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蒼の夢想い  作者: 藤咲 彩
一章
4/33

さざなみ






 ざざ、と。




 シュウさんの庭はとても広くて。

 私はよく、探索していた。



 昔、ここに来て間もない頃、迷い込んで見つけた裏の小さな扉。その扉の向こうに、私はまだ行ったことがない。





 何があるかは、わかっている。





 押し寄せる波。打上げられる貝殻や丸太。



 庭にかすかに響くその音が、そして、時折香る潮の匂いが。私にその存在を主張していた。




 今日は、珍しく外のお仕事で、シュウさんは屋敷にいない。落ち始めた木の葉が、庭を色とりどりに染めて行くのを、私はただぼおっと眺めている。




 秋の休日。



 普通の高校の友達は、こんな日には集まって、商店街をぶらぶらと歩き回っているらしい。



 周りに何もない、この屋敷から、私の通う高校までは車で三十分ほど。毎日、シュウさんが送り迎えをしてくれる。




 私は、高校の友達と遊んだことがほとんど無かった。



 最初のうちは誘ってくれる友達もいたけれど、いつも断る私を、最近では承知したようで、声をかけられなくなった。




 ざざ。



 押しては寄せる波の音。

 時折香る、潮の匂い。





 一度だけ、シュウさんに言われ、友達と放課後、遊びに出かけたことがあった。




 いつも屋敷と学校の行き帰りだけで、友達と遊ばない私のことを、シュウさんは心配してくれていたらしい。




 でも。友達と遊んでいても、私の心はそこには無かった。



 自分一人だけ、違う空間にいるように、会話が耳をすり抜けて行く。



 楽しくなかった。



 ただ、それだけ。





 学校にいれば、女友達と笑いあい、男友達とも話をする。


 けれど、そこにシュウさんがいない、それだけで、私は味気なさを感じてしまう。




 変だ、とよく言われる。



 年頃の娘ならば、彼氏の一人くらい、いてもいいと。



 高校生になり、一度男の子から告白をされたけれど。でも、私はいつも、どんな時でも。



 シュウさんと、比べてしまうのだった。





 シュウさんは。シュウさんは、もっと綺麗。


 彼の纏う空気が、私は大好きで。

 彼と比べてしまえば同い年の男の子たちが、とても太刀打ちできないことは、私だってわかっている。





 ざざ。





 私は、シュウさんの居ない縁側で、腕を投出し、大の字に寝転がった。


 日よけの端から広がる青い空は、雲一つなく、秋の涼しい風に、木の葉がゆらりと揺れている。





 ざざ。




 本や小説で見た、海。



 きっと、少し外を歩けば行き着くその海を、私は見たことがなかった。



 見たい、と、思ったことは何度かある。



 けれど、シュウさんに海へ行こうと言うと、シュウさんは少し悲し気に笑うのだ。



『行っておいで。』



 そう、いつも。


 シュウさんは、海へ行こうとしない。

 だから、私は海を見たことがなかった。





 シュウさんの悲しい笑顔が、なぜなのかわからないから。






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