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豊かな暮らし

「幸せに死んでいく姿を見せることが、彼らの仕事」

 ツイーナさんが笑う。

「人は必ず老いていく。病気や怪我は突然人を襲う。もし、目が見えなくなったら、もし歩けなくなったら、もし老いて働けなくなったら……。もしものときの安心を与えるのが彼らの役割」

「安心を与える?」

 頷きながら、ツイーナさんは私の手からペンを取り、三人の名前の横に〇を書いた。

「何かあっても、最期まで幸せに生きられる場所があれば安心できるでしょう?」

 安心できる場所?

 ……そういえば、彼らも、アマテさんたちエヴァンスに連れられてきた騎士たちも言っていた。

 足が悪くなって除隊させられた兄がいる。魔力がより強いものが現れたら捨てられる。

 いつ自分がその立場になるか分からない。それが不安だ。もう嫌だと……。

「何かあったら、不幸になってしまう……最悪死ぬしかない、そんな場所では、明日がくるのも怖いと思わない?怖くない人は、自分だけは大丈夫だと盲信しているのかもしれないわね。怖いから、もしものことなんて考えないようにしている人もいるかもしれないわ」

 ツイーナさんは楽しそうだ。

「ここは違う。働けなくなってもジョセフィーヌ様が最後まで面倒を見てくださる。素晴らしいでしょう?」

 ジョセフィーヌ様。

 黒づくめの姿を思い出す。魔欠落者が憎いと言っていたあの人。

 働けなくても見捨てない優しい人なの?

「だから、安心して暮らしていける」

 分からない……。

 ジョセフィーヌ様という人物がどのような人なのか。

「あの、でも、ジョセフィーヌ様はどうして、その、最期まで面倒を見てあげるの?」

 優しさから?レイナさんのように皆が幸せに暮らせる場所を作ろうとしているの?

 でも、魔欠落者の子供を買って、奴隷のように自由を奪い働かせるんじゃないの?

「簡単なことよ。みんなまじめに働いていたでしょう?」

 作業場の様子を思い出して頷く。

「働ける間、まじめに働けば何かあっても生活が保障されるのよ。逆に、働かない者、人に迷惑をかける者は追い出される」

「追い出される?」

 人さらいに売られた人間も?魔欠落者の私たちもってこと?

 閉じ込められるわけじゃないの?追い出されることがあるの?

「追い出されてもみじめな生活が待っているだけ、いいえ、生きていくことができるかどうかも分からないと分かっているからね。だから、追い出されないようにコツコツと仕事をする。彼らのように幸せな最期を迎えられると思えばこそ……強くここにいたいと思う」

 老人たちの表情は皆一様に明るかった。

 昔話をする老人も、寝たきりでも話をすることが自分の大切な仕事だと思っているからだろうか。いろいろと思い出しては熱心に話を聞かせてくれる姿は、不幸そうには見えなかった。

 そして、瞬きだけの彼らですら、ツイーナさんの問いかけに気分は上々だと……そう、答えていた。

「幸せに死んでいく姿を見せること。大切な役割でしょう?」

 ああ、そうなのか……。

 生産性だけを突き詰めて、役に立つ立たないとか、そういうことなんかじゃないんだ。

 彼らを切り捨てれば生活が豊かになるというわけじゃない。

 彼らがいるからこそ、彼らが幸せに生活しているからこそ、それを見て他の人は安心して生活が送れる。

 何かあっても大丈夫だと。安心できる。

 物質的な豊かさだけではなく、心の豊かさ……。

 魔獣の森の村を思い出す。

 家は風雨がしのげる程度の粗末なもの。食べる物は量的には足りていたけれど、塩が不足した味気ない食事を何日もとらなければいけないこともある。着る物も生活に必要な細かい物や娯楽……何もかも豊かとはいえなかったけれど。

 幸せだった。

 みんなが幸せだった。

 モンスターに襲われて、村のあちこちがボロボロになった後でさえ……。誰も死ななくてよかったと。

 不幸を嘆くことなどせずに、皆で笑いあって暮らしを立て直していた。

 心が豊だから。

 役立たずだと誰かを切り捨てることは、自分自身の安心感を切り捨てることなのかもしれない。

 いつか自分も切り捨てられるかもしれない不安を産む。

 役立たずだと誰かを罵ることは、自分自身に大きな枷をはめることかもしれない。

 自分は無能の役立たずではないと思い続けなければならない枷。

 役立たずだと思われた瞬間に、罵る側から罵られる側になってしまう。

 ……だからなのかな。

 魔欠落者よりはましだという人がいるのは。

 自分が底辺ではないのだと、六魔法さえ使えない役立たずがいるではないかと。

 あれ?

 だとしたら、ジョセフィーヌ様のこの屋敷の中は、心豊かに人々が過ごせているのであれば。

 魔欠落者を蔑む必要がなくて、だから……あれ?

 身に着けた橙色の布を見る。

 収魔特化者……。言葉を言い換えただけではなくて、この場所では誰も魔欠落者を馬鹿にするようなことはないっていうこと?

 ますます分からなくなる。

 ジョセフィーヌ様の憎いという言葉。


 次に連れていかれたのは製鉄所だ。

「あ」

 赤い布を身に着けた子供や大人が5人いる。

 赤々と焼けているのは鉄だろうか。

「すごいわよね。彼らは一日中火魔法を使い続けても、魔力が尽きないのよ。あ、エイルも魔特化者だから知っているわよね。鉱山で取れるのは宝石の原石のほかに、鉄と銀の鉱石があるのよ。鉱石から鉄や銀を取り出すには高熱が必要なの。よく働いてくれているわ」

 会話をしながら製鉄所へ近づく。

 すごい熱量を感じて毛穴がぶわりと開く感じがした。

 熱い。普通の火よりも温度が高いような気がする。

 ファーズさんの出す火魔法を思い出した。アネクモを焼き尽くした高熱の炎を。ファーズさんは確かにすごい魔法を使えたけれど、あれだけの火魔法を使うとすぐに魔力が切れてしまっていた。

 当然名前の横には〇。


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