さざなみ
ざざ、と。
シュウさんの庭はとても広くて。
私はよく、探索していた。
昔、ここに来て間もない頃、迷い込んで見つけた裏の小さな扉。その扉の向こうに、私はまだ行ったことがない。
何があるかは、わかっている。
押し寄せる波。打上げられる貝殻や丸太。
庭にかすかに響くその音が、そして、時折香る潮の匂いが。私にその存在を主張していた。
今日は、珍しく外のお仕事で、シュウさんは屋敷にいない。落ち始めた木の葉が、庭を色とりどりに染めて行くのを、私はただぼおっと眺めている。
秋の休日。
普通の高校の友達は、こんな日には集まって、商店街をぶらぶらと歩き回っているらしい。
周りに何もない、この屋敷から、私の通う高校までは車で三十分ほど。毎日、シュウさんが送り迎えをしてくれる。
私は、高校の友達と遊んだことがほとんど無かった。
最初のうちは誘ってくれる友達もいたけれど、いつも断る私を、最近では承知したようで、声をかけられなくなった。
ざざ。
押しては寄せる波の音。
時折香る、潮の匂い。
一度だけ、シュウさんに言われ、友達と放課後、遊びに出かけたことがあった。
いつも屋敷と学校の行き帰りだけで、友達と遊ばない私のことを、シュウさんは心配してくれていたらしい。
でも。友達と遊んでいても、私の心はそこには無かった。
自分一人だけ、違う空間にいるように、会話が耳をすり抜けて行く。
楽しくなかった。
ただ、それだけ。
学校にいれば、女友達と笑いあい、男友達とも話をする。
けれど、そこにシュウさんがいない、それだけで、私は味気なさを感じてしまう。
変だ、とよく言われる。
年頃の娘ならば、彼氏の一人くらい、いてもいいと。
高校生になり、一度男の子から告白をされたけれど。でも、私はいつも、どんな時でも。
シュウさんと、比べてしまうのだった。
シュウさんは。シュウさんは、もっと綺麗。
彼の纏う空気が、私は大好きで。
彼と比べてしまえば同い年の男の子たちが、とても太刀打ちできないことは、私だってわかっている。
ざざ。
私は、シュウさんの居ない縁側で、腕を投出し、大の字に寝転がった。
日よけの端から広がる青い空は、雲一つなく、秋の涼しい風に、木の葉がゆらりと揺れている。
ざざ。
本や小説で見た、海。
きっと、少し外を歩けば行き着くその海を、私は見たことがなかった。
見たい、と、思ったことは何度かある。
けれど、シュウさんに海へ行こうと言うと、シュウさんは少し悲し気に笑うのだ。
『行っておいで。』
そう、いつも。
シュウさんは、海へ行こうとしない。
だから、私は海を見たことがなかった。
シュウさんの悲しい笑顔が、なぜなのかわからないから。