020 巡り逢うアグーニの大ソテツ林
夜間航行でも蒸気船<La Flore>は波を切って進む。一旦、船を<太陽石>と<アグーニ>の直線上に船を回す。<太陽石>の前では桜童子が光の精霊の卵<輝天燕嬢>を掲げて灯台の代わりを務める。
「ケッケッケ。ウサ耳大将、上手いように分けたな」
「バジルさん、何がです?」
船の後方で、桜童子の掲げる光を見つめてハギとバジルは話し合っている。
「ばか、おい、小声でしゃべれって。な、いいか、<太陽石>のところにいるのは巨乳姐さんなわけだろ」
「え、ええ。シモレンさんが担当しますね」
「んでよお、これから<アグーニ>に行くのが狐っ子だろ」
「私も行きますけどね」
「良いんだよ。違うんだよ、オレ様が言いてえのは。な、<クボービロウ>に行くのがセーラー姉ちゃんだろ」
「リアさんですね。で、それが何か」
「四角関係じゃねえか、四角関係」
「どこが四角なんです?」
「お前もウサ耳級に鈍いヤツだなあ。な、サクラリアってのは元ウサ耳のパートナーなわけよ。たんぽぽあざみは桜童子を兄のように慕い、シモクレンは現パートナーなわけだろう? この三人をうまいこと切り離してるじゃねえか」
「偶然じゃないですか? リアさんは<舞い散る花の円刀>に<ルークィンジェ・ドロップス>をはめてるでしょう? あざみさんは<ルークィンジェ・ドロップス>代わりの<暮陸奥>があるし、シモレンさんは<ルークィンジェ・ドロップス>を抱いたサラ坊を皮袋に入れただけで持ち運べるし。それぞれに分かれなきゃいけないのは当然じゃないですか。それにですよ、リアさんにはユイくんがいるし、あざみさんにはヨサクさんがいるじゃないですか。考えすぎですよ」
「くぁー、おめえもとっことん鈍いなあ。セーラーちゃんも狐耳も相棒がいなかったからさみしかったわけよ。そうしたらあのふわふわもこもこ野郎のところに戻っていくわけよ」
「でも、今はシモレンさんと隊長、一緒にいるじゃないですか。だから、問題なし?」
「くぁー、おめえの目玉は節穴かって言いてえぜ、ハギちゃんよう。招集かかったときの巨乳姉ちゃんと狐っ子のあの空気見たか? そこを漁夫の利狙おうとするセーラー娘の目! あれは、大事件勃発の予兆だね。うまく分けて正解だったな」
こほんと咳払いがしてバジルはびくっとする。
「この出歯ガメ狼こそ、目玉くりぬいて節穴にしてやろうかしら、ジャックオーランタンのように。ねえリアちゃん」
「人の噂話ならもっと静かにしてほしいですわ、ねえあざみさん」
「オレ様はただ見たままを! それにジャックオーランタンは季節違うだろ」
「10ヶ月早いトリックオアトリートよ、ねえリアちゃん」
「今すぐ大事件勃発されたくなかったら、ちゃんと謝ってください」
「わ、悪かったよ。ハギお前も謝っとけ」
「私もですか。仕方ありませんね。バジルさんへの監督不行き届きにつきましては陳謝させていただきます」
「く、さすが、ハギパパ。見事な謝りっぷり。非の打ち所がないわ」
さすが謝り方を心得た社会人は違うわなどと言いながら舳先側へ戻っていくあざみたちを目で追いながら、バジルはつぶやく。
「オレ様、ウサギ耳じゃなくてよかったよ」
一方、太陽石のあたりでは、<輝天燕嬢>を戻し、目が闇に慣れるを待つ間、夜空を眺める四人の姿があった。
桜童子とシモクレン、それにアキジャミヨとジュリである。
桜童子はシモクレンの膝の上にぬいぐるみのように座っているから、後ろから見れば三人にしか見えないのだが。
「アキジャミヨさんはどうしてクリスマスまでに結婚がしたかったんだい?」
桜童子はアキジャミヨに訊ねる。
「クリスマスはなー、大切な人と過ごす時だって聞いたからなー。でもジュリは大切な人なんていないって言うのさー。だから、わーが大切な人になってやりたかった。だから金儲けせねばならんかったさー」
「なるほど。で、アキジャミヨさんはジュリさんのこと大切に思ってんのかい」
「当然さー」
堂々としたアキジャミヨの声にジュリは少し照れた様子だった。
「まず、こんなにかわいい子はめったにねえ。そしてこんなに働きもんもいねえ。そんなジュリがわーのことを『ご主人様』っていって毎日目を輝かして言うんだ。大切な人にならないわけがねえ」
ハギの報告を聞かなければ桜童子もシモクレンも、もう少し素直にアキジャミヨの告白を聞けたかもしれない。ジュリはたしかに例外的存在なのだ。
ジュリがかわいいというのは納得がいく。
この日差しの強い<フィジャイグ地方>にありながら透けそうなくらい白い肌や、整った顔立ちなどは、<冒険者>由来のデザインであるのだ。
働き者というのも悲しいくらい納得がいく。彼女の三分の一は<BOT>なのである。とてもそうとは思えないが、彼女を動かしている大半がプログラムであるのだ。
だから、任務遂行終了まで皿洗いを続けるし、外貨獲得のために島々をいくつも渡り歩いてしまうのだ。
しかし、ジュリの表情がプログラムだとは思えないほど豊かなのは彼女の中の三分の一を占める<謎の人格>のためだろう。夜記憶がなくなったりするのは、この人格が出現してしまうからだ。その人格が活動し、得た知識・感情がジュリをただのBOTではなくしているのだ。
この人格は<典災>を一撃でしとめるほどの力を持っているというのがおそろしいところで、ここが、桜童子たちを複雑な気分にさせる点である。
アキジャミヨがジュリを大切に思うのは、<冒険者>がアカウントを乗っ取られ<BOT>化し、BOTのまま収容され<大地人>となった身体を<謎の人格>が乗っ取るという異例の経歴ゆえではないのかと桜童子には思えてしまうのだ。
だが、人が人を好きになるとはそういうものだろう。
相手の経歴も全て飲み込んでひとつの人格として相手を許容するということだ。許容してそこに愛情を注ぐことができると判断したのならそれでいいじゃないか、と桜童子は思い直した。
「そうか、じゃあ、アキジャミヨさんはジュリから手を離さない方がいいね。もう使用人じゃないのだから危険な船旅をひとりだけでさせるなんてさせない方がいいだろう」
「一緒に行動するさー。なあジュリー」
そういってアキジャミヨはジュリの手を握った。ジュリはこくんと頷く。
これには見ているシモクレンの方が照れてしまい膝に抱えた桜童子をぬいぐるみを抱きしめるように揺さぶってしまう。
「ジュリはもう深夜を回ってしまったが、今日は記憶がなくなることはないのかい」
「金貨を持ち帰る少し前のことはまるで覚えてないのです。でも今は平気なのです」
「ウチのハギが言うには、ジュリが記憶を失っている間、別の人格が目を覚ましているのではないかというのだけれど、心当たりはあるかい」
少し考えてジュリは答える。
「実はあるのです。それは今日金貨を持ち帰るときなのです。声が聞こえた気がするのです。『私はしばし眠りにつく。いずれ<月の使者>の訪れるそのときまで』と」
「月」
そうつぶやいてシモクレンは夜空を見上げた。
桜童子は逆に足元を見つめた。この足が月の大地を踏みしめたのだ。臨死体験ということだろうか。それにしてはリアルな記憶として体に残っている。月には何かある。その直観だけがある。
「かぐや姫みたいやね」
言っておいて、しまった、とシモクレンは口をつぐんだ。
突然竹から生まれたところとジュリが突如としてアキジャミヨの元へ現れたことをイメージしていったのではない。愛する帝の下を去り月の世界へ帰っていく『竹取物語』のワンシーンを想像して言ったのだ。まだちゃんとプロポーズもしていないふたりに別れのイメージを重ねるのは不謹慎すぎる。
だが、アキジャミヨとジュリには通じなかったらしくほっとする。
そのとき、桜童子に念話が入った。ハギの声だ。一緒に座っているシモクレンにもその声は届くらしい。
(隊長。<アグーニ>に到着しました。今小船に乗り換えようというところです。確認なんですが、私はこっちで降りなくていいんですね)
「ああ、大丈夫でしょー。多分間に合ってる。そっちはエンカウントどうだい?」
(間に合ってるってなんです? まあいいや。さすがツルバラくんがエンカウント低減措置をしているだけあって、小魚一匹寄って来ませんよ。でも、予想外に絶壁が高いですから、森から回りこんで展望台を目指すそうです。そっちはエンカウントありますよね)
「ううん。どうだろうねえ。多分起きないと思うぜー」
(え? マジですか。おおい、みなさん。そっちではエンカウントないかもしれないから私行かないでいいそうですよー。んじゃ次は<クボービロウ>目指します)
「あいよ。気をつけてなー」
その報告を聞くと、桜童子はシモクレンの太ももから飛び降りた。
「よっと。そろそろおいらも準備しますかねえ」
「いってらっしゃい」
「あ、そうだ。アキジャミヨさん」
そう言って桜童子は何か渡そうと手を突き出す。アキジャミヨは両手を出して受け取る。ドロップ品の中でも最低価格にしかならないであろう指輪ふたつだった。
「<冒険者>流の風習を教えとくよ。こいつをお互いの左手の薬指にはめあって、永遠の愛を誓い合うんだ。こうやって相手の指にはめてやるわけだな」
シモクレンの左手をとってしぐさで示す桜童子。あまりにも何気なくやっているがシモクレンはかなりどぎまぎしている。
「おいらたちがこれからすることに成功したら愛を誓い合うといい。<ウフソーリング>流の結婚式を挙げるにはまだ期間が必要なのだろう? おいらたちは帰らなくてはならない場所があるからそれを見届けることはできないが、二人がこの指輪をはめてるところが見られればうれしいのだよ。愛を誓うのに神官の前なら不足はあるまい?」
シモクレンは<施療神官>だ。桜童子はこの<太陽石>を、そしてこれから起こるであろう事をふたりのプロポーズのための場として用意しようと考えているのだ。
ジュリはわずかな期間ではあったがともに旅した仲間だ。たとえ、その身に<謎の人格>が潜んでいるのだとしても。そこら辺りの気持ちは、ジュリのために金貨を得ようとしたあざみと変わらない。シモクレンも同じ気持ちだったのでひとつ大きく頷いた。
そんなシモクレンが二人に目をやると、早くも指輪交換しようとしている。
「気が早いわー! あんたたち、どんだけうふそーやねん!」
「かっかっか。まあまあ、もうしばらく待っといてくれ。予想通りなら、これから楽しいことが起きるから。じゃあ、後でな」
■◇■
こちらは、大ソテツ林を疾走するあざみ、イタドリ、ディルウィード、きゃんD、の四人だ。
回復役がいないこのチーム編成は無謀だと思われたが、幸いにもまだ一度もエンカウントがない。むしろ、先に敵を排除してしまったのではないかと思えるほどに林の中は静かだった。
あざみは<フォーランド公爵領>でも夜の森林戦を経験しているが、森の中には<幻獣><自然><植物>といったタグのついたエネミーが多く、心積もりがないと不意の襲撃を受けてしまうので対応ができない。
林と森の違いは、人工か天然かのちがいである。だから名前どおりで行けば、ここは人の手によるもののはずだが、この林を作った人物はバカではないのかとあざみは疑った。
見通しが利かないのだ。
樹と樹の間隔は十分に空いている。それなのに視線が直線上に通らない。かならず他の樹に視線を遮られるのだ。これでは迷路でしかない。
林というならば、何らかの収穫を期待するためのものであるはずが、これではエネミーの餌食になれといっているようなものである。
しかし、遊園地のミラーハウスであるかのように、なんの戸惑いもなく突き進んでいける。かなり走り続けているがエンカウントは起きない。
これはある意味非常事態だ。エンカウント異常を引き起こす桜童子と常にいるため、ただでさえエンカウント慣れしているのに、この静けさは逆に不気味すぎる。レイドボスと対戦する直前の静けさのようにも感じる。
更に走り続けると、視線の先に変わったものを発見する。進路をそちら寄りに変える。
テントだ。
急制動をかけるが、ブレーキ音などは一切出ない。イタドリやディルウィードもずいぶんとレベルを上げ、無自覚ではあるが<冒険者>らしい足運びが可能になっている。
気配を消し、臨戦態勢をとる。
「ディル、周辺警戒。きゃんD、弓構えといて。ドリィ、ヘイトあげる準備」
戦闘慣れしたあざみがこうした事態に対応する司令塔になる。
「あー、待て待て」
テントからにゅっと手が突き出た。聞き覚えのある声だ。あざみは体温が上がるのを感じた。
テントの中からよく見慣れた男が現れた。
「というより、こっちが10時間くれぇは待たされてんだよ。ふあーあ」
容貌魁偉な男は長い髪をバリバリと掻きながら、大あくびをした。裸の上半身は鍛え抜かれた鋼のように見えた。
「お前ら、静かに近づいたつもりかもしらねえがモロバレだぜ? ここいらの敵は俺が一掃しちまったからな」
「何やってんのこんなところで、酔いどれ武闘家」
テントから出てきたのはヨサクだった。
「飲んでねーよ。女狐」
ヨサクはそう言って微笑んだ。
あざみはツンツンした表情をヨサクに向ける。どういう表情を浮かべればいいのかわからないのだ。これがサクラリアあたりなら、両手で口を覆いとろけた表情でも見せているに違いない。あざみは、そういった行動が苦手でこそないが上手ではないのだ。
「そうか、ユイがあっちに現れる前に、にゃあちゃんに言われてこっちに上陸してたんだね。まあ、来てくれなくてよかったよ」
「あざみさん、敵におなか裂かれて、瀕死の重傷を負いましたからね」
「ウルサイ、ダマレ、ディル」
あざみが鬼の形相をして高速でディルウィードを振り返る。どうにもヨサクには弱みを見せたくないらしい。ディルウィードは縮み上がっている。よく山丹にがじがじとあまがみされるディルウィードだったが、それよりも恐ろしかったらしい。
「なあに~。敵襲~?」
そのときテントがもぞもぞと揺れもうひとり現れた。
「あら、やだ~。あざみたんじゃなーい。ちゃおー。ドリたんたちも、は~い」
あすたちんがにょっきり顔を出して手を振っているが、裸の肩があらわになり胸もはだけてしまっている。
これはあざみが誤解するのも無理はない、上半身裸のヨサクと、半裸のあすたちんがそれほど広くはないテントから出てきたのである。実のところ、冬の夜とはいえテントの中で寝袋に包まればもう暖かいを通り越して暑いのである。そんなことは冷静でないあざみには思いつくはずもない。
腹を割かれ半ば戦闘不能になり、結果オーライではあったが当初の目的を遂げられず、落ち込んでいるところを本当は慰めてほしかったのにヨサクは現れず、さらに桜童子に慰めてもらっているところをシモクレンに見つかり気まずい雰囲気になり、意気消沈でこの島にやってきたものの、思いがけずヨサクに会い気分が高揚した瞬間、胸もあらわに眠そうなあすたちんが現れれば、こっちが弱っているときにアンタたちは乳繰り合っていたのかという怒りがわいてきて、バッグの中に手を突っ込み、叫び声とともにリンゴを投げようとしても理解できない行為ではない。
「このエロ武闘家ー!!」
これはかなり予期できたのであろう。ヨサクは難なく剛速球を素手でキャッチし、それを一口ほおばった。
「夜食ありがとうよ。さあ、ふざけてねえで先に進もうか、たんぽぽあざみ。あすた、装備つけて支度しろ。一気に上目指すぞ」




