七年分のツタ
「……シュウさんと、海が見たいです。」
泣きながら、そんなことを言う。
本当にこのこは、俺のことが好きだな。
そんなに、他人のことで泣いて。
和葉のことを、凪の代わりにしたかったんじゃない。
そんなつもりで、あの時手を引いたんじゃない。
でも、そんな風に考えさせてしまうくらい、俺の中の凪に、和葉は遠慮していたんだろう。
抱きしめた感触も、キスをする唇も、何もかも違う。
俺は、和葉を、好きなんだって。
彼女に、どうやったら伝わるだろう。
「……和葉、ありがと。今度、行こう。」
トラウマなんて、かっこいい言葉じゃない。
俺が海にいかないせいで、今、和葉を悲しませているんだ。
久しぶりに見た、広い庭の一番奥にこっそりとある、小さな扉。
少年時代、このあたりの草は刈られ、綺麗に整えられていて。
この扉を開けて海へ出れば、凪に会える。
魔法の扉だった。
七年間、全く手入れされなかった扉は、古びて汚くて。
思い出の中の扉とは随分違っていた。
それでも、絡まったツタを切り、周りの草を刈って。
掃除が完了した頃には、懐かしい風景を取り戻した。
和葉に渡した浴衣は、この前街まで出た時に買いそろえた。
店員にはにやにやされたけれど、彼女に一番似合う色と柄を、真剣に選んでいたら、二時間近くも経っていた。
和葉は海を、見た事がないらしい。
確かに地形の関係で、丘の向こうにある海は、陸のほうからは見えづらいけれど。
それでも十七年間一度も見た事がないというのには驚いた。
こんなにもすぐ近くに、広がっているというのに。
それも、きっと、ここ数年は、俺のせいなんだろう。
『———海、嫌いなんですか?』
初めて会ったときからずっと、和葉は人の顔色を見て、大人にも気を遣うような子供で。
だから、感じ取ってしまった。
俺の、拙い嘘を。
「……。」
林の砂利道を抜ければ、すぐに視界が開ける。
久しぶりに見る海は、相変わらず寄せては返すを繰り返し、何も変わらずそこにあった。
和葉を見ると、目を瞬かせ、その大きな瞳に、きらきらと反射する海を映していた。
紅潮した頬。塞がらない唇。
どう感じているか、聞くのは野暮だろう。
きっと、言葉で表現するのは難しすぎる。
「シュウ、さん…。」
「くすくす、はい。」
この流れ、以前にもあったな。
デジャブに楽しい気持ちを覚えながら、俺は和葉の言葉を待たずに、その唇を塞いだ。
長いキスのあと、彼女を抱きしめる。
和葉は、少し戸惑ったあと、頬を俺の胸にするりと寄せた。
「和葉。」
愛しさは、胸を熱くさせた。
彼女の行動一つ一つが、かわいくてどうしようもない。
俺は、彼女の気持ちに何を返せるんだろう。
——そう考えて、ふと気づいた。
一番大事なことを、俺は、また忘れていたのか。
心の中で、どれほど想っていても。
どれほど愛しいと感じていたって。
言わなきゃいけないことだってある。
俺は、どれだけ間抜けなのか。
「和葉。」
抱きしめた耳元に、唇を寄せた。
こんなに鼓動が鳴る事が、他にあるだろうか。
「———好きだよ。」
和葉が顔を上げた。
強く抱いていた腕をほどいて、彼女が俺を、信じられないという顔で見上げている。
——本当に、わかっていなかったのか。
俺はふっと笑うと、彼女の手を握ってまた歩きだした。
「行こ。」
初めて口に出した好き、は。
ありえない程の鼓動と。
想像以上の緊張と。
温かで、幸せな気持ちをくれた。




