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私と紅茶と小説と

恩返し

作者: yuki

 ふとした時に、見かけるのは、黒猫だった。私は猫が好きなので、会えるのは嬉しい。友人に、それを言えば不吉だー、なんて言われるけど、私はそうは思わなかった。

 学校の帰り道、何かキラリと光るものを見た。目を向けると、塀の上に1匹の黒猫。多分、いつも見かける猫だろう。その目は、私をジッと見つめていた。ただ座っているだけなのに、その姿は美しく、目を惹かれた。


 私もその黒猫をジッと見つめる。毛並みが綺麗だ。どこかで飼われているのだろうか?ジッと見たことがなかったわたしはそんな事を考える。ふと、前足を見ると、不自然に湿っている。なんだろう、とそこをよく見ると、怪我をしているようだった。ここからではその血が固まっておらず、多分、今さっきできたもの、としかわからない。どんな傷で、手当をしてよいものかもわからなかった。

 迷った末に、猫が頭のいいことを思い出した。確か、人間の言葉も分かるはず。

「大丈夫?」

 私は、猫に向かってそう聞いた。しかし、猫はその言葉に反応することなく、ただ私を見ていた。これは特に問題はない、ということだろうか?と猫の反応の意味を考えながら、猫を見続ける。

 手当しようとして逃げられ、猫の怪我がひどくなるのもマズイだろう。…どうしようかな……。


 幸い、包帯などの応急処置の道具は持っていた。運動部のマネージャーなので、一応持ってきていたのだ。

 もう一度、猫をジッと観察することにした。毛並は綺麗だけど、首輪はない。買われているわけではないのか、逃げだして首輪がはずれたのか……まぁ、それは今関係のないことだけど。

 塀はそんなに高くない。手を伸ばせば、簡単に猫の前足に届く。一か八か、なにもしないよりはずっといい…筈。そんなふうに自分を奮い立たせ、1歩、また1歩とゆっくりと猫に近づいていった。

 猫はというと、1歩ずつ近づく私を一瞥して、あくびをしていた。目の前に来ても、逃げることなく私を見ていた。私ももう一度、猫を見た後、傷に目を移す。黒い毛を濡らす、赤があった。…といっても、赤い色は見えるわけではなく、ただ血が出ている、というだけだ。チラリ、と猫の顔を見ると、まっすぐ前を向いて、どこか遠いところを見ていた。

 触りまーす、と心の中で呟いて、そっと毛をのかして傷口を見た。どうやら切り傷ができていたようだ。血が止まったのもついさっきなのだろう。カバンの中から大きいポーチを取り出し、中に入っているもので応急処置を施していく。包帯が巻き終わった時、また猫の顔を見た。猫も終わったことに気づいたのか、私を見た。こうやって、 近くでずっと目が合っていると、なんだかすごく緊張してしまった。凛とした佇まいで、とても美しい。思わず背筋が伸びてしまう。毛並も太陽の光で黒い毛と光って白くなっている毛とあり、とても綺麗だった。

 思わず見とれていると、おもむろに猫が立ち上がった。無意識に「あ…、」と声を上げてしまった。猫はそんな私を見て、「ニャア」と鳴いて、どこかへ行ってしまった。

「あーあ…行っちゃった……」

 落胆の声を隠さず呟き、そんなものか、と自己完結して気持ちを切り替えた。

 …そういえば、最後の鳴き声は、お礼だろうか?帰り道、猫のことを考えながらそんなことを思う。鳴いたのがお礼だと思うと少し嬉しい。頬を緩ませながら、帰路についた。


 そんな出来事から約1週間がたった。今日は部活が休みなので、早めに家へと帰っていた。部活が忙しくて最近一緒に帰れていなかった友達と、久しぶりの帰り道。とても楽しかった。

 話が盛り上がっている時、それは起きた。

 横断歩道を渡っている時、友達はくるくると回りながら渡り終え、私はそれを見ながら笑って歩いていた。信号の点滅もなく、ただ普通に渡っていた、その時。

「危ないっ!!」

 友達は必死な形相で私に向かってそう言った。

「え、?」

 と、私は友達が向いている方へ顔を向けると、猛スピードで走るトラックがこちらへ向かって来ていた。

 私も走って逃げようとするが、猛スピードで走るトラックにはかなわない。間に合わない、と確信した時、何かに強く押される感覚、そして私は歩道に思いきり飛ばされた。押した正体を見ようと、道路に目を向けるが、もうトラックが横切るところしか見えない。

「っ!!ひ、人が…!」

 私は真っ青になり、そう呟く。私を押して助けてくれた人がまだそこに…

「…え?もう人はいなかったと思うけど…」

 友達は心配そうにそう言い、怪我がないかと私の体を見る。…じゃあ、私を助けてくれたのは誰?

 もう一度、道路へ目を向けるが、歩道で騒いでいる人がいるだけで、道路は何もなかった。風…かな…、と友達の方へ向うとした時、「ニャア」と鳴き声が聞こえてきた。バッとすぐに道路に目を向ける。しかし、そこにはやはり何もない。だけど、私の耳には確かに聞こえたのだ。猫の、鳴き声が。しかも、私はこの声を最近聞いたことがある。


 …もしかして…。

 とても非現実だけど、私はその考えを違うとは思えなかった。

「ふふ…」

 思わず笑みをこぼすと、友達から変な顔をされた。「どうしたの?」とか「大丈夫?」と心配の声もする。

「うん、ごめん。大丈夫」

 私は友達が安心するよう、笑ってそう言う。

「そう…?大丈夫ならいいんだけど…」

 心配の色は残っているが、微かに安堵の息を漏らす。

 ピーポーピーポー…と警察や救急車のサイレンが聞こえてきた。そして、テキパキと動いていく、警察官。事情聴取などに私達も行き、いろんなことを聞かれ、帰る頃には夜に近い夕方になってしまっていた。

「…すごかったね」

 友達はポツリとそう漏らす。

「そうだねー……」

 疲れをにじませて私もそう言う。

「…あ、じゃあ私、こっちだから…」

「うん、じゃあね、バイバイ」

 友達もバイバイ、と返し、曲がって行った。それを見送った後、私も真っ直ぐ歩いて行く。そして、さっきの事を思い出した。

 トラックに当たる、と思った時に、押した者…。そして「ニャア」という鳴き声。その声は気のせいかもしれないけど、私の考えは変わらなかった。

「…ありがとう…」

 私は頭の中に凛とした佇まいでとても美しい黒猫を思い浮かべながら、小さく呟いた。

 また、「ニャア」と聞こえた気がした。


 怪我した黒猫を治したら、私は今日、命を救われました。


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