3.はじめからおわる【2】
僕は住処である路地裏へと向かう。建物の中はみんな力の強い大人に取られてしまったので、それくらいしか住むところは無いのである。
一人くらいは子供である僕を住まわせてくれる、心優しい人間もいるかもしれないと思っていたが、世の中はよほど腐っていたらしい。
ダンボールの家の中で毛布に包まれば、建物に風が遮られているのもあってそれなりに温かいので、あまり苦痛ではなかったが。
東京の街は酷い有様だった。
世は正に世紀末――と言った感じで、今にモヒカンの男共が現れてもおかしくない。
とは言っても秩序が無いわけではない。実際そこの広場ではルールに則った配給物資の提供が行われていた。
配給物資がヘリコプターから落とされる。陸での交通手段は完全に失われているからだ。道路は穴だらけで使い物にならず、鉄道も管理する者がいない。
そして何より、東京は完全に隔離されていた。
政府が東京へとつながる「上り路」を全て封鎖したのだ。建前上は「立入禁止」となっているが、実際は違う。
入れたくないのではなく、出したくないのだ。
被害を覆い隠し、僕達を飼い殺すつもりなのだ。
物資が落とされるとたくさんの人々がそれに群がり、食糧が「公平に」分配されていく。
「おらぁ! 大人しく寄越せぇ!」
「うるせぇ! お前は雑草でも食ってろ!」
平等ではないが、公平である。
これでは力の弱い女性や子供に食糧が回らないのではないかと心配されたが、流石に公衆の面前で女子供に手を出す大人は少ないようで、少なくとも僕はいつも安全に物資を得ることができるのである。
僕も後で貰いに行くことにしよう、今はとりあえずこのお金を安全な所に置いておきたい。僕は少し歩くスピードを速めた。
「このクソガキが!」
そんなうんざりするような声がそこの路地裏から聞こえた。今の声は親の躾、という雰囲気ではない。
秩序が辛うじて存在したとしても、こういう人間、「ヤクザ」「チンピラ」「小悪党」というやつらはどうしても存在するのである。恐らく僕と同じような孤児から食べ物を巻き上げようとでもしているのだろう。
僕はこっそりと路地裏をのぞき見た。
そこでは小さな女の子がボッコボコに殴られていた。健気にも声を上げることもせずに、大人しく暴力を享受している。
ああ、かわいそうに。助けてやりたいのもやまやまなのだが。
僕は踵を返した。
無視をした。見て見ぬ振りをした。
面倒臭いから。関わりたくないから。
僕には関係ないから。
こんな生活をしてきて、僕は人間としてどこかが壊れてしまったのかもしれない。
僕はもっと優しい人間なのに。
僕は目をそらすように空を見上げた。
そこにはやはり代わり映えのない景色があった。