ファーズさんの火魔法
ガタンゴトン。御者席に背を向けるように荷台に乗っている。この距離であれば、いくら馬車の音がうるさくても風魔法を使わなくても会話ができる。
「お兄さんは、北のどの街まで行くの?」
ルークの質問にファーズさんが振り返ってニヤリと笑った。
「“お兄さん”は、最終的には3つ先の村まで行くんだ」
お兄さんって呼ばれたのがお気に召したらしい。
「3つ先?この先には街が2つで終わり。その先にあるのは魔獣の森で、森の向こうは隣の国」
え?そうなの?ルークは物知りだね。
「小さいのによく知ってるな、ルーシェ」
「両親が教えてくれた。何かあったら北へ向かいなさいって。でも魔獣の森は強いモンスターがいっぱいいるから入っちゃだめだって」
ルークの言葉を、ファーズさんは素直に信じたようだ。
「そうか。だが、本当にあるんだよ。どの国にも属さない村がね。“お兄さん”はそこに荷物を届けるんだよ」
「隠れ里?」
「いいや。隠れているわけじゃない。だが、国はない物として扱っている。魔獣の森の中の大して産業もない村だ。税金を徴収するために役人を向かわせる方が得られる税よりも金がかかる。また、国土にすると隣国への警戒もしなくてはならないからな」
そっか。魔獣の森が国境を分けていて、戦争も防いでいるってことなのかな?
「そんな危険なところにファーズさんは行くの?」
「ああ。荷物を持って行ってやらないと、村の人たちは生活に困るからね。正直、儲からない」
儲からないのに、なぜ?
……ああ、そうだ。私達二人を乗せていくのだって、何の得もない。ファーズさんはきっと単にいい人なんだ。
でも……。
「魔獣の森のモンスターは強いんですよね?大丈夫なんですか?」
私の質問に、ファーズさんは冗談とも本気とも受け取れる顔をして答えた。
「“お兄さん”はこう見えて強いんだよ」
こう見えてって、ファーズさんはムキムキ筋肉ついてるし、どう見ても強そうなんだけど。
でも、それは人間相手の話で、モンスター相手となるとそう簡単な話ではないよね?
「うわっ、なんじゃありゃっ!」
馬の手綱を引いて、ファーズさんが馬車をとめた。
「ちょいと片づけてくる」
御者台を降り、ファーズさんが道の先に駆けだした。
「あれ、……スライムの塊だ……」
ルークが荷台から身を乗り出して前方を確認する。
スライムの塊?見れば、確かに無数のスライムが道の真ん中に集まっていた。この荷馬車と同じくらいの大きさに一塊になっている。
「もしかして、合体する?スライムが集まってビッグスライムになるって本に書いてあった」
本?やっぱりルークも文字が読めるんだ。魔欠落者でも、大切にされていた?なのにどうして命を狙われることになったの?
「はぁっ!」
気合いの入った掛け声とともに、ファーズさんが剣を斜めに振り上げた。
あっという間に、固まりに剣筋と同じ空間が出来上がる。一体何匹同時に始末したのか。
スライムたちは驚いて、ぱっと散り散りに逃げだした。
私達がいる荷馬車にも何10匹と入ってきた。
「【収納】」
慌てて、呪文を唱えて数を減らす。
「大丈夫か、すまんっ」
すぐにファーズさんが駆け寄り、まだ荷馬車に残っているスライムを始末してくれた。
「このまま、突っ切る。荷台に乗り込んできたスライムを、できれば始末してくれないか?こいつらなら小さな火魔法で死ぬから。無理そうなら引っぺがして馬車から捨ててくれ。荷を食い荒らされたらたまらないからな」
道端にはまだ無数のスライムがうごうごしていた。100や200ではない。
決して強くはないスライムだが、数が多いと面倒だ。
ファーズさんはそう言って、御者台に乗り込んだ。片手で手綱を。もう片方の手に剣を持ち、スライムを振り払いながら突き進んだ。
根性のあるスライムがジャンプして荷台に乗り込んできたが、ほとんど収納魔法で退治……というか、荷台からは消し去った。
今までいったい、何匹のスライムを収納したのかもうわからない。収納魔法の中、一体どうなっているんだろうか。もしかしてスライムたちが集まってビッグスライムになっていたりして……。
ビックスライムって、スライムより強いよね……やばい。捨てなくちゃ。
そうだ、今捨てればいいんじゃないかな?収納して、ちょっと距離のある場所に出せば、荷馬車を追いかけてきたりしないよね。
「【取出】」
あれ?
「スライム【取出】」
え?出てこない。なんで?
「また来た」
荷台にスライムが3匹乗ってきた。
「【収納】それから、あっちに【取出】」
あ、こんどは出てきた。……すぐになら出てくる。時間がたったものは出てこない。もしかして、収納の中で死んじゃった?そっか。いっぱい入れても、ビッグスライムになる前に死んじゃうなら大丈夫か。
それならと、安心して引き続きスライム収納に励む。
「よし、何とか抜けたみたいだな。大丈夫だったか?」
馬車のスピードを落とし、ファーズさんが振り返った。
「おお、頑張ってくれたんだな。食べ物をかじられた後もない」
「お兄さん、スライムは歯がないからかじらないでしょ?」
「ふっ、ルーシェの言う通りだな。かじるというか、スライムは溶かして食べるからなぁ。溶かされた後もないっていう意味だ。後が残ると商品価値が落ちてしまうからな」
「もしかして、その跡もスライムの?」
ファーズさんの腕に、小さな赤い丸がいくつかできていた。
「あ、ああ。どってことない」
「回復魔法使わないの?」
「ん?」
ファーズさんがびくっとしたように見える。
「ああ、これくらいで使っていざというときに使えないと困るからな」
そういえば、魔法というのは立て続けに何度も使えるものではないと聞いた。魔力量というのがあり、1回使うごとに減っていく。
人によっては、1度魔法を使っただけで次の魔法を使えるようになるまで結構な時間待たないといけないとか……。
私の場合、収納魔法しか使えないけど、今まで一度だって魔力枯渇で使えなくなったことがないから忘れていた。ルークはどうなんだろう?
「くっそ、今日は一体なんなんだっ!」
ファーズさんが、毒を吐いて馬車をとめた。
「ビッグスライムだ……!道を引き返して逃げた方がいい。スライムは子供でも倒せる。けど、ビッグスライムは中位モンスター」
ルークがぎゅっと私の手を握った。
「大丈夫。ビッグスライムは剣が効かないから厄介だが……」
ファーズさんは、御者台から下りると剣を上段に構えたまま、何の躊躇もせずにビッグスライムの元へと駆けて行った。
「“【火】炎剣“」
火魔法の呪文とともに、ファーズさんの持つ剣が炎をまとった。
ザンッと、勢い良く振り下ろされた剣はあっさりビッグスライムを真っ二つに切り裂いた。
「すごいっ、ファーズさんすごいっ!」
ルーカが興奮して荷台の上で立ち上がる。
「まるで絵本の中に出てくる勇者様みたい!かっこいいっ!」
少しおとなびた発言もするけれど、ルークも9歳。絵本の勇者に憧れるような子供なのだ。
「ありがとうよ。でも、残念ながら“お兄さん“は勇者になれるほど魔力量がなくてね」
笑いながら戻って来るファーズさんの脇から、何かが飛び出してきた。
「危ないっ!」
黒い影がそのままファーズさんに体当たりをかました。