017 砂塵の決定打
風水師が扱うのは<龍脈>である。大地が持つエネルギーの流れを具現化したもので、多くは山脈を下る流れとして表現され、龍のように勢いがあるとしてそう呼ぶのである。
実際の風水師がこの龍脈を表現するとすれば、「太陽石近くの山から、アキジャミヨの住むフサキナへ向けて流れ、ハトジュウが待機している<ハテ>手前の島へ向かい、頭を桜童子のいる辺りに向けている」というであろう。
シンブクが使役しているのは、さらにその<龍脈>を具現化した巨大な龍である。半透明な東洋的な姿をもつ全長数キロメートルにも及ぶ龍だ。
体をうねらせて突進してくる。
「ぅぉおおおぅおぉう! ハリウッド映画かよ、これ」
バジルは牙を避けて逃げる。
「オレ様、ヘイト上がってねえだろうがよぉおお! あ、やべえ」
緋色の線を踏んだ。それをシンブクは見逃さない。
「ぐぼぅ! 二度目ぇえええ!」
バジルが吐血する。山丹が崩れかかるバジルの体を歯で咥え、背に放り投げて離脱する。
龍の牙がバジルをかすめて通り過ぎると、今度はきゃんDとサクラリアを狙う。
「お利巧やね、山丹は。もう、ホンマ、手の焼ける」
シモクレンはそう言いながらバジルに<キュア>をかける。
「まったく、こいつはおいらによく似ている」
桜童子は距離をとりながら作戦を考える。
これだけの召喚生物なら大量のMPを取り込む必要があるだろう。先にシンブクを倒すことに集中した方が良い。
「隊長! 私たちのMP吸われてますよ!」
<龍脈>なら大地のマナも吸収しているのであろう。そう考えると無尽蔵のエネルギー源を持っているといえる。対してこちらは、これでMP枯渇が時間の問題となった。
やるなら今か。ディルウィードがシンブクの背後になるように攻撃を続ける。
「ディル、今だ!」
「行きます!」
<ルークスライダー>でシンブクの背後に接近する。シンブクは腕を振るって攻撃してくる。
ディルウィードは実際に喧嘩もしたこともないような優男だ。だが、港の青年たちと訓練をしたので、両足を止めた敵の攻撃の仕方なら分かっている。体を沈め棒立ちの足を軸にシンブクの周りをポールダンスでもするかのように回る。そしてこの低い位置からの零距離<サーペントボルト>!
シンブクの上体はありえない方向に曲がっている。
避けたのだ。<サーペントボルト>ははるか上空へ突き抜けてしまった。
シンブクの上体が戻る。長い爪を振りかぶっている。ディルウィードは避けられない。
ディルウィードの視界からシンブクが消えた。
敵は浜を引きずられるようにして転がったのだ。シンブクの足の先には縄が結わえられ、その縄の逆の端を桜童子のユニコーンがもって駆けている。
シンブクは定置罠の仕掛けを作動させるとき、両足を動かさないことが発動条件であるらしい。だからディルウィードは縄の端を持って<ルークスライダー>で接近したのだ。足の周りを一回転したのはこの縄を巻きつけ、<サーペントボルト>すらも結ぶための時間稼ぎであったのだ。
桜童子がディルウィードに縄を持たせたのは円を描かせるためではなく、この一瞬のためだ。
シンブクは足を絡めとる縄を切るために別の召喚生物を呼んだ。<龍脈>が消える。足の縄を切った生物は、脚が刃物になった蜘蛛か蟹のような生物だった。ヤマトサーバーでは見たことのない生物だ。
これにより脚の縄は解かれたが、隙を逃さずあざみが斬りかかった。
刃物の脚を持つ生物であざみの刀を防御しながらシンブクは体勢を立て直し、後方に飛び退る。
あざみも口伝発動を狙いながら追撃する。この間合いを崩されさえしなければ、定置罠を発動されることはない。しかし桜童子から逆の指示が飛ぶ。
「たんぽぽ離れろ!」
<戦技召喚:宝剣武神>
八本脚の化け物があざみの攻撃を受けた瞬間に、あざみの胴を貫こうとしたのはシンブクの召喚した『三国志』に出てきそうな武将だった。
一瞬早く体をひねってはいたが、わき腹をざっくりと切り裂かれて、白い浜を真っ赤に染めながらあざみは倒れた。
シンブクがあざみから4メートルほど離れた地点で両足で立った。このままではあざみが<死>線にかかってしまう。
シンブクの足元から風が起こる。
だがあざみの体はもうそこにはなく倒れていた痕が残るだけだった。
あざみは無事にハギの足元に運ばれていた。
シンブクを縄で移動させた場合、<死>線まで動いてしまうことが予想された。その対策としてハギは<魂呼びの祈り>の発動準備を進めていた。
この呪文は<リザレクション>をかけた対象を足元まで瞬間移動させるものだ。あざみは生きていたので<リザレクション>自体の効果はないが、移動には成功したのだ。
「リアさん。私にシフティングタクトを」
自分を包む障壁を作っておいて、これも再使用時間を短縮させる。
「立て直しましょう。戦闘は振り出しに戻ったのですから」
振り出しといってもこちらのMPだけが減少している状態だ。だが、劣勢だからといって、手を抜くわけには行かない。できるだけのことはする。
今という時間をリセットなどできないのだ。
シモクレンが必死にあざみの治療に当たる。桜童子が召喚したユニコーンも腹部のバッドステータスを解除しようと寄り添っている。
従者召喚している最中なので、桜童子が現在できるのは戦技召喚か方術召喚である。方術召喚は直接攻撃には向いていない。戦技召喚を切り替えながらシンブクに<龍脈>を召喚させないように攻撃を続けている。
シンブクの能力はおおよそ暴いたといっていいだろう。
攻撃能力
①術者を中心に、同心円状の位置に反応起動式の罠とトグル式の罠を敷設する。その際、両足を固定しておかなくてはならず、動かすと解除される。
②<従者召喚:龍脈>は牙と爪で襲い掛かると同時に、MPを周囲から吸収する。
③<戦技召喚:宝剣武神>は瞬間的な攻撃力が高い。反面、持続時間は短い。
防御能力
①<従者召喚:爪蜘蛛>は攻防一体型だが、射程は短い。
②遠隔魔法攻撃や遠隔武器攻撃に対する反応はほぼオートに近い。
③近接攻撃や<飯綱斬り>などの衝撃波による攻撃は効果あり。
一番理想的なのは、4メートルの外側から<ソードプリンセス>の刃を当てることである。これは普通の召喚術師なら、不可能ではないのだ。術者が4メートルのラインを超えて手を伸ばし、<ソードプリンセス>の長身と長剣をもってすれば敵に届くのだ。残念ながら桜童子の腕は絶望的に短い。ぬいぐるみ級の腕では剣は届かない。
だが、ここが正念場だ。
振り出しではない。
もう終局なのだ。
ユニコーンを戻し、<鋼尾翼竜>を召喚する。さらに<風翼乙女>を戦技召喚する。
<セイレーン>は風の渦のエフェクトとともに現れる。その風に乗るように<ワイバーン>を螺旋状に飛ばせる。
「うぶっ、ぺ。ぺぺっ。砂が目に入った。わ、わわ」
バジルがよろよろとしたかと思えば、風に引き込まれていく。桜童子が移動させているのである。バジルはひきずられまいとかかとを地面につけているため砂埃が立つ。これも風に巻き上げられ砂塵となる。そしてその砂嵐はシンブクを包み込む。
「オレ様じゃなくて、敵を動かせよー! できるんだろうが! ウサギ耳!」
「こいつはエレメンタラーだ! すぐ打ち消されちまう。ディル行け!」
「サーペントボルト!」
砂嵐の渦に光の龍を打ち込む。その先は見えない。
着弾すれば爆発するはずであるから、うまくかわされたのであろう。
「きゃんD氏! 弓を! リア! <グランドフィナーレ>だ! バジルもそっからナイフ投げろ!」
桜童子の目のまわるような動きは止まらない。それどころかヤケになったかのように次々と遠隔攻撃の命令が下される。
シンブクの防御がほぼオートに近いという桜童子の読みは合っていた。4メートルの罠は反応起動するだけでなく、通過する攻撃の属性を判断し自動で防御を選択する効果がある。白兵攻撃や近接武器攻撃を防ぐための<爪蜘蛛>は、罠がある際には召喚できないという制限がある。<龍脈>も自動防御中は召喚できない。
桜童子の場つなぎのように見えた攻撃は最大の防御になっていたのだ。
この目くらましはただの苦し紛れなのか、と砂嵐の中のシンブクは感じていたはずだ。目くらまし程度では自動防御に隙などあろうはずもない。
「そうやって攻撃してるのは、お前をそっち向かせておくためだってさ」
シンブクは驚愕した。背後に人がいる!?
砂嵐の中に突如門が現れていた。
まさに<鬼門>から現れたのは、<武闘家>に転職した少年。
ヴィバーナム=ユイ=ロイだ。
「<宝剣・・・>!」
「おっせえ! <エアリアルレイブ>!!!」
<宝剣武神>の突き出した剣を左手のトンファーでかわして、右手のトンファーを顎に食らわせた。爆裂しそうな衝撃がシンブクの体を駆け抜けたのが、目に見えて分かる。浮いた体に次々と技を繰り出し、ついにシンブクの身体が桜童子の起こした砂嵐を突き抜けて上空に舞う。
砂嵐の中にユイが現れたのを知らないメンバーは次々と遠隔攻撃をヒットさせる。空中に浮かされ無防備状態のシンブクは避けることができず、全て食らってしまう。
「あっぶね」
危うく攻撃に巻き込まれかけたユイは、一旦着地し、横槍のせいでコンボが途切れたので、<ワイバーンキック>で再びシンブクの身体を宙に舞わせる。自身も更に高く飛び上がり、一回転する。
「ユイーーーーーーー!!」
いち早く気がついたサクラリアは叫ぶ。
「食らえ! ライトニングストレートォオオオオオ」
青白い雷をまとったユイの踵が、シンブクの頭蓋にめり込む。シンブクの身体は地面に叩きつけられバウンドする。
砂嵐が止む。ユイがシンブクを仕留めたところだった。
そのとき桜童子をはじめ、誰もが気を抜いてしまった。
桜童子の予想もここまでは至らなかった。
④ダメージが限界量に達すると、ガスのような形になって遁走する。
シンブクの身体が崩れ、ガス状になったように見えた。
そして<ハテ>の浜を、邪悪な蛇の姿のようになって逃げていく。
完全にしとめたわけではない。虚を突かれて大きく逃がしてしまった。
全員がビーチフラッグでもするかのように、ダッシュで追う。
シンブクが<ハテ>手前の島の、森の中に逃げ込んだ。
全員が追いついたと思ったのは、わずかな時間があってからだった。
シンブクの姿はなかった。
しかしそこで目にしたものは、大量のドロップ品や金貨にうずもれるようにして座っているプリムラ=ジュリ=アンの姿だった。
あ、あぶなー!
5分前! 5分前だったよー!
ぎりぎり間に合ったー!
次回間に合うのか!?
そこらへんも含めて明日深夜0字をお楽しみにー!