010 一蓮托生のナムワード
朝食を済ませた一行は、満潮の力を借りて船を浜から出した。
沖の方まで緑が生えているのは、セルデシアでこその光景だ。マングローブをイメージした木々が多い。それと大きく伸びたサンゴが青い海に映えて、宝石のような美しさだ。
朝食前にすすめられた場所をハギとバジルとサクラリアが見て回ったが、ただの風光明媚なスポットで何もなかった。
昨夜は、久々の寝床にみなぐっすり眠ってしまった。夜、起きだしたのはツルバラとジュリだけであった。ツルバラは船の碇の具合が気になって浜まで行ったのだ。一人では危ないかとも思ったが、疑似餌状態の桜童子を連れて行くよりはよっぽどましかと考えて、一人で宿を出た。
打ち寄せる波は静かで、船もどこも変わったところはなく、炉の中では自分の呼び出したサラマンダーも、【工房ハナノナ】の連れてきた子猫のようなサラマンダーも<ルークィンジェ・ドロップス>という石を抱いて大人しく寝ていた。
船を降りると、向こうの崖に白いワンピースの少女がいるのが見えた。ジュリだ。
夕方、ハギが<典災>という敵を目撃した場所だ。何かの痕跡を探すかのようにしゃがんでいた。不審に思ったがそのまま宿に戻って寝た。
朝食を摂りながら、昨夜の話をそれとなく聞いてみたが、みんなぐっすり眠っていたようでジュリの動向に気づいたものはいなかったようだ。ジュリにも直接聞いてみたが、とぼけているのか、ずっと寝ていたという。
「にゃあさん。あの娘、信用しない方がいいっすよ」
甲板で桜童子に耳打ちしたのはこういう経緯からである。
「もう一緒の船に乗った時点で一蓮托生だもんよー。どうにかなるでしょ」
ジュリのカヌーも船に引き上げ一緒に出発してしまった。
洋上に出ると再び激しいエンカウントに見舞われる。
今度はハギの結界をジュリにも張らねばならなくなった。ジュリが甲板の揺れに対応できるように山丹が背を貸し、ヤクモも懸命な顔でガードしている。
15体目の<龍頭鯉尾>にはさすがに集中力が切れたのか、バジルのナイフに正確性が欠けてきた。ゲーム時代はどれだけ投げても残弾が減るだけで集中力が切れるなんてことはなかった。今はゲーム時代になかった回収作業が問題なのだ。大量に武器を投げる、それを一息ついたら拾って収納する、というこの一連の動きが集中力を切れさせる原因である。
しかし、あらぬ方向に飛んだナイフを、イクスが空中でキャッチし、体のひねりを使って<龍頭鯉尾>のこめかみ部に叩き込んだ。これがクリティカルヒットし、敵はただの一撃で泡となって消えた。
「すっげぇ! オレ様のファンブルを、アリウープでクリティカルにしやがった!」
「にゃははー! イクス天才だからにゃ!」
ここで集中力を吹き返したのだが、さすがに40体目となると、マーカーを設置する労を厭うようになり、再びファンブルが起きた。しかしこれは不幸な事故になるはずであった。
<龍頭鯉尾>の鱗に弾かれたナイフはジュリに飛んでいった。
ハギの障壁が護るはずであったが、玉砕攻撃に出た<金槌鮫>2体がその障壁を破ったのである。その衝撃に気を取られ、ヤクモも山丹も流れ弾となったナイフに気づかなかった。
ジュリの目が妖しく光る。
そこからの動きは先ほどのイクスをコピーしたかのようであった。キャッチしたナイフの勢いに逆らわず、体をひねるとナイフの進行方向を曲げ、<金槌鮫>に打ち込む。船首から見ると、ジュリは<金槌鮫>の衝撃で身を激しくひねりながら倒れていったかに見えた。
「ジュリィイイイイイイイイ! 唸れよ<暮陸奥>!」
あざみは空を駆けるようにして戻りながら最強の硬度を誇る短刀を引き抜いた。
あざみの放った<一刀両断>が<金槌鮫>を文字通りに真っ二つに斬った。その勢いでもう一体の<金槌鮫>も切り裂いた。
大技を使った直後の<武士>は、戦闘不能時間だ。ハギの張り直した結界の中で、ジュリの様子を見る。気絶しているらしく揺すり起こす。ヤクモも不安そうに揺する。
「ジュリ。ジュリ。どこも怪我はない?」
「ないー?」
するとジュリは今目を覚ましたようにビクッと身を震わすと、状況がつかんでいないような表情を浮かべて辺りを見回した。
「美しい刀」
「ああ、これ? それより怪我はないの?」
しまってない刀に興味を持ったらしく、青い刀身に触れようと手を伸ばしたので、怪我しないように<暮陸奥>を鞘に戻す。
「大丈夫です。でも私、どうしてこんなトコで寝てるのでしょう」
「寝てるって……今、<金槌鮫>に襲われて気絶したんでしょうが」
「はあ、そうっだったのですか」
「もー、ジュリ何を寝ぼけたこと言ってんのよ。まあ、混乱するのも無理ないか。こんなに激しい戦闘の中じゃね。ヤクモ! ジュリちゃんの様子見といて」
「みるー!」
そういって結界の中から出ていくあざみ。ジュリはまた山丹の背を借り、ヤクモに守られて座り直した。
この一部始終を見ていたのはツルバラただひとりだった。バジルのファンブルヒットしたナイフを投げ返して<金槌鮫>に大ダメージを与えたのがジュリであることを知るのは、ツルバラただひとりである。
だが、ツルバラはこの事実を胸に秘め、距離を置くことだけを考えた。あのジュリの目の妖しい光に対抗しうるほどの戦闘能力を有していなかったからだ。早いこと目的地に送り届けて、もう関わり合いにならぬがよかろうと思った。
群島から飛竜がやってきたり、大タコに進路を東に変更させられたり、かと思えば突如黒雲が目前に現れてそこから逃げるように西に進んだりと、散々な航路だったがなんとかナムワードの港町に入る頃にはようやく穏やかな海に戻っていた。
ジュリのご主人様アキジャミヨが暮らすのは、ここから西に船を進めたところにある島で、ちょうど前に拾った地図に印が付いていたところである。
だが、その前にナムワードに寄ったのは、陸路を使って<シュリ紅宮>に到達するためである。もし、死亡してしまえば、せっかくここまで来たのに【工房ハナノナ】のメンバーは皆<ユーエッセイ>に、ツルバラは<ナカス>に帰還してしまう。
イクスは大地人でありもし死亡してしまえば一巻の終わりなので<シュリ紅宮>に行く必要はないのだが、観光目的で同行した。<パンナイル>に戻れば自慢の話のネタにもなるだろう。何よりもうイクス自身が【工房ハナノナ】のメンバーになっている気分なのだ。この旅が終われば、正式に【工房ハナノナ】に加入するつもりでもある。だから同行しないわけがない。
陸路を提案したのはジュリである。比較的エンカウントが起こりにくい幹線道路があるそうだ。ここでは非常に珍しい騎乗生物貸し出しサービスが存在するらしい。
ツルバラはこれに反対して、海路を進み<シュリ紅宮>近くに停泊して歩きで行くといった。桜童子さえ載っていなければそちらの方がたしかに安全だ。ジュリから離れたかったのが本音であろう。
そこで船組と陸路組に別れ、どちらが早く着くか競い合った。どちらも優秀で3時間後には落ち合うことができたが、若干陸路組の方が守礼門の辺りに早くたどり着いた。