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蒼の夢想い  作者: 藤咲 彩
一章
8/33

色 - しろ -






 パレットに、色とりどり。

 チューブから出された絵の具を筆に取り、まっさらな紙にのせていく。



 和紙のようなざらついた大きな紙は、掠れたような温かな模様を描きながら、シュウさんの世界に染まっていく。



 風が、さらりと髪を揺らした。




 私は、この時間が好きだった。

 シュウさんと過ごす縁側の、まったりとした空気ももちろん大好きだけれど。

 この、絵の具の匂いに満ちた風に吹かれる、シュウさんの斜め後ろが、大好き。



 何を想って描いているのだろうか。下書きもなく、いつの間にか形作られるその不思議な絵の完成を見守っていると、いつの間にか陽が沈みかけ、部屋が薄暗くなってしまっているのだ。



 シュウさんは、私を振り返らない。

 一時も筆を休めることなく、食事もトイレにも行かず、ただただ、筆を動かし続ける。



 いつもののんびりとしたシュウさんは、この時だけ、きりりとして見えた。



「(…なんて、豊…。)」



 世間でも一目置かれる天才画家、海老沢秋とは、私の斜め前に座る、まさにこの人だ。



 私は、昔の彼を知らないけれど。

 けれど、私のことを引き取った三年前、二十四歳だった彼は、既にこの大きな、純日本風の屋敷を持ち、一人で気ままに暮らしていた。


 そのこと一つ考えても、彼がどんなに凄いのか、絵の世界など露も知らない私でもわかる。



 今も、着々と完成に近づいて行く絵に、良い知れない感動を覚えていた。


 豊かに、深く。

 私の目に映る色が、まるで呼吸でもしているかのように。

 



 色とりどり、何重にも重なって混ざり合っていたパレットに、シュウさんは白い絵の具を出した。


 光を取り込んだ絵は途端に、外の爽やかな空気を取り込み、風に、今にも揺れそうに輝く。




「……あれ。また居たの。」



 そして、一区切りついた絵から目を離したシュウさんが、遂に私に視線を向けた。



「はい。」


「いつも、楽しくないでしょうに。」



 ふー、と、伸びをするシュウさんに、私は首を振る。

 楽しくないなんて、とんでもない。この時間が大好きなのだから。



 首を振る私に、シュウさんはくすりと笑って、頭をくしゃりと撫でた。






 庭に置かれた、小さな燈籠に照らされた木々から、黄色や赤や、橙に染まった葉がひらひらと舞い落ちる。


 ひんやりと、少し張った空気を吸い込み、シュウさんはゆっくりと息を吐き出した。

 私はと言えば、夕食を終えた今、クッションを抱きしめながら、襲い来る眠気と戦っているところだった。


 けれど、突然の鼻のむずがゆさに、耐えられず。



「…っくしゅん!」



 ずず、と鼻水をすすると、シュウさんが笑う。



「随分、親父臭いようだけど。」


「…うるさいです。ぴちぴちの女子高生に対して失礼ですよ。」



 これでは風情もへったくりも、あったものではない。恥ずかしさを隠すようにそう言えば、シュウさんは、はは、と口角をあげた。



「…そんな、恰好をしているからだよ。」



「え…。」



 足を外に投げ出すように座っていたはずのシュウさんは、いつの間にか、私の向かいにあぐらをかいて座っていた。左の肘を立て、その上に頬をのせて、私を斜めから見つめている。



「(――っ心臓に、悪い…!)」



 突然、どくりと血が騒ぎだす。

 自分がそうやって見つめるだけで、私がこんな風になることを、彼は知っているのだろう。



 悔しいけれど、体は正直すぎる程、全身で反応していた。



「……確かに。ぴちぴちの体、なんだろうけれど。」



 彼は、自分のことをよくわかっている。

 あまりよろしく無い性格も、その、綺麗な顔も。



 す、と。私の方に右手を伸ばす。その指先がやけにゆっくりと私の頬に触れ、さらりと撫でた。



「~~~っへ、んたい!」



 精一杯だった。

 私の心臓が、これ以上は持たないと。



 私の精一杯の反抗を、シュウさんは楽しそうに、くすくすと笑う。



 そして、右手を引っ込めると、自分の羽織っていたシャツを私にかけてくれた。



「見てるこっちが、寒い。 ほっぺた、冷たくなってますよ。」



 いつもの位置に戻ったシュウさんを見て、私は詰めていた息を吐き出した。


 深呼吸をすると、隣で、やはり楽しそうに、シュウさんが笑うのを感じた。




 恥ずかしすぎて顔を見ることは出来なかったけれど、きっと今彼はしているはずだ。

 私の大好きな、あの少し意地悪な笑顔を。



 ――シュウさんのかけてくれたシャツは、肌触りよく私をつつむ。



 やはり見慣れた、白いシャツだった。






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