表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼の夢想い  作者: 藤咲 彩
一章
7/33

初潮






「……ふぅ。」



 私はシュウさんの屋敷の、居間にあたる広い部屋の畳の上で、ふかふかのブランケットにくるまりながら、重たいため息を吐いた。



 くすくす。


 私の寝転ぶすぐ側で、シュウさんは本を読んでいる。私の吐くため息が、あまりに重たかったためか、彼はこちらをちらりと見ると、私にあの微笑みをくれた。



「どうしたの。」



 本に目を戻しながら、シュウさんは左手で、私の髪の毛を一房取った。


 彼の動きに少し鼓動を速めたけれど、次の瞬間に襲った鈍く重たい痛みに、それどころではなくなってしまう。



「……大変なんです。乙女も。」




 そう言うと、シュウさんは納得したように、「あぁ、そうか。」と一言呟いた。



 素っ気ない言葉に、私は少し頬を膨らませたけれど、私の髪を遊んでいた左手が、私の頭をゆったりと撫で始めたことで、すぐに口元を緩ませてしまった。



 細く長い指が、私の頭から毛の先までを、まるで壊れ物を扱うかのように優しく梳いて行く。



 一緒にいれば、わかる。



 彼の指先から、それが伝わってくるから。



 優しい指先に、私のお腹の痛みも、少し影を潜めたようだった。


 なんて単純な作り、と。私は私を笑うしかない。



 そう言えば、と、私はここに来て間もない頃のことを思い出した。





 十四歳だった私は、まだ初潮を迎えていなかった。


 だから、初めてそれが来た時には、本当に驚いたのだ。



 誰でもそうなのだろうか。私は自分が、何か良くない病気にかかってしまったのだと思い込んだ。




 汚れた下着のまま、誰にも言えず、ただ部屋の隅に丸くなっていた。


 こんな私を引き取ってくれたシュウさんに、何より申し訳ない気持ちだった。




『どうしたの。』



 夕食にも来ない私を、シュウさんは心配して呼びにきてくれた。けれど私は、自分が変な病気になってしまったのだと、彼にどうしても言えなかった。



 困った、と。頑に、何があったのかを話そうとしない私に、シュウさんは本当に困った顔で笑う。



『……何か、嫌なことがあった? 不安なこととか。』



 肯定も、否定もしない私。シュウさんは一つ、ため息を漏らす。



『言いたくないなら、いいけど。ご飯は食べよう?』




 いつも、飄々としていたシュウさんが、そんな風に真剣に何かを言うのを、この時私は初めて見た。



 そんな彼の様子に、私は口を開きかけては閉じ、また言い出そうと口を開ける。


 それを何度か繰り返し、遂に、シュウさんに打ち明けた。




『……。……へ。』




 意を決して告白した私を、シュウさんは目を丸くして驚いてみていた。



『……?』



 シュウさんが、何を言おうか戸惑っているのを、私は不安な気持ちで見守る。


 そんな私に気づいたシュウさんが、先ほどとは違う、照れたような、困った顔で、笑った。



『そっか…初めてなんだ?』


『?』



 ちょっと待ってて、と、私に言い残し、シュウさんはどこかへ行ってしまう。私は彼が、どこに行ったのかもわからず、また不安に狩られて体を小さく丸め、顔を伏せた。





『和葉。ごめんね。おまたせ。』



 どのくらい経っただろうか。

 私はシュウさんの優しい声に顔を上げた。



 もう帰ってこないかもしれない、と考えていた私は、シュウさんの姿を見た途端、泣いてしまった。



『…あーー…。そっか。ごめん。不安だったんだよね。』



 シュウさんは、私の固くなった体を包み込んだ。

 大きな手が、私を慰めようと、背中をぽんぽんと撫でる。


 私といえば、そんな優しさにも、余計に涙を溢れさせていた。





『よくわかんなかったから、友達に聞いて…買ってきたから。』


 ようやく落ち着いた私に、シュウさんはドラッグストアのビニール袋を差し出した。

 私は袋を受け取り、中を見てみる。



 ビニールの中には更に茶色の紙袋があり、その中に入っていたものは、生理用の下着や、ナプキン、痛み止めだった。



『……。……!』



 私は、はっと、顔を上げた。

 そして、私のことをずっと見ていたシュウさんと目が合う。途端、私は恥ずかしさに、全身が火照るのを感じた。



『(―――そうだ。)』



 小学生の頃、保健の先生から教えられた。周りの友達も、もう皆それを迎えていた。


『(やだ…なんで気づかなかったの…っ!)』


 どこか人ごとだと考えていたことが、遂に自分の身に起こっただけだったのだと、穴があったら入りたい気持ちで、私は納得した。



『…明日、赤飯にしよっか?』



 火照った頬を抑え、今度は恥ずかしさに涙目になっていた私の頭を、くしゃりと撫で、シュウさんはそう言って笑った。


 いつも見ていた、意地の悪い笑顔とは違う、本当に優しい、慈しむような笑顔だった。






 本を読んでいるシュウさんを見上げ、私はあの時のことを思い出して笑う。


 シュウさんの指先は、相変わらず私の髪の毛を弄んでいる。その触り方が、普段よりもずっと優しいことに、私はまたニヤケ顔を深める。



「……何。」



 そんな私に気づいたのか、シュウさんが眉をひそめて、私を見た。


「何でもないです。」



 私がにこりと笑うと、ふぅん、とまた本に目を戻すシュウさん。




「(初潮の世話を、大好きな人にしてもらった女の子は、どのくらいいるんだろう…。)」


 私はシュウさんの、相変わらず優しくなだめる様な指先をを感じながら、うとうとと、意識を手放した。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ