2.
タテオはいつのまにかうとうとと眠ってしまって、夢を見ました。
夢の中では、タテオは王子様でした。そして、金魚姫が金魚色のドレスであらわれたのです。タテオはドキドキしました。
ゆっくりしたワルツの曲で、タテオは金魚姫とおどりました。
タテオにはたくさん聞きたいことがあったのですが、金魚姫とおどっていると、心がふわふわしてしまって、なにも聞けません。ただただ、ふたりはおどりつづけました。
どのくらいおどっていたでしょう。
きゅうに大きな音が、ボーン、ボーンと数回鳴りました。
金魚姫が
「いけない! 帰らなければなりません」
と悲しそうに言いました。
「今、帰らないと、金魚ばちの馬車が、金魚ばちにもどってしまいます…」
どこかで聞いたことのあるようなお話しのような気もしましたが? タテオは、金魚姫のことを引きとめることも、なにか声をかけることもできず、ただ金魚姫がお城の階段をかけ下りて行くのをながめていて、
あ、いけない! と思いました。
たしか、ガラスのくつがぬげてしまうはずだ!
と、タテオも階段を下りて行くと、そこにはおおきなうすっぺたい金魚色のものが落ちていました。
タテオはそれをひろってみました。それはぬれていて、まるでほうせきのように、金魚色に輝いています。
「ウロコだ!」
とタテオは思いました。つい数日前、図かんでお母さんが教えてくれたばかりでした。
と、バタンとドアが閉まる音がして、タテオの目がさめました。
そこはタテオの部屋でした。
「あ! いけない!」
とタテオはあわてておきあがりました。
「行かないで!」
と思って、タテオはあわてて、さっきお医者さまに行ったときにきていた、シャツとパンツに着替えました。
たいへんです。
金魚姫がどこかに帰るために部屋を出て行ったのだとしたら、すぐに追いかけなければなりません。
タテオの部屋は二階にあります。
階段にはウロコは落ちていませんでしたが、光ってぬれているすじがついていました。
タテオはじぶんがすべりおちないように、ゆっくりゆっくり、一段、一段ふみしめるように階段を下りました。
下の部屋ではお父さんとお母さんがテレビを見ているようでした。
テレビの音とふたりの笑い声がもれて聞こえています。
と、その時、もういちどバタンとドアの音がしました。今度は玄関のドアです。
タテオはあわてて玄関におりると、外に出ました。
さっきどのくらい寝ていたのでしょうか。外はもう暗くなっていました。こんなに暗くなってからひとりで外に出るなんて初めてのことです。
タテオは少しこわくなりました。
おそるおそる、門から外を見てみると…。
二、三けん先の曲がり角に黒いコートの女の人の背中が見えました? あら? おかしいな? あれは金魚姫でしょうか? タテオはちょっと考えましたが、じっとその人のようすを見ていると…、黒いコートのすそから、金魚色のドレスがチラリと見えたのです。
タテオはなにかおかしいな? と思いながらも、そっとその黒いコートの女の人のうしろをつけて行きました。
まよってはいられません。
とにかくそのコートの下から見える金魚色のドレス? に引きつけられるように、タテオはどんどん歩いて行きました。
いくつ角を曲がったでしょう。
おぼえていません。
どのくらい遠くに来たでしょう。
わかりません。
ふと気がつくと、少し人通りが多くなった場所に出て、そばに電車が通っていました。
いったいどこの駅でしょう?
わかりません。
さて、駅に続く道に出たとたん、女の人のすがたが見えなくなってしまいました。
タテオは急にこわくなりました。
その場所から家に帰ることはできないような気がしました。
タテオはあたりをぐるりと見まわしました。すると、金魚色と、水色、黄色、赤、ピンクの電気がピカピカついたり、消えたりしているところがありました。
タテオはその色に引きつけられるようにそのドアの前に立ちました。
そこはお店のようでした。タテオが読めるカタカナで『シャンソン・ド・パリ』と書いてあります。その文字も電気になっていて、金魚色でピカピカ光っています。
金魚色なのだから、金魚姫もこの店に入ったにちがいありません。
タテオはドキドキしながら、店の中へ入って行きました。
店の中は暗くて、おくがステージになっていて、ポロポロと悲しいピアノの音が流れていました。
「かれはよ~」
という歌声が聞こえてきます。タテオはそっと歩いて行って、人のすわっていないテーブルの席にすわりました。
ステージにも金魚色の電気がピカピカしています。
それを歌っているのは、金魚色のドレスを着ている女の人で、髪は金色でくるくるしていました。
「あ、あれが金魚姫なんだ!」
とタテオは思いました。
「金魚姫って、歌手だったんだ…」
なんだか、それがわかると、タテオはすごく眠くなってきてしまいました。
「ぼうや? ひとり?」
とお店の女の人が声をかけて来ました。この人のドレスは黒くて足のほうまで長くて、キラキラしています。髪は銀色で、きれいにお化粧していました。
タテオはもう、眠くて眠くて、まともに答えられませんでした。ただ、こくりとうなずきました。
「そう…」
と女の人は言いました。
「こまったわね」
女の人は店のほかの男の人に相談しに行ったようです。
しばらくすると、もういちどこの女の人がタテオのところにやってきました。
「あのね、お店でシャンソンを聞くには何かのみものをたのまないといけないのよ。なににする?」
そう言われてもタテオにはなににしていいのか、さっぱりわかりません。
「しょうがないわね、ブラッドオレンジでいいかしら…」
おんなの人が行ってしまうと、タテオはもうたまらなくなって、テーブルにつっぷして眠ってしまいました。
まだピアノが鳴っています。タテオにはなしかけるような金魚姫の歌声が聞こえています。
それはコロコロところがるように聞こえて、タテオはうつらうつらまた夢の中に引き込まれようとしていました。
シャンソンって、なんか、ぼそぼそと耳のそばでささやくような感じで、くすぐったい感じなのですよね。それは心もくすぐられるようで、とても心地よいのです。
タテオはその曲を聞きながら、ぐっすりとそこで眠ってしまいました。