003 千年雪のドルフィンズ
<ナインテイル九商家>のひとつであるオイドゥオン家のもつ港に寄航した。
万年雪のように街は火山灰をかぶり、白く輝いている。
前を歩く山丹の足跡が点々と続いている。その山丹にイクスがまたがっている。はしゃいだイクスがどうしても先を行きたがったのだ。
その後をウサギ耳のぬいぐるみと子どもが続き、狐尾族、狼面の狼牙族、和服の男にセーラー服のような少女と大きな鎧を着た少年、ローブを纏った青年が続く。斧を担いだドワーフの骨兜の上には尾長鳥が止まっている。
これを目にする大地人にすれば、冒険者が百鬼夜行のように映るのも当然だと言える。
出会う大地人にイクスが聞き込みをしているのにはわけがある。これはある人物を探しているからではない。その人物なら、あざみが念話を入れて場所を特定している。
一軒の冒険者向け飲食店がある。外から見た感じは西部劇に出てくるバーのようだ。名前は「ドルフィンズ」。
これでよく火山灰が店内に入らないなと思いながら、イクスは山丹にまたがったままスイングドアを押し開ける。
「わあ、ここは種族で差別はせんどん、虎はやっせん。どげんかしてこんね」
入り口から荒くれ者がたくさんいるバーを想像したが、昔は看板娘だったというような大地人のおばちゃんが出迎えた。
「あ、ヨサクにゃ、おおーい」
「ほいほい、他のお客さんの邪魔って」
おばちゃんに追い払われる。
あざみがその脇をすり抜けて、奥の席に陣取る男の前に回りこんだ。
「まだ酒を飲み終わってないんだ。お前もどうだ」
丸太のような腕でコップを突き出す。
あざみはそのグラスを受けて鼻に近づける。そしてテーブルに置いた。
「芋焼酎? 味あるの?」
「酒豪の台詞か、酒を知らぬ馬鹿の台詞か」
「残念ながら後者。焼酎の造り方知ってる女子大生の方が少ないわよ。あたし農大じゃないし。アイテムとしての酒の味なら知っているけどね。酔うだけの水」
「麹の培養に2日、酵母を加えて1週間、芋を加えてさらに発酵させ2週間。蒸留して寝かせれば原酒の出来上がりだ」
「そんなこと考えながら飲んで酔える?」
「全く」
どうやらかなり飲んだらしく、酒臭い。会わなかったこの数週間で何があったんだろうか。ヨサクは念願の<エッゾ帝国>にたどり着いたはずだ。
「あ、ギルド名」
ステータスを見つめてあざみが気づいた。
「ああ、脱退したよ。<ブリガンティア>は終わってた」
「何があったの?」
彼は苛立ったようにまた一杯飲み干す。
「欲と暴力に溺れ、帝国の支配者気取って暴虐の限りを尽くしたが、他所から来たギルドにコテンパンにのされて、<ブリガンティア>崩壊。これじゃあ<崇拝される者>じゃなくてただの<略奪者>だ」
また一杯注いで飲もうとしているので、グラスを奪ってあざみが飲み干す。
「おい」
「【工房ハナノナ】に来ない?」
ヨサクは鷹のような目を少しトロンとさせて睨んだ。
「ハッ」
肩を揺らして自虐的に笑った後、首を横に振った。
「オレからも頼む」
いつの間にかユイがテーブルの横に立っていた。
「あ?」
「<武闘家>になりたいんだ」
「そこに立つな。翳る」
「稽古をつけてくれ」
ユイは頭を下げた。
「賢くないな、見てわかるだろ。俺が今教えられるのは酔拳くらいだ。酒も飲めない小僧に教えられることはない」
ユイは酒の入った瓶をつかもうとしたのであざみは瞬時に脇に避けた。
「馬鹿ね。本気にしないの。仲間を傷つけるような冗談はやめてよ、ヨサク。せっかくアンタに会うためにこんなところまでやってきたのよ」
「ハ、今度会うときはお前の方が腕を上げてるって言ってたじゃないか。お前が稽古をつければいい。それに、会ってどうするつもりだったんだよ」
あざみの怒りは静かに頂点に達したようだ。
「アンタにアタシの下僕だってこと思い出させるつもりだっただけよ。投げつけるりんごがもったいないわ。わずか数週間でこんなに腐っちゃうんじゃあね。じゃあね」
脇に避けられた酒をあびるように飲んで、ヨサクは忍び笑いを漏らした。
ふんと鼻を鳴らして、あざみは出て行った。
このままでは喧嘩別れだ。
それでもユイは諦めずとどまって頭を下げ続けた。
「おい。行けよ」
ユイはまだ頭を上げない。
「小僧、いいかげんにしろ」
「帰っちゃうんだろう?」
「あ?」
「いずれ、アンタたちは元いたところに帰っちゃうんだろう?」
ユイは顔を上げた。
「さあな。どうやって来たかもわかんねえのに。そう簡単には戻れねえだろう」
「でもいつかはいなくなるかもしれない。そのときに誰がこの世界守るんだよ。あの時教わらなかったから世界救えませんでしたじゃ話にならないんだよ」
ヨサクは飲むのをやめ、ユイの目を見た。
「勇者気取りか、小僧」
「勇者じゃねえよ。だけどおれは<古来種>になるんだ!」
「は、お前らにとっちゃおんなじ意味だろ」
笑ってヨサクは酒を呷った。
いや、違う意味を持つのかもしれない。
<大地人>とはこの世界に根付くもの。
<古来種>とはこの世界が育み運命を未来へとつなぐもの。
まさに大地が種子を育み、種子が大地を必要とするのと同じ関係なのだ。
勇者は自己犠牲のもとに他者を守るもの。
だが目の前の強い眼差しの少年は、<大地人>にして<古来種>になろうとするものである。自己犠牲などではなく彼こそがこの世界そのものであり、その世界を支えるものである。
そう考えると<冒険者>とはなんと薄っぺらな漂白者であろうか。勇者になり得たとしても、ただかりそめにこの地に現れた余所者でしかないのだ。
そんな余所者の集まったギルドがひとつふたつ自業自得で潰れたぐらいで何を嘆くことがあろうか。
北の果てから逃げるように南の果てにやってきた自分も情けない。そこが果てだと勘違いしていた。所詮ヤマトを北から南に移動しただけだ。
目の前の少年ははじめからこの世界の一部であり、世界そのものを支える人間になろうとしているのだ。
「ちっぽけだな」
ああ、なんとちっぽけだ、そんな自分に教えを請おうとはなんと愉快なことだ。
ヨサクは笑いが止まらなくなった。
「他人から笑われるのには慣れている。だけど、これは夢なんかじゃない。オレにとっての現実だ」
ヨサクは笑うのをやめた。違うのだ。笑えるほど卑小なのは自分の方なのだ。
「誰も夢を笑うつもりはない。いいだろう。望み通り鍛えてやるさ」
大地人を鍛えるクエストなんて聞いたこともない。人にものを教えるのが苦というわけでもない。実際にインストラクターの経験ならある。ただ<武闘家>なんて教えたことはない。
ああ、あいつは<妖術師>だったが、初心者に教えるのがうまかったな、と盟友ロンダークのことを思い出していた。
仕方ない。やってやるか。
「覚悟しろ。俺のはちぃとばかり荒いからな!」
ハイ、<迷子王ヨサク>さん登場しました!
なんと、ちゃんと<エッゾ帝国>にたどり着いていたのです。
ですが、シロエさんとにゃん太さんに恥をかかされ、
シルバーソードのマサチュウさんにも叩きのめされ、
大地人の娘ウパシさんに完全に尻にしかれるデミクァスさんにギルドマスターとしての魅力はなかったため、ロンダーク氏を追って南までやってきました。そこは<迷子王ヨサク>ですから、なぜだか鹿児島までやってきちゃうんですけどね。
さて次回も深夜0時更新!