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021 光の渦とウフソーリング・トライアングル

 <ケーラ諸島>の島々が見えてきた。

 船は南に向かって進んでいる。

 空はどこまでも光を吸収するかのように黒く、星々はその闇に吸い込まれぬように力の限り輝いているようであった。

 その星空に薄墨を流すように<La Flore>の煙突から煙が出てたなびいている。船体についた羽根車が大きな水車のようにざぶりざぶりと海の水を掻いて進む。 



「にゃあにゃあ、ユイちん。ちゃんと<武闘家>に転職できたのにゃ?」

 イクスは山丹の背中に埋もれるようにした姿勢のまま、隣に座るユイに聞いた。

「とりあえずはヨサク先生からは免許皆伝って言われた。どうだ、姉ちゃん? オレちゃんと<武闘家>になれてるか?」

「うん。なれてるよちゃんと」

 サクラリアは目を細めて笑った。

「さすがは<冒険者>。そういうのよくわかるにゃ。それにしてもユイちんは装備が軽くなって寒くないかにゃ。イクスは山丹のもふもふのおかげであったかいにゃー。ありがとにゃー山丹」

「がう」

 <剣牙虎>の山丹は少し眠そうにあくびしながら返事する。



「イクスもなんか職業身につけるかにゃー」

「だったら【工房ハナノナ(うち)】、<森呪遣い(ドルイド)>いないからいいんじゃない?」

 サクラリアの提案にバジルが乗っかる。

「そうだそうだ、オレ様とかぶることはないぞ。なっちまえ、<森呪遣い>」

「じゃあ、イクスも<盗剣士>やるにゃ!」


「だー! かぶってんじゃねえよ。面白くねえよ。どうせあれだろ、ホラ。山丹の上に腕組みしたまま立って乗る気だろ」

「それ派手でいいにゃ」

「イクス姉ちゃんがそれやったらかっけーな。オレも応援するぞ」

「んじゃあ、私も応援するー」


 バジルの肩をハギがぽんと叩く。

「バジルさんも、転職の時期が来ましたね」

「うっせーよ! ハギの介。オレ様は腐っても<バジル=ザ=デッツ>なんだよ! やめねーからな! 負けねーぞ、猫娘」

「おー! 望むところにゃ! 受けて立つにゃ、<腐れバジル>」

「ぐわー、最悪のあだ名つけやがったな! 腐ってねえし、オレ様腐ってねえよ。バーカ、バーカ」


 子どもの喧嘩じみてきたが、みんな笑いあっている。その笑い声を遮るようにツルバラの声が響く。

「前方海面から敵来ます!」


「イクスが行くにゃ!」

「いや、負けねー! オレ様が行くぜ」

 それより先にユイが立ち上がった。

「ごめん。オレ、試してみたいんだ」

 海面から浮上した巨大な<翠玉糸巻エイ>の前にユイは立ちはだかる。

「自分の強さを」

 

 夜目にも美しく鮮やかな身体を大波のように突進させる巨大マンタ。

 その巨体をユイは鮮やかに躱す。<ターニングスワロー>だ。

 その動きに<翠玉糸巻きエイ>が翻弄される。ユイを見失っていた。

 ユイはすでに敵の頭上に立っていた。

 師匠譲りの<タイガーエコーフィスト>とは思えないほど静かにトンファーを放つ。

 大マンタの体に奇妙な振動が走る。一瞬遅れて泡と化す。

「嘘だろ!?」

 バジルはその光景に目を疑う。

「いや、ステータス画面を見ていましたが。間違いなく一擊です」

「ど、どんだけ強くなったんだよ、こいつ」

「レベルはディル君とほとんど変わりませんが、あの武器と技の相性がいいとしか思えませんね」

 ドロップ品や金貨とともに甲板に着地するユイ。その眼差しに驕りも翳りもなかった。世界の未来を背負う気概が瞳に宿っていた。それ以外はいつものユイだ。


 シュートを決めたサッカー選手のようにバジルやハギ、イクスにもみくちゃにされた。

 ただ、大きく変化してしまったものがある。

 サクラリアはユイに飛びつこうとはしなかった。


 「いよいよここが<クボービロウ>っすね。じゃあ、みなさん行ってらっしゃいっす」

 外車輪を止めた船の上から、ビロウの木がびっしりと生えた山を見上げる。船は惰性で前進している。ゆっくりと角度を変えながら登りやすそうなルートを探す。

「オレ様は残るぜー。ハギも行かなきゃなんねえだろうよ。まあ、レベル制限とかパーティー制限とかもねえから、オレ様がいなくても大丈夫だろ」


「まー、そうにゃね。バジルちんは腐ってもお留守番にゃ」

「腐ってもの用法間違ってるっての」

「じゃあ、行ってくるにゃー」

 山丹にまたがってイクスが船を飛び降りる。ばしゃばしゃと浜辺を歩き島に上陸する。

 ハギもぽーんと飛び降りる。ユイも続こうとしたが、サクラリアが続こうとしていないので振り返る。


「どうしたの? 姉ちゃんが行かなきゃ始まらないでしょ」


「ユイは強くなったね」


 サクラリアはユイの瞳のような星空を見上げる。

「私、まだ強くなってない」

「数日だからな」

「男の子ってそう、会わないうちにすぐ私の背とか越えちゃうんだもん」

「まだそんなに伸びてないよ」


「いつもそうだよ。私は置いてきぼりなんだ」

「姉ちゃん、兄弟とかいたっけ?」

「ううん」

「近所の子?」

「ううん、小学校で一緒だったの。それほど近所ではなかったの。田舎だから」

「よくわかんねーけど、誰も姉ちゃんを置いていったりしないよ」

 ユイはサクラリアに向けて手を差し伸べる。


「私、ユイと初めて会ったとき強くなりたいって思ったの」

「うん」

「私、ユイと離れてやっぱり強くなりたいって思ったの。でも、ユイが強くなって戻ってきて、私、決心が揺らぎそうになった。誰かにくっついていれば、私、強くなった気分がしちゃうから、今はダメなの。私、きっとね。この山を登って何か成功したら、もうそれで十分かなって思っちゃう。きっと雰囲気に流されて告っちゃう。今はダメ。だから必ず私を振ってね」


「よくわかんねーけど、わかった。オレは絶対姉ちゃんの告白を認めない」

 ユイはそう言いながら、近づいてサクラリアの手を取った。

「でもいつかはオレの告白を受けてくれ。でも今がその時じゃないことは分かった。行こう、姉ちゃん」

 サクラリアは泣き出しそうな表情を浮かべて頷いた。

「さあ、行こう」

 ふたりは、ふわりと船べりを蹴って森へと走り去る。


「青春っすね」

「青春だなー」

 ツルバラとバジルは二人の背中を見送った。


■◇■


 「勝算」の校庭に立って桜童子は黄金色の<鋼尾翼竜>に跨った。島の生物たちが見送るように集まってきている。

「おいらたち【工房ハナノナ】が今夜クリスマス・イブを盛大に盛り上げるからなー。お前たちもたっぷり楽しんでくれー」

 島の動物たちに声をかけて、<鋼尾翼竜>の背をぽんぽんと叩く。

「さあ、頃合だ。ぶっちぎりのスピードで頼むぜー」

 くーっと一声、翼竜が哭く。

「ハトジュウ。もう行くぞ」

 島の生物たちの中から飛んできて、桜童子の腹の前にちょこんととまった。


 竜が身を起こし、羽をひとつ強く撃つと、ふわりと宙に浮く。尾がパシンと地面を打つのが合図となって大きく羽撃きはじめる。水平軌道から徐々に高度をあげ、そこから東を目指して飛んでいく。森を越え、島を横切り、昼間の<ハテ>の浜を眼下に見下ろし、ますますスピードを上げていく。



 月と星が黒い海面を銀色に輝かせる。波が静かで一面鏡のように見える。

 尾が波を叩くほどの超低空まで高度を下げる。表面効果が得られる高さで滑空する。揚力が大きくなる反面、桜童子に惹かれた怪魚たちも起こしてしまうことになる。羽を傾けながら大怪魚の牙をいくつか避け、再び上昇する。

「ひょー! さすがだねえ」

 背中を叩いてやりたいがこの速さでは、振り落とされないようにするのが精一杯だ。

 

 ハトジュウがケーッと声を挙げた。

「いよいよだねえ」



■◇■


「アタシが先に倒したからね」

「俺の蹴りがガリガリ削ってただろうがよ」

「アタシが倒してHPががーっと減ってたところだって」

「ハイハイ、じゃあそれでいいや」

「あー、今のムカツク。そんなの納得いかない」

「どっちなんだよ、女狐。じゃあ俺が仕留めたでいいな」

「やだー!」

「わがままかよ!」

 仕留めた敵をめぐってヨサクとあざみは言い争っている。

 その様子をにやにやとした表情を浮かべながらあすたちんは眺めている。

「あはーん。青春がほとばしってる~」

 

「止めなくていいかな。止めなくていいかなー。ディルどうしよー」

「え、あれ、戯れあってるんじゃないですか?」

 イタドリの心配をよそに、ふたりの言い争いはついに肩をぶつけ合うケンカに発展していた。

「えー、あんなのじゃれてるようには見えないよー。見えない見えないー」


 さすがにきゃんDも心配げだ。

「いつもあんな調子なんですか?」

「え~? あすたわかんなーい」


 突然ふたりが駆け出した。展望台までどちらが先に行けるか競走らしい。あの二人は足が速い。

「やべ、置いていかれる。<雲雀の靴>!」

「<仔鹿のマーチ>行きますよ!」

「素敵ー! あすた、超浮いてるー」

 四人が魔法の力で高速移動しているというのに、二人はもう見晴らしのいいところまで出ている。そしてまた言い合っている。どちらが先についたか言い争っているのだろう。


「そんなことより、早く見つけなきゃ、見つけなきゃ」

 イタドリが慌てる。

「あざみさーん! 適当でいいからそこら辺ぶらついてくださーい」

 ディルウィード自身もそう言いながら適当な石がないか探している。

「ったく、しょうがねえなあ」

 ヨサクはあざみを抱きかかえる

「ちょ!」

「黙ってろ、舌噛むぞ」

 ヨサクは<ドラッグムーブ>と<ワーバーンキック>を併用し高速で辺りを飛び回る。

 あざみに念話がかかる。<ドラッグムーブ>のおかげかすんなりとハギの声が聞けた。

(こっちは準備できましたよ。反応させました。)

「もうちょい! もうちょっと!」


「あ、光った! ストーップ。ヨサクたんスト~ップ」

 あざみに反応したのは狼煙跡のようだ。あすたちんがその石のもとに立つ。石で囲まれた部分が腕時計の液晶画面のように浮かび上がって見える。きゃんDも不思議そうに眺めている。


 ヨサクはあざみを放り投げる。きゃんDが慌てて受け止める。足元の狼煙跡はデジタル表記に変わりかけていた。


「ちょ、おろし方、雑!」

 ぷーっとむくれるあざみ。

「もうすぐ、午前2時か。まあ、良い子は寝ている時間だな」

 ヨサクは手を差し伸べる。あざみはふくれっ面をしながらもその手を握る。あすたちんはによによと笑顔を浮かべてその様子を見ている。

「ねぇねぇ、こっち先に反応してたら失敗だからなってウサギさんから伝言もらってんだけどー」

ヨサクは慌ててあざみを抱くようにして、狼煙跡から離れる。

あざみはヨサクの腕の中で目を大きく開いて一瞬だけ息を止めた。そしてしばらくして、目を閉じてヨサクの鼓動を聞いた。

狼煙跡がただの石の並びに変わり闇に溶け込んでいっても、あざみはそうしていた。ヨサクから離れて自分で立ったのは、ディルウィードが念話を受けた頃だった。

 


■◇■


 シモクレンのもとに、カニハンディーンとクガニの手を引いてヤクモが現れた。

「ハギ、キター!」

「ん、ヤクモちゃん。<クボービロウ>の方は成功したんね。んじゃあ、念話しなくちゃ。そうねー、あそこでしっかりしてんのは、ディルくんかなー」

 シモクレンはディルウィードを選択して念話をつなぐ。実は【工房ハナノナ】はパーティチャットモードで念話できることを知らない。おそらく念話に回数制限はないだろう、というところまでは分かっているくらいなのだ。


(あ、レンさん。ディルウィードです)

「うん、知っとる。なあ、ディルくん、そっちどうなってる?」

(今、見つけました。そっち先によろしくお願いします)

「ハイな。じゃあ、早速。みんな、準備して」


 そう言うとシモクレンは革手袋を嵌め、腰の革袋を外す。中から子猫くらいの大きさのサラマンダーをつまみ出す。<火蜥蜴サラマンダー>のサラ坊は威勢良く炎を上げたが、特化した火炎・熱耐性を持つシモクレンなら平気だ。ウーパールーパーのような微笑み顔を浮かべたサラ坊は、<ルークィンジェ・ドロップス>を抱えている。

 サラ坊を乗せると、<太陽石>は半透明になり脈動を始め、文様を浮かび上がらせる。

数秒後に<アグーニ>でも反応させたに違いない。



 その瞬間、辺りの闇が濃くなったように見えた。

 ひゅっという音が聞こえた。光の筋が海面から立ち昇る。

 ボッという音の後、シモクレンたちは眩しい光に包まれた。

 数瞬の後、ドンっと身体を打つような衝撃と音が降り注ぐ。

 バリバリバリバリという音を立てながら光は火の粉となって海に降り注ぐ。


 すぐ近くの海面から花火が打ち上げられたのだ。

 いや、海面ではない。海中から大きな泡のように明るい球が浮かび上がり、それが空中に出て魂のように飛んでいく。

 ひゅっひゅっひゅっひゅっと連続して花火が打ち上がる。

 次々と明るい光をセルデシアの夜空に撒き散らす。

 激しい音。激しい光。

 花火は二方向に遠のきながら次々と打ち上がる。

 遠ざかっているだけではない。

 目を凝らせば<アグーニ>と<クボービロウ>からも花火が近づいてくるのがわかる。

 水平線も明るい。きっと向こうでも花火が上がっているのだ。



 <クボービロウ>ではサクラリアもユイもハギもイクスも山丹も、船上のバジルもツルバラも、<アグーニ>のあざみもヨサクも、イタドリもディルウィードも、きゃんDもあすたちんも、<ハティヌキューミー>のシモクレンもジュリもアキジャミヨも、カニハンディーンもクガニもヤクモも、そして島の生物たちやまだ起きていた者たちが、この圧倒的な光景と光量と音量にただただ絶句していた。




「絶景だねえ」

 ただひとりこの光景をすべて見ることができた桜童子は、吐く息とともに言葉を吐き出すことができた。視界360度の光の狂乱だ。

 島と島と島を花火がつなぐ。

 中央で花火が出会うと色が変わる。それを反射する水面の波もまた花のように色鮮やかだ。巨大な正三角形の光の花畑だ。

 だんだんと光の波が早くなり、揺れ、ランダムな光の束になる。花が風に揺れているようにも見える。

「ついに来たぞ。間に合うはずだ」


 桜童子は光の正三角形の中心付近に位置する島<トゥナキー>上空にいる。


 <エルダーテイル>がゲームだった頃、<フィジャイグ地方>におけるスノウフェルイベントにおいて成功したプレイヤーがいる可能性があるとあざみからの報告を受けたとき、桜童子の頭の中には今から起こりうることが図式として現れた。イベントのヒントとなる地図が手元にある以上、これは「地図を見ながら解け」というオーダーなのだと解釈した。



 ハギが、カギとなる島を特定したおかげで、<ウフソーリング・トライアングル>とでも言うべき正三角形が浮かび上がった。こうなったらもう、「花火」と「トナカイ」はダメ押しのようなものだ。「トナカイ」と聞いて、現実世界の渡名喜島が思い浮かんだ。実際にトナカイは住んでいないが、名前の響きが近い。トライアングルの中心でもある。


 つまりこうだ。

 このイベントの攻略は、「3つの島で鍵となる石を反応させ、しかる後に渡名喜島、つまりこの世界での<トゥナキー>に渡れ」ということになる。

挿絵(By みてみん)


 花火はまた幻想的な明滅を繰り返す。すると、<トゥナキー>が島ごと光りだした。蛍のような、それでいて輝度の高い無数の粒が空に向かって舞い上がる。


「これが本当の<アルヴ>の新機能ってヤツだな」


 光の粒の中を螺旋階段を駆け上がるように何かが躍動している。1頭のトナカイだ。間違いなく空を駆けるトナカイだ。


 だんだん桜童子の高さまで駆け上がってくると、それがものすごく大きな体であることに気づく。<鋼尾翼竜>よりも二回りは大きい。

 海から突き出る珊瑚よりも立派な角。南国には似つかわしくない深い毛並み。唯一トナカイと違うのは、ケラマジカのような尻のハート型の白い毛並みだけである。このようなデザインになったのは、このイベントの起動ポイントになる<クボービロウ>がかつてケラマジカの繁殖地であったことによるのだろう。



 ついに桜童子の視線と、トナカイの視線が絡み合う。

「三十有余年の星霜を送るわらわの眠りを破り、再び目覚めさせしものよ。そなたの名は」 

「桜童子。【工房ハナノナ】のギルドマスターだ」


 これが<エルダーテイル>ならば、モニタの上部に達成したギルド名と達成者の名が流れるところだろう。これで幻想級アイテムでも手に入れれば二つ名で呼ばれることになるはずだ。だが、きっとこれは誰にも知られない冒険となるだろう。それでいい。今は誰もが自分たちの物語を紡ぐことで必死なのだ。これが己の誇りとなれば、それでいい。


「わらわの名はエース。そなたが<召喚術師>ならばわらわと契約を結ぶが良い」

「会話を楽しむ暇はないかい」

「面白きウサギじゃな。寝て過ごしてきたのじゃ、そなたが満足するまで付き合うてよい」

「エースさんこそ心優しいトナカイのようだね」

「わらわは<絶海馴鹿>じゃもの。人に馴れるのは得意じゃ」

「あなたくらいの知性があれば、契約を交わさなくとも常に共に一緒にいられるのではないですか」


 高等な知性をもつ生物であり、共闘関係にあれば契約なしにも行動を共にすることができる。桜童子の契約スロットに空きがあるのも、エレメンタラーと呼ばれるほど強力な従者を使役するのも、すぐにシステム改変されてしまうことになった<会話による盟約システム>という裏技のおかげだ。これを<大災害>後のこの世界で試そうとしているのだ。


「いやじゃ」

「以前に訪れた人とは契約を結ばなかったのですか?」

「召喚術師ではなかったからの」

「契約すると<ミニオン>ランクになって嫌がるヒト多いですよ?」

「いーやーじゃ」

「契約がいいの?」

「そうじゃ」

「喋れなくなりますよ」

「喋りたくば、契約を解除すればよい。そのときはしばし話に付き合おうではないか。そしてまたわらわを契約すればよいだけの話じゃ」

「小さくなりますよ」


 そこで<絶海馴鹿(エースオブトゥナキー)>は恥じらうように前足の蹄をこすり合わせた。そして上目遣いに桜童子を見る。なるほど、と桜童子は頷いて<鋼尾翼竜>から<絶海馴鹿>に素早く移り、呪文を唱える。輝く魔法陣とともに大きなトナカイの姿は消える。支えを失い桜童子の体は真っ逆さまに墜落する。

「<従者召喚:エースオブトゥナキー>!」


 エースは先程に比べれば体長は三分の一ほどになり、見た目もお尻のハートも可愛らしいトナカイの姿へと変貌を遂げた。

「エースさん! オイラを助けてくれ!」

 光の粉を撒き散らしながら桜童子の周りを飛び、ふわりと浮かばせる。エースはその下に潜り込むようにしてうまく桜童子を自分の体に跨らせる。


「ありがとう、エースさん」

 桜童子は礼を言ったがエースは首を横に振る。 

「エースさん?」

 首を横に振る。

「…………エース…………ちゃん?」

 首を縦に振ってエースは、<トゥナキー>の西の島へ桜童子を運ぶ。桜童子は角につかまり辺りを見回す。数十万とも数百万ともつかぬ花火があたりを照らしている。そろそろグランドフィナーレだ。


 たどり着いた島は<テソナ>というゾーン名の円形の島だった。

 勾玉型の丘陵に降り立つとそこから北の浜辺の方に進み、地面を掘り始める。


「ここは、およそトライアングルの重心なのだな」



 桜童子が呟くとトナカイは顔を上げた。桜童子は体を倒して身を乗り出す。地面から青い光が輝いている。

「まさか、これ」

 その輝きは、――<ルークィンジェ・ドロップス>。



 <ケーラ諸島>でも<アグーニ島>でも、遠くは<シュリ紅宮>のあたりでも、人々はクリスマスイブの夜空を彩る深夜の花火を見つめていた。人々だけでなくそこに住まう生き物たちまでも。

 <ハティヌキューミー>の<太陽石>の前でも誰もが、うっとりとこの花火を眺めていたが、シモクレンがハッと自分の役目を思い出した。


「あかん。ボーッとしとったら、花火、終わってしまうよ。ホラ、そこ並んで」

 ジュリとアキジャミヨが慌てて姿勢を正す。


「ほな、行くで。アキジャミヨさん。あなたはジュリを幸せにすると誓いますか?」

 アキジャミヨは頷く。

「誓うさー!」

 顎を突き出し、その下に手の甲を当て、肘の突起物を見せるようにして誓う。

「ほなら、ジュリ。あなたは種族の壁をこえてアキジャミヨさんを愛し続けますか?」

「ハイ! 誓うのです!」

 ジュリは宣誓のように手を挙げる。

「では、指輪を交換してください」

 アキジャミヨはジュリの左手を手に取り、薬指に指輪をはめる。

 ジュリもアキジャミヨに指輪をはめる。

「ハイ! ほなこれでOKや。二人の結婚を認めます!」


 光が強く輝き、雷のような音を立てて、最後の花火が咲き誇る。


 そして余韻を残して、火の粉は海中まで舞い散って消えた。



 辺りに闇と静けさが戻ってくる頃、人々の歓声や拍手が聞こえてきた。

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