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016 決戦! ハテの浜

 島の東に美しく伸びる砂浜だけの無人島<ハテ>。三つの島からなるため、上陸するには船が必要だが<冒険者>にとってはそうとも限らない。【工房ハナノナ】のメンバーは堂々と海の上を歩いてきている。


 ディルウィードは<雲雀の靴(フライ)>をレベルこそ低いが習得しているため、浅瀬を狙って歩いてくれば濡れずに歩くことができるのである。大潮ではあるが完全に満ちるのは日没時だ。まだ平気である。更にきゃんDが<仔鹿のマーチ>で援護する。


 とても敵に向かって歩いていっているとは思えないほど賑やかな行進ぶりだが、木一本生えぬ白い砂浜である。向かって行くこちらも丸見えなら、待っている敵も丸見えである。

 シンブクは最東端の<ハテ>の砂浜にいた。



 発見したのは海に出ていた<ウフソーリング>の漁師で、<ハテ>の周囲で魚が死んでいることに気付き、さらに怪しい人影があったことを島に戻って伝えたのである。


 シンブクの到来であることに気付いた桜童子たちは合流しハトジュウに探索させた。

 もう半日あの調子でじっとしているらしい。敵は何かを求めてこの島を訪れたのは間違いない。だが、それを見失ったのかそこで待ち受けることにしたらしい。

 と、なると桜童子たちが目的ではないのだからこのまま見過ごすことも可能だ。だが、彼らが見過ごすはずもない。



「さて・・・・・・リベンジどうします?」

 ハギがハトジュウを<ハテ>の手前の島に戻しておいて、桜童子に聞いたのが昼過ぎの話だ。

「奥の手の準備にもうそろそろかかるんだよなー」

 桜童子は笑って言った。



「今すぐ行ってそっこーリベンジかましてやろうぜえ」

 ため息をつく桜童子を煽るバジル。たしかに今なら完全に潮が引いていて歩きやすいはずだ。だが、息巻いているバジルに桜童子はこう告げた。

「なあ、バジル。敵のいる<ハテ>って、隠れるところねえからな」



「な!」

「あの崖での遭遇を考えると100メートルは離れておかないと安全とは言いがたいだろう。おめえのナイフそんなに飛距離あったっけ。30メートル越えると命中率落ちるよな」


「ぎ、ぎくぅ。ぐ、ぐほ。ヤツにやられた古傷が開いたぁ」

 その言葉に、にっこりと笑ってシモクレンが振り返る。

「ウチの<回復魔法(ヒール)>、バカにしてはるん? バジルはん」



「い、いや、そっちは治ったが、む、昔、膝に矢を受けてしまってなあ」

 慌てて訂正するバジル。

「大丈夫なのですか?」

 心配するジュリ。もちろんこれはただの言い訳である。その言い回しを知らないイクスでさえ仮病だと見抜いて、「平気にゃ平気にゃ」とバジルの膝を小突いている。



 装備を整え、ついに出発する。時刻は午後3時といったところか。



「きれーい!」

 これから戦闘へ向けての移動であるというのを忘れ、サクラリアは陽気な声を挙げた。


 <エルダーテイル>を長時間プレイする人の8割程度はインドア派だと考えて差し支えないだろう。【工房ハナノナ】の面々は無論インドア派だ。アウトドア派で自然の美しさを味わうことに慣れている人はもちろん、彼らのようなインドア派であっても、この絶景の美しさには感嘆の声を上げずにいられないだろう。



 空の明るい青。

 長く伸びる白い砂浜。

 海の青は深く、浜に近づくにつれ碧緑色に変わり、足元で透明な波に変わる。そのどれもがキラキラと輝いているのだ。


 これが本当の空と海の色かと頷き、実はこんなに近くに絶景はあったのだとため息が出る、そんな美しさなのだ。



「さあ、行こう」

 桜童子が声をかけると見事に心のスイッチが切り替わる。そこがまとまったチームの証でもある。ディルウィードが足元に青色のつむじ風を起こして、全員の足をふわりと持ち上げる。<雲雀の靴(フライ)>だ。

「では、せっかくですから陽気なマーチでも」

 きゃんDが演奏をはじめる。


 このようにして一行は浜を歩いて、シンブクと相対したのである。


「悪いね。こっちは総力戦で行かせてもらうぜ」

 東の<ハテ>の浜の中ほどに立ったところで、桜童子は宣戦布告する。


「出セ。キサマラガ匿ウ狂気ノ雛鳥ヲ。出サヌナラ」

 シンブクから風が湧き起こり砂が巻き上がる。おそらく罠を敷設したのだ。

「死ヌガイイ!」


「うっへえ! はじまっちまった! おいキャンディー! 大砲撃っちまえよ」

「そんな、人を飴玉みたいに呼ばないでください。それに大砲なんて持ってませんよ」

 そう言いながらも両手の親指と人差し指を使って窓を作る。きゃんDの<ロックオンサイト>発動のポーズだ。そして弓矢を取り出し放つ。ひんっと鳴ってシンブクから少し離れた水際に矢が落ちる。


「え、何! オレ様のナイフよりひでえところに落ちたぞ」

「いくぞ! イタドリ! たんぽぽ!」

 バジルの狼狽を気にせずイタドリとあざみ、そして桜童子も突進する。

「リアさん、リーダーさんをあの矢の左側に立たせるのがベストです」

「OK! ドリィさんの<アンカーハウル>の後ね」


「え? おっけーなの!?」

 バジルはついていけていない。


「あんかぁぁぁああああ、はうるはうるー!」

 イタドリを闘気のエフェクトが包み込む。そのまま右に回りこむ。


「展開」

 桜童子は画像データを読み出し、右手に集中させる。

「シフティング! タクトー!」

 一瞬にして矢の左側に桜童子が移動し、桜童子は矢のすぐ横に右手を叩きつける。

 すると桜童子を中心に8メートル四方の桜色の正方形が浮かび上がる。壁や机を装飾する<画家>の特技を白い砂浜に使用したのだ。正方形に見えたが、シンブク側の頂点は円形に切り取られている。



 これまで移動系の特技としてのみ使ってきたサクラリアの<シフティングタクト>であるが、<再使用時間(リキャストタイム)>を短縮する効果で名高い技である。わずか7%の短縮であるが絵の展開を先に行えば、塗装完了までの時間で再使用が可能になる。このタイミングは校庭で何度も練習したことにより見出したものである。

 熟達者との訓練がなければ、これほど重要な技でありながら見過ごされてしまうことだってあるのだ。



 きゃんDが次の矢をシンブクの後方に放つのと、あざみが<飯綱斬り>を放つのは同時であった。

 シンブクは矢のことを気に留める間もなく、衝撃波から身を守るべく腕を交差させる。

 二十四人級(ダブルレイド)で臨んだ<サクルタトル>のボスエネミーに比べれば遥かにHPは低いが、今の攻撃では多少の切り傷程度のダメージしか与えられていない。

 その間に桜童子は二つ目の図形を完成させる。白い砂が半円形にシンブクを取り囲む。


 グラウンドで修行をしていた時、このように円を描くのが最初からうまくいっていたわけではない。自分を中心に同心円を描くことは<画家>の桜童子にとって難しいことではない。道具さえ使えば、他のメンバーにも可能である。でも、これが実践で役に立つにはシンブクの協力が必要だ。

 シンブクが図形作成に協力してくれるか、描いた図形の中にわざわざ入ってくれるか、描いている間だけ罠の動作を止めてくれるかだ。


 しばらくその方法も模索したが、円を描かないことを選択した。

 敵に協力させるのは、完全に不可能というわけではない。そこまでに魔法や策略を積まなければならないことを考えれば非効率の極みというだけだ。



 選択したのは「<4分の1円>がある正方形」をテクスチャとして地面に貼る方法である。4分の1サイズで作成したものを更に小さなサイズで記録し保存、出力時には8メートルサイズにして展開するという手法だ。

 この元図形を作るのが大変で、どうしても出力したとき円の半径が4.016メートルになってしまうので、若干小さくなるように描き立ち位置をずらして半径を広げるという方法をとった。図形同士にわずかな隙間があるのはそのためである。


 そのような微々たる誤差を気にするくらいなら、この美しい砂浜にペイントする方を気にしろという声も聞こえてきそうだが、そこは芸術家魂の方が勝ってしまったというべきか。


 シモクレンのハンマーが足を刈り払うように飛ぶが、シンブクは腕を振り回して叩き落した。跳ねたハンマーは律儀にシモクレンの手の中に帰っていく。その間に三つ目の図形が出来上がる。


 四つ目の図形が完成したのは、きゃんDの矢がシンブクを襲っている最中だ。三つの矢の位置から四つ目の立ち位置を割り出す練習も繰り返し積んでいる。これもシンブクは叩き落した。

 

 桜色の16メートル四方の図形の中央にある円の中心にシンブクが立っている。さらに外側に緋色の線があるのは<害>の状態異常罠が仕掛けてあると思われる位置だ。この二つさえ避ければ死ぬことはない。ハギさえ状態異常にならなければ復活だってできる。


 残念ながら<苦>の硬直状態については、ハギは有効な符を持っていなかった。シモクレンが<キュア>を行うしかない。となると前回の敗戦時、シモクレンが落ち着いてハギの状態異常を解けばひょっとすると、状況の打開はあったかもしれないが、それは、敵の能力を暴きその対策を十分検討したから言えることである。



「ディル!」 

 桜童子がウンディーネに<エレメンタルレイ>を放たせるのと同時に、ディルウィードが<サーペントボルト>を放つ。二つの属性の同時攻撃なら避けられまいと考えたが、まさかの事態が起きた。


 左手から炎を放ち桜童子の氷結攻撃を防ぎ、右手は袖から出した鏡つきの八角形をした盤で<サーペントボルト>を弾き返したのだ。電撃反射の効果を付与した八卦鏡だった。



「あっぶねーぞ! オレ様に飛んできやがったじゃねえかー」

「仕事しないからにゃ! バジルのナイフ貸すにゃ」

 二十本ほど借り受けて山丹を恐ろしい勢いで駆る。

 シンブクの背後に回りこむと5本投げる。タイミングも高さも変えながら山丹を走らせたままさらに次々抛る。これらすべてをシンブクは体をひねりながら袖で叩き落とす。


 全て投げつくしたため、しおらしい態度でイクスはバジルのそばに戻ってくる。山丹のヒゲも心なしかうなだれて見える。

「おい下手くそー! ちゃんと拾ってこいよ」


「勝った後でちゃんと拾うにゃー。でもちょっと自信なくしたにゃ」



 弓や投擲武器は払い落としてしまう。遠隔魔法は跳ね返すか無効化してしまう。唯一効いたのは白兵攻撃扱いになるあざみの<飯綱斬り>のみだ。

「ケ。これじゃあウサ耳野郎と一緒じゃねーか」



 桜童子も龍眼から「兎耳のエレメンタラー」と言われるように、相手に応じて属性を合わせた攻撃を選択したり、打ち消したりするのが得意なプレイヤーだ。そして愛用する<ソードプリンセス>は遠隔攻撃をほぼ自動で払い落とすことができるレベルだ。


「はは、自分みたいな敵と戦うことになるとはねえ」

 桜童子は隙を見つけるように召喚生物による遠隔攻撃を続ける。


「でもこれで、シンブク(こいつ)の不気味さが分かったよ。黙ってないで、そろそろ出したらどうだい。奥の手があるんだろう?」


 シンブクが笑ったように見えた。

 周辺警戒を怠らなかったハギがその瞬間叫んだ。


「背後の浜から龍出現! 巨大!」


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