私の名はエイル、魔欠落者です
閲覧注意
第一部完結
第二部完結
諸事情により完結設定にしました。詳細は最終話あとがきに。
生まれながらにして人は、6つの“小さな魔法”が使える。
水魔法。水を出す。
火魔法。火を付ける。
光魔法。暗闇を照らす。
風魔法。声を届ける。
回復魔法。擦り傷や風邪等を治す。
収納魔法。亜空間に物を収納する。
呼吸するのと同じように誰もが使えるのが当たり前とされる魔法たち。
力に特化した者は称えられ、魔法が欠けた者は「魔欠落者」として蔑まれる。
……そんな世界に、私は生まれた。
殴られるっ!
振り上げられた手に、思わず両目をつむると、母様の姿を思い出した。
いつも私をかばって父親に殴られた母様……。
あれは、もう2週間も前になるだろうか。
「魔欠落者なんか一族の恥だ。こんな子供殺してやるっ!」
酒に酔って、父親は私の腹を蹴り上げた。母様は慌てて私の元に飛んできて私の体を包み込む。
そんな母様の背を、父親は気が済むまで殴ったり蹴ったりしていた。
「母様が死んじゃう、やめて」
小さな私の声は父親には届かない。
「大丈夫よ、後で回復魔法を使うから」
母様はそう言って笑うけれど、少し大きくなった私は知っていた。
父親から受けた傷は、母様の回復魔法ではほとんどよくならないことを。
「母様、母様……」
私が受けるべき痛みを、母様は父親から受けている。
私が魔欠落者だから……。
ごめんなさい。ごめんなさい。
だけど、それを言うと、母様はもっと辛そうな顔をするのだ。
「ごめんね、魔欠落者に産んじゃって、ごめんね」って。
だからいつも、私は歯を食いしばって嵐を過ぎ去るのを待った。
母の腕の中で父親の暴力と言う嵐が過ぎ去るのを。
だけど、あの日は違った。
いつまでも嵐は過ぎ去らなくて……いつも力強く私を包んでいた母の腕から力が抜けて……。
「動かねぇ、何だ、死んじまったのか?くそっ、こんな魔欠落者の子供残してくたばるとか、冗談じゃねぇ」
え?
死んだ?
母様が?
「お前も殺してやる」
父親が手近にあった閂棒を手にした。
太くて丈夫な棒で殴られたら、死んじゃう!
「【収納っ】」
とっさに、魔欠落者の私が唯一使える収納魔法を使う。
父親の手から閂棒が消える。
「くそっ、魔欠落者のくせに!」
父親は次に椅子に手を伸ばした。
「し……【収納っ】」
父親は、椅子の消えた手で私の腕をつかんで家の外に連れ出した。
家の中で倒れて動かない母親の姿が遠ざかる。
「母様、母様っ、母様ーっ」
「うるさいっ」
ドスンと、わき腹に衝撃が走る。痛いと思うよりも前に襟首をつかまれ首が閉まる。
「いいか、俺のことも母親のことも一切誰にもしゃべるんじゃないぞ!お前のような魔欠落者を生んだと知られれば、罵倒されるのは母親だ。だから絶対に、誰にも言うな、分かったな?」
小さく頷くと、馬に乗せられ3つ先の街で売られた。
今、手を振り上げて私を殴ろうとしているのは、あの父親ではない。私を買った食堂の女将さんだ。
右頬を思い切り打たれ、頭が左に傾く間もなく、左の頬を打たれた。激しい憎しみのこもった拳を繰り返し両頬に受ける。
「おいおい、何してるんだ?」
店の前を通った常連の男が声をかけたことで、女将さんの打つ手が止まった。
「聞いてくれよ、だまされたんだよっ!大損だ!」
「騙されたって?」
「この子だよっ、魔欠落者だけど少し大きな収納魔法が使えると言うから、男から買ったんだ。だけど、とんでもないインチキだったんだよっ、アレを見ておくれよ」
女将さんが、食堂のテーブル2つに積み上げられた食材を指さした。
「収納させておいた物さ」
「へー、こりゃずいぶん大きな収納じゃないか。普通は財布になるだけの収納魔法しか使えないだろ。それが背負い籠一つ分収納できれば優秀だ。テーブル二つ分なんてすごいじゃないか。それの何が騙されたんだ?」
女将さんは、テーブルの上から傷んだ果物と、カビの生えたパンを取って男に見せた。
「よく見とくれよっ!」
「何だこれ?本当に収納魔法で収納してあったのか?」
男が首をかしげて、テーブルの上の食材を見た。
「魔欠落者はしょせん魔欠落者だよ。人間の出来損ないさ。この子の収納には時間停止、状態維持の機能が欠けてるのさ。だから、せっかく買った食材が半分以上ダメになっちまった。大損だよっ」
女将さんは、男に見せた果物とパンを私に投げつけた。
「出てってくれ!今すぐ、この店を!いや、この街から出ていけっ!二度と顔を見せるな!薄汚い魔欠落者め!」
慌てて店を出て、走り出す。
「待て、これからどうするつもりだ?一人じゃ生きていけないだろう?」
男が追いかけて声をかけてきた。
一人じゃ生きていけない……。
それは、私が見た目が10歳にも満たない子供だから発せられた言葉ではない。私が、魔欠落者だと知ったからこそ発した言葉だろう。
火魔法が使えなければ、料理ができない。
光魔法が使えなければ、暗闇におびえる。
風魔法が使えなければ、助けが呼べない。
回復魔法が使えなければ、病気や怪我ですぐ死ぬ。
そして、水魔法が使えなければ渇いて死ぬ。
それがこの世界の常識。
だけど、大丈夫。母様が教えてくれた。
水は、川を探せばいいと。
街を出て、広くはない草原を抜け、森に入る。
男は、黙って私の後をついてきた。森の中に入ると、男は再び話しかけてきた。
「かわいそうに、こんなに頬が腫れて」
男が小さく回復呪文を唱えると、熱を持っていた頬がすっと軽くなる。
「あ……」
魔欠落者の私に回復魔法を使ってくれたの?もしかして、この男の人は、父親とは違う?魔欠落者の私に親切にしてくれるの?
振り返って男の顔を見る。
ぞっとして、後ずさった。蔑すむ目でも、卑しむ目でもない。ギラついた、何とも言えない不快な目を男はしていた。
「ああ、これで少しはマシになった。女将も馬鹿だよなぁ。追い出すなんて。あと3、4年成長すれば……。いや、こういう小さい少女を好む男だって世の中にはたくさんいる」
何を言っているんだろう?よくわからないけれど、気持ち悪い……。
「魔欠落者の娼婦は人気があるんだよ。何たってちょっと無理なことしたって水をぶっかけられたり、火で焼かれる心配をしなくていいんだからな」
男の手が伸びて、腕を捕まれた。
娼婦?
「ほら、隣街に連れてって高く売ってやるよ。お前も衣食住確保できるんだからありがたいだろう?」
やだ、怖い、気持ち悪い!
思わず捕まれた手から逃れようと腕を引くと、男の手に力が入った。痛い。
父親に暴力をふるわれた恐怖が蘇る。逃げなくちゃ。
母様が大切にしてくれた私を、傷つけさせちゃダメだ。
「ぐあっ、」
男の腕に思い切り噛み付く。
「くそっ、ちょっと優しくしてやればっ、いい気になって!」
ガツンと頭を殴られ、思い切り地面にたたき付けられた。
「あっ」
殴られるのは慣れてる。
こうして、たたき付けられるのも……。
だから、今回はもうダメかもしれないとすぐに思った。
地面に突き出ていた石に頭をぶつけた。いつもとは全く違う変な音と衝撃。目の前がチラチラとしてぼやけている。
「うわっ、やべぇ、血の臭いにモンスターが集まって来やがった」
男の焦った声と、遠ざかる足音。
ああ、よかった。男はどこかへ行ってしまったんだ。
次の瞬間、頭から流れた血だまりにビシャンッと音を立ててスライムが落ちてきた。
モンスター……。
子供でも倒せるスライムだけれど、今の私には無理だ。もう、立ち上がることもできない。
私にできることは……。
「【収納】」
収納魔法だけ。だけど、収納魔法は生きているものを収納することはできない。
スライムから逃げることは……。
あれ?目の前にいたスライムが消えた?
まさか、生き物なのに収納できた?
「【取出】」
呪文に合わせて、ぽんっとスライムが姿を現し、再び私に襲い掛かった。
本当に、私の収納は役に立たない。モンスターも収納できるだけで、倒すことができないんだから。
「【収納……】」
どうせ死んじゃうかもしれないけど、これ以上痛いの嫌。
血の臭いに引かれてやってくるスライムを次々と収納していった。