1.
昔書いたものを、思い出しながら書き直しました。
タテオは一人っ子です。
おうちではいつも一人であそんでいて、おともだちはいませんでした。
四さいになりようちえんに入ったのですが、はずかしがりやで、「はい」とへんじをするのがやっと。
げんきよく外を走り回ってあそぶ男の子とも、女の子ともうまく話すことができません。
だれかが声をかけてくれればいいのですが、じぶんからは声がかけられません。
だからいつもぽつりと一人とりのこされていて、マスダ先生が、
「タテオ君、一人じゃつまらないでしょ、さ、みんなでいっしょにあそびましょ」
と声をかけてくれると、やっとみんなとあそぶことができるのでした。
お絵かきはだいすきでした。でも、なんだか、みんなのいるところで描くのははずかしいのです。
ようちえんから帰ると、ほっとして、いつもなんだかぼんやりしていました。
そんなある日、神社の縁日でタテオは金魚を一ぴきすくいました。といっても、ほんとうで自分ですくったわけではありません。金魚すくいの紙をいくつもダメにしてしまって、帰るときに金魚すくいのおじさんが、一ぴきだけビニールのふくろに入れてくれたのです。
「ぼうや、どれがいいの?」
と聞かれて、タテオは、いちばん金魚らしい色をしたつやつやした金魚をえらびました。
「よかったわね、タテオ。ちゃんと金魚さんのおせわをしてね」
とおかあさんがいいました。
それまでタテオの家では生き物を飼ったことがありませんでした。
金魚はガラスの金魚ばちい入れて、緑色のはっぱみたいなものを入れて、ぶくぶくあわの出るものを入れて、そこで飼うことにしました。
金魚の赤い色は真っ赤とはちがいます。オレンジ色に少しひかる黄色が入っていて、それが水のなかでつやつや光ります。タテオはこれが金魚色だな、と思いました。
金魚はぶくぶく泡の出るところで、ただゆっくりひらひらしています。
そうやってひらひらしている金魚はまるでお姫様のようです。
タテオはそれをながめているのが、好きになりました。
タテオはただ毎日そうやって金魚だけながめていることができたらいいのに、と思いました。
でも、ごはんも食べなければならないし、ようちえんに行かなければなりません。
「ほら、タテオはやくしたくをしてちょうだい! ようちえんバスに乗りおくれるわよ!」
朝、金魚姫の前でぼんやりしているタテオに、おかあさんがどなりました。
そうしたらなんだかからだが動かなくなってしまって、タテオは金魚ばちのまえで、おなかをかかえてまるくなってしまいました。
「どうしたの? タテオ? おなかが痛いの?」
おかあさんが言うのですが、おなかが痛いわけではありませんでした。
タテオがまるまって下からおかあさんの顔をみあげると、なんだかおかあさんは赤オニのような、こわい怪物のように見えました。そう思うと、声もうまく出せなくなりました。
「あらあら! これは重症だわ。お医者さんに行かなければ」
とおかあさんが言いました。
(ちがうよ、ちがうよ)とタテオは心の中でさけびました。でもからだがまるまってしまって、うまく声が出せません。
「ほらほら、早くしたくするのよ!」
とお母さんはタテオを立たせて、
「しょうがないわね、きょうはようちえんはお休みしないとね」
と言いました。
おなかも痛くないのにようちえんをお休みできるなんて、なんだかちょっとうれしいような気がしました。
お医者さんではいろいろ先生が検査をして、いろいろ聞くのですが、
「ううん、これはとくにおなかが悪いわけではないなあ」
と先生が言いました。
「きっとようちえんに行きたくなかったのでしょう」
すると、おかあさんが、目を大きく開いて
「まあ!」
と言いました。
「だいじょうぶですよ。きょう一日お休みしていれば」
と先生が言いました。
タテオはうそをついたわけではありません。ただ、おかあさんがどなったら、からだが動かなくなって、そこにただまるまっていたら、おかあさんがかってに「おなかのちょうしが悪い」と言ってお医者さんに行っただけです。
でも、なんだかおかあさんプリプリおこっているように見えます。
お医者さんからの帰り道、お母さんは運転しながらも、まだプリプリおこっているように見えました。だから、なんだかタテオは自分がとても悪いことをしたような気もちになってしまいました。
家に帰ると、おかあさんはオニのような顔をして、
「きょうは一日寝ているのよ! さ、パジャマに着がえなさい!」
とどなりました。
タテオはなんだか悲しくなりましたが、おかあさんの言うとおりにパジャマに着がえて、自分のベッドにもぐりこみました。
タテオのベッドからはちょうど金魚姫を見ることができます。
金魚姫はいつもとおなじように水のなかでゆらゆらしていました。