えられないなんてこともない。
だからこそ、やっぱり、分からない。
ジョセフィーヌ様が、とても魔欠落者を憎んでいるようには思えない。
「ああ、それからジョセフィーヌ様の食事も違うわよ。ちょうどいいわ。午前中の報告書と一緒に運びましょう」
カートに載せられた銀のドーム型のふたがかぶせられた食事。
ツイーナさんが料理している誰かに声をかけてカートを押し始めた。
「エイル、あと3人分……いえ、4人分の食事を収納してついていらっしゃい」
「4人分?」
すぐに用意された4人分の食事を収納してツイーナさんの後を追う。
中央調理室は、屋敷の隣に建てられていた。渡り廊下で屋敷とつながっている。
緩い坂になっているスロープを、カートを押して屋敷の2階へと向かった。
「わざわざスロープを使うんですか?カートを使わずに食事を収納して運ばないんですか?」
「ああ、このスロープは階段を登れない人のためでもあるのよ。今朝ガッシュが人を運んでいるのを見たでしょう?」
そうか。時間停止や状態維持が使えないということは伝えたけれど、それで生き物……人間を収納できるというのは分からないんだ。
というか、今までに誰も私のように人を収納できる人がいなかったんだ。
「ジョセフィーヌ様、お食事をお持ちいたしました」
ノックをし、外からツイーナさんが声をかけるとすぐに返事が返ってくる。
「うむ分かった。すぐに参る」
返事を確認すると、ツイーナさんはノックしたドアの向かい側のドアを開いた。
食事用のテーブルがある部屋だ。白くてきれいな布がテーブルを覆っている。8脚の椅子がテーブルの周りに並んでいる。
部屋の中を見回していると、すぐにジョセフィーヌ様が姿を現し、一番奥の正面の椅子に座った。
それから、かなり年配の男の人と、右目に眼帯をした青年が、ジョセフィーヌ様の席の右前と左前にそれぞれ座った。
ツイーナさんがカートの上の食事をジョセフィーヌ様の前に置く。
「エイル、出してちょうだい」
「あ、はい。【取出】」
取り出した4人分の食事。
「ツイーナ、一人分多いようじゃが」
ジョセフィーヌ様の言葉にツイーナさんが小さく頷いた。
「ふ、そういうことか。よかろう」
「さぁ、許可が出たわ。エイルも座って」
え?わ、私?
どうしたらいいのか分からず立ち尽くす私に、皆の目が注がれる。
私が立ったままでは、食事がすすめられないというのは明らかで、慌てて眼帯の青年の横、ツイーナさんの向かい側の席に座る。
「では、いただこう」
ジョセフィーヌ様の合図で食事が始まった。
 




