004 錦の海のラ・フローラ
船べりに抱きついて、ため息だか弱音だか分からぬ声を上げたのはサクラリアとあざみである。
これほど澄んだ航海日和の青空の下で、二人並んで気分でも悪いかのように落ち込んでいた。
酒場を出てきたのはユイだけだった。
しばらくメンバーから離れ、<サクヤ媛岳>にしばらくこもると告げられ、サクラリアは「では自分も残る」と主張したが厳しくはねつけられてしまったのだ。
メイン職業の変更は、戦い方の概念の変更である。<暗殺者>とはいえ、急速な移動のほとんどをサクラリアの<シフティングタクト>に頼っていた<守護戦士>的な戦い方の現状では、到底<武闘家>への道は開けない。<武闘家>の道は、サクラリアに依存しない道でもあるのだ。
しかし、サクラリアの目には単なる拒絶にしか映らない。頬を撫でる風は、南国の海といえども冷えていて、寂しさをより深いものにさせる。
「おい! 娘っ子二人! ぼうっとしてんじゃねえ!」
振り返ると大型の<魚頭龍>にバジルが苦戦しているのが見える。ディルウィードの電撃は有効だが、その彼は別の<大翼蝙蝠>に苦戦している。
こういう時に、ユイは自分の身を挺して敵に体当たりし、ディルウィードが攻撃しやすくしていた。今、この甲板にユイの姿はない。
この世界に来てから、サクラリアはただの一日もユイから離れたことはない。
ゲーム時代は桜童子に依存していた。桜童子を目で追う。桜童子にはシモクレンがいる。今も背中合わせに立っている。
二人が今までに見たこともない動きをした。シモクレンが投擲したハンマーがブーメランのように戻ってくるのを、戦技召喚した桜童子の<ソードプリンセス>がキャッチしてハンマーと剣の両方で攻撃したのだ。
そしてハンマーは<ソードプリンセス>の手からシモクレンの手に柔らかくバトンタッチされた。
二人はゲーム時代には考えもしなかった連携術を、呼吸でもするようにごく自然に行っている。依存ではなく互いに高め合う関係なのがはっきりとわかる。
「私だけ、私だけ弱いままじゃいられない!」
サクラリアは立ち上がる。楽器と化した<舞い散る花の円刀>から音符を飛び散らせ、華麗に舞った。歌いながら<大翼蝙蝠>の背後をとると、すばやく首を刈り取った。
「リアちゃん、ナイス!」
ディルウィードは甲板に尻をついたまま言った。
元は運動などほとんどしないサクラリアだが、<ブレイドアーティスト>と呼ばれる特技によって剣の腕は確かだ。元々は桜童子の攻撃に呼応して追加攻撃をするのみであったが、今は白兵武器であり楽器という二重の特性を持たせた円刀によって、まさに<武器攻撃職>といえる<吟遊詩人>と化そうとしている。
支援だけが<吟遊詩人>の能力ではないのだ。ユイがいない今だからこそその方向で成長しなければいけない。サクラリアは甲板を軽やかに駆ける。
「っ!!」
サクラリアは、雨がガラスを叩くような右側面からの音に身を震わす。ハギの障壁が水流攻撃から守ってくれたのだ。
「だからといって、一人で強くなる必要なんて全くないんですよ。私たち仲間じゃないですか。ねえ隊長」
「そうだぞー」
「ヤクモもするー!」
ハギとヤクモがサクラリアを守ろうとしている。いつの間にかヘイトが上がりすぎていたのだ。ハトジュウが肩に止まる。
「ごめん。しっかりしなきゃだ」
顎を伝う汗を拭う。大きく息をつく。
ハトジュウが高くケーッと啼く。同時攻撃を受けている。身構える。
「バックハンドー!」
そこにイタドリが飛び込んで来た。
「リタンリターン!」
ハルバードで水流攻撃をひっぱたいたが、さすがに弾き返すのはうまくいかずバッシャーンと音を立てて飛び散った。もう一方の攻撃はハギの障壁の許容範囲内だ。
「うへぇ、びしょびしょだよぅ。びっしょびしょ」
イタドリのずぶ濡れな様子にハギが笑う。
左手を胸に当て、円刀を掲げる。
「落ち着いていこう! 大丈夫! 私強くなる」
「ええやないの、りあちゃん! ええ妹分が育ちましたなあ。なあ、にゃあちゃん」
「にしし。後輩の成長ってのは嬉しいもんだ」
「にゃにゃにゃにゃにゃーん!」
今まで周辺警戒がおもだった仕事のイクスが<二枚歯鎌>を両手にもち、竜巻のように回転しながら敵を切り刻む。
「お前、やっぱり<盗剣士>なのかよ! オレ様の真似か、こんにゃろ!」
「知らぬにゃ! でもイクス天才だからにゃ! にゃー、山丹」
「がう!」
「あんたもちゃんと働きぃ! このナマケギツネー!」
「わかってますよ、ムダ乳ー!」
サクラリアに若干影響を受けたものの、やっぱりのらりくらりと戦うあざみ。彼女の戦闘力はずば抜けているが、それを引き出すのは脅威の集中力によってである。現状でそれを引き出すのはどうにも難しいらしい。
それでも、体を動かしているうちにゆるゆるとテンションが漲ってきたらしい。愛刀<一豊前武>と<暮陸奥>の切れ味が蘇ってくる。特に<暮陸奥>は短刀ながら無敵の切れ味を誇る。
あがってきた<薩摩黒蟹>を一刀両断にする。
包囲する敵の群れを突破したのは、小一時間も戦った頃だ。疲労感はあったが、達成感の方が大きい。船にも人員にも大した損害はない。
唯一不満気なのは、操舵士のツルバラである。
「出たくもない飲み会に無理やり連れてかれて、聞きたくもないカラオケ聞かされてる気分すよ。早く帰って新動力炉の研究させてくださーい!」
「つるちゃん。時には付き合いも大切にゃよ?」
「大地人のアンタに言われたくねえっすよ!」
イクスはにゃっはっはと笑ったが、ツルバラはふてくされて寝転んだ。
地理的には1・2話が日向灘あたりで、現在は鹿児島湾内から出て行こうというところです。その間ずーっとこのくらいの戦闘を繰り返しています。よくMPが続くなあというところなのですが、絶妙なところでレベルアップしているので安心してください。
次回! 「火山灰舞うサクヤ媛岳」!
ユイの修行に現れた女性とは一体! 深夜0時をお楽しみに!




