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014 フサキナ大地人失踪騒動

 港には若い<ウフソーリング>の姿が見られる、もの珍しさで集まったのではなさそうだ。なにやら緊急事態を告げているらしい。船の上からでも注意力を向けると、<冒険者>ならではの聴力で声が聞き取れる。



「大地人の少女がさらわれたらしいぞ」

「自分から失踪したって言ってなかったかい?」

「何らかの事故に巻き込まれたんだろうか。可愛そうに。きれいな子だったらしいぞ」

「<冒険者>さんたちは何も知らんじゃろうよ。今着いたばかりだ」



 これが方言なら一切聞き取れなかっただろう。

それほどに慌てているらしかった。


「ジュリ。この人たち知り合い?」

 あざみは訊ねるが、ジュリは首を横に振る。

「いえ、存じ上げませんがお会いしたことはあるかもしれないのです」

 まあ、そうだろう。同じ島に住んでいるからといって全員が知り合いだとは限らない。


「さらわれた子に心当たりとかないの?」

 首を横に振る。

あざみに抱きかかえられ船を下りたジュリは、青年の一人に声をかけた。


「何かあったんですか?」


「いやあ、フサキナの方で<大地人>の少女が誘拐されたらしいんだ。君知らないか?」


「え! フサキナ?」

ジュリは驚いて目を丸くする。

「知り合いなのかい?」

「いえ、フサキナではそんな大地人の方はお会いしたことがないのです」


「どういうことだ! いなくなる前からいないなんて!」

「いえ、私がお見かけしていないだけかもしれないのです」

「なんてこった! 失踪する前から事件は始まっていたかもしれないぞー」

 青年が駆け出していくので、ジュリはあざみを振り返り心配げに言った。





「フサキナはご主人様がいらっしゃるところなのです。何かあったかもしれません。ご一緒していただけますか」

「おおーい、にゃあちゃん! 何かあったみたいだから私先行ってみるわー」

 あざみは船を振り返って叫ぶ。


「イクス、山丹、バジル、ハギ、ハトジュウ、一緒に行ってやってくれー」

 猫娘に虎に狼男に和服の青年に尾長鳥の登場に、港の青年たちは道を譲った。


「みなさん、<ハティヌキューミー>では水を神聖視しているのです。池などにはくれぐれも近寄らないようにしてください」

 イクスとともに山丹にまたがったジュリは、後ろの連中に注意した。そして東の方に走り去る。



 ジュリの姿が見えなくなってため息をついたのは、ツルバラである。 

「どうしたー?」

 ツルバラは桜童子に、ジュリの不審な行動について伝えた。<龍頭鯉尾>にナイフを打ち込んだときの様子や、<アマミ>では夜に宿を抜け出してシンブクが立っていたあたりを調べていたことなど、詳らかに語った。



「それで、ツルバラくんは、ジュリが<典災>と何か関わりがあるのではないかと推測するわけだね」

「だって、そうじゃないっすか。<典災>ってなんだか分からないけど、そうそう遭遇するものじゃないでしょう。<アマミ>で出遭った敵がですよ。なぜ島を渡って<シュリ紅宮>まで追いかけてくるんですか」



「追いかけて来たとは限らねえぞ。ここで猫人族に遭ったって<パンナイル>からついてきたとは思わねえだろうよ」

 桜童子は極端な楽観論を述べた。ただこれは彼の真意ではない。きっとツルバラを落ち着かせようとしたものだろう。

だから次の反論はすぐに認めた。

「出遭ったのが龍眼さんだったら、追ってきたって思うでしょうが」

「まあそうだな」



「だからジュリがなんか関係してるんじゃないですかねえ。あの娘と出会った浜で、僕ら<典災>に出遭ったんですよ」

「おいらのエンカウント異常だってずいぶん怪しいけどなあ。ジュリがおびきよせたとは限んねーとは思うんだが」

「そりゃあそうなんすけど、なんかとりつかれてんじゃねえかって思えるんすよね。不気味なんですよ、あの娘」


 ツルバラは冒険者でありながら戦闘は苦手だ。だから、逆にそういう危機に関する嗅覚は鋭いのかもしれない。



「じゃあ、そうなると余計にシンブク対策が必要ってことになるなあ」


 桜童子は残るイタドリ、シモクレン、ディルウィード、サクラリア、ヤクモ、そして作戦の要であるきゃんDプリンスと作戦会議を行う。ジュリ護衛組には、ヤクモの耳目を通じてハギが伝達するだろう。


「まず、おいらが死んだ後の状況を確認させてくれー。シンブクは、撤退を決めたおめえたちを追っかけてはこなかった。そうだな、レン」

 ふと見上げるとシモクレンはもう涙目だ。こくんとうなずいただけだった。

「う、すまねぇ」

 桜童子はいたたまれなくなって小さな声で謝った。


「ハンマーも上体をそらしてかわしたと言っていたな。それから、シンブクが言ったのはバジルが<害>、ハギが<苦>、そしておいらが<死>。他に変わったことはなかったか?」


「んーと、んーと、これ関係あるのかなー。あるのかなー関係」

「ドリィ、どうした?」

「撤退しようとしたとき、足の下に金貨があったの、金貨!」


ディルウィードがそれは関係ないでしょと言おうとしたが桜童子が神妙な表情をしていたので、言うのをやめた。

「最初からそこにはなかった?」

「んー、多分。多分、そう」



「おそらくドリィは<財>だったんだ」

「<害>とか<苦>とか<死>とか<財>とかって、一体なんの話ですか」


 戦闘に参加していなかったきゃんDプリンスは訊いた。


「地元の風水師に聞いて確認した。丁蘭尺という種類のものさしがあってな。3.9センチメートルごとに吉凶を表す文字が書いてある。その十種類の文字に<害><苦><死><財>があるんだ」


 吉凶尺や魯盤尺ともよばれる風水師の道具の一種で、本来は間口の広さなどの吉凶を調べる道具である。その中のひとつ丁蘭尺には<丁><害><旺><苦><義><官><死><興><失><財>という目盛りが割り振られる。<財>までいくと39cmになるわけだが、その次は再び<丁>から始まる。


「おそらくおいらが<死>の状態異常を食らったのは、4メートル強のところで<死>の空間を通過してしまったからだ。丁蘭尺の考え方によれば、本来ならそこに至るまでに39センチメートルおきにたくさん<死>があるはずなのだが、おいらは異常なかった、つまり術者から401.7センチメートルの空間にのみ<死>の状態を引き起こす、定置式呪術が施してあったということだ」


「じゃあ、オレ様があの魔方陣を振り切ろうと一生懸命逃げたけれど、もう<害>のゾーンを踏んじまって手遅れだったってことか」

「じゃあハギさんの<苦>も同時に発動してたってことになりますねえ。ドリィさんの<財>も」



 ディルウィードはそう言ったが、戦闘に加わってなかったサクラリアにはどうにも理解しづらかったらしい。何度もシモクレンに確認している。

「いい? リアちゃん。にゃあちゃんは敵の背面から攻めようとしはったんやけど、約四メートルまで近づいたところで『今、決定した』って言われたんよ。つまり、その位置には反応起動型の定置罠が仕掛けられとったわけやね」

「その位置って、敵の背後?」


「いや、リア。背後だけと考えるのは甘いだろう。同心円状に罠が張られてると考えた方がいい。他の罠についても同心円状だと考えられるが、起動はトグル式と考えた方がいいだろうな。じゃないと一番遠くにいたハギのいるエリアを通過した時点で、全員硬直状態という<苦>の異常が出たはずだ。つまり、一度は通過させておいて、術者が呪術ONにした時点で立っていた場所の文字の影響を受けるという罠だ。だからあのときはもう、<既ニ決定>していたわけだ。そう考えるとドリィの足元にあった金貨も理解できる」


「じゃあ、アタシラッキーだったんだ。すごーい、アタシすっごーい」


「すごいのはドリィだけじゃない。風水師が言うには、<害>の運勢だと四分の一分の確率で死を意味するものとなるらしい。血反吐ぐらいの状態異常ですんでバジルもラッキーだったとも言える」

 きっと、この話をハギから聞いているバジルは青い顔をしているに違いない。


「質問いいですか。トグル式っていうのが今ひとつ分からないのですが」

 きゃんDが手を軽く挙げて質問する。


「んー、きゃんD氏。キミがネズミ捕りの罠を仕掛けるところをイメージしてくれ。オーソドックスに、チーズを乗せてバチンとはさむ昔のアニメ風なものでいい。この仕掛けは、敵が触れた瞬間、バチンとなるわけだから反応起動型定置罠だ。でも、その周辺でちょろちょろ動き回るネズミも退治したい。そこで高圧電流を流すための罠を床に張り巡らせる」

「陰険っすね」

 ディルウィードがツッコむ。

「さらに陰険なのは、常に電流を流しているわけではないってところだ。近寄ってきたネズミを一網打尽にするために、目視で確認して数匹やってきたところで電流を流す。この電流を流す、流さないを切り替えることで罠が発動するタイプがトグル式というわけだ」


「なるほど。では、こっちでもボクの仕事はありますか」

 現場検証にきゃんDを連れて行ったことで、<死><害><苦>の位置は判明した。

「ひょっとすると、<害>と<苦>の数はもっと多く設定してあるかも知れんが、こちらはハギの符術で対処可能だろう。避けなければいけないのは<死>だ。おいらが円状にペイントできたら早いんだが、ちょいと難しいかもしれない。だから、誰かが<死>のゾーンに踏み込みそうになったら、<シフティングタクト>で支援できるようにサクラリアと連携を図ってほしい」


「了解しました。あの、図々しいかもしれないですけど、ボクが考えた作戦を言ってもいいですか。さっきのチーズの罠を聞いてて思ったんですけど、そのチーズを無難に取るためには、その罠の外から道具を使えばいいですよね。つまり、罠の外からシンブクを狙うってのはどうですか。ボク、弓使えますよ」

「じゃあ、遠隔物理攻撃はバジルときゃんD氏に任せる。遠隔魔法攻撃はディル、頼むぞ」

「効きますかね」

「さあなあ。こればっかりはやってみねえことには。ただ、今回の作戦の鍵はディル、お前だぞ」

「がんばれ、ディルー。がんばれー」

 イタドリは拳を握ってエールを送る。

「効かなければ、あ、そうか<ルークスライダー>か!」


 <ルークスライダー>とは、<妖術師>の移動系特技である。直線状の短距離を一瞬で移動する魔法である。この際、その間に存在する障害(・・)無視(・・)することができるのだ。

 他に<死>線を乗り越える可能性があるとすれば、桜童子の<キャスリング>だろう。不死属性の召喚獣に<ルークィンジェ・ドロップス>を持たせて急速な死と再生を繰り返しながら突破させ、<死>線を越えたところで従者との位置を入れ替えるのだ。


「それでもだめなら、こいつだな」

 桜童子はそう言いながら、ディルウィードに何かを手渡した。それはロープだった。



■◇■


「ご主人様! 何かあったのですか」

 フサキナの方は港以上の慌てぶりだった。 

 <ウフソーリング>の青年は憔悴しきっていた。しかし、ジュリが声をかけると今にも飛び掛りそうな勢いで答えた。

「助けてくれ! 私の大切な者がさらわれてしまったのだ!」

「どうしたんですか! 一体! 誰がさらわれたのです!?」

 そのまま頭を抱えてしまったので、近所のおじさんが代わりに答える。

「なんでも、ここで働いていたメイドさんが、数日前からいなくなってしまって帰ってこんのだ。わしらは、ひょっとすると南海の翼竜たちにさらわれちまったんじゃないかって話し合ったんじゃが、それを聞いてから彼は一睡もできなくなってねえ。は、そうじゃ旅のお方なら知らんかね。<大地人>の娘さんなんじゃが」


 すると青年アキジャミヨはすすり泣くような声を上げて呟くのである。

「帰ってきてくれえ・・・・・・・・・・・・ジュリ」

 これにはイクスもハギもあざみも目を丸くした。


「ご、ご主人様。私、ジュリです。プリムラ=ジュリ=アンです。今戻りました」

 アキジャミヨは顔を上げ、はじめてジュリの顔をまじまじと見た。

「お前、今までどこに・・・・・・」

「申しわけありませんご主人様。ご主人様の言いつけの通り光る石をお金に変えてまいりました。潮の流れのせいで<アマミ>まで流されてしまったので、遅くなってしまいました。でも、おかげで、この方たちが光る石を高く買ってくださったのです」

「そうだったか! 無事だったか! よかった! 本当によかった」

 アキジャミヨは涙を流して喜んだ。


 すると近所のおじさんもジュリに近づいて、

「はあー、ジュリちゃんだったのかい。いやあ、見ないうちに大きくなったねえ」

と言ったが、そんなわけがない。顔を見ないうちに忘れてしまっただけの話だ。

「いやあ、何はともあれ。よかったよかった! なあアキちゃん!」


「本当によかった。もう勝手にどこにも行くんじゃないぞ」

 アキジャミヨはそう言って泣いたが、きっと使いに出したことも忘れているのだろう。

 言われたジュリは悪い気がしなかったらしく、頬を染めて「はい」と答えていた。



「何はともあれ、宴だ! 宴だ! アキちゃん! 島中のみんなに声をかけてくるぞ」

「いやいや、探してくれた衆だけでいいよ。夕刻に来てくれるよう伝えてくれ。さあ、旅の方も一緒に。おおい! みんなー! ジュリが帰ってきたぞおおおおお」

 すると若い<ウフソーリング>の男子が楽器をかき鳴らし、それにつられるようにしてやんやと声を上げながら村人が出てきて踊り始めた。


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