手遅れ
忘れていたけれど、俺は、人と関わるのが苦手で。
連れてきたはいいが、何を話せばいいのかわからずにいた。
縁側にぼんやりと座りながら、庭を眺めていたり。
その横で、和葉はごろりと横になる。
退屈だろうと思うのに、毎日、本当に幸せそうに笑ってくれるから。
このまま、のんびりとした時間が過ぎていくんだと、思ってた。
和葉が高校に入学してすぐ。
少しの変化が訪れた。
和葉が少し、挙動不審で。
それを隠そうとしているのが見え見えなのに。
「何か、あったんでしょ。」
俺の問いかけに、ぽかんと口を開ける。
「ななな、何もない! です!」
下手くそな嘘は、なんとなく面白くなかった。
和葉を毎日、送り迎えをすることにしたのは、年頃になって友達と遊ぶようになれば、話す時間がなくなるだろうと考えたからで。
別に帰りに遊んで帰って来るならそう連絡するように伝えていた。
でも、思いのほか、和葉は友達と遊ぼうとしなかった。
遠慮しているのかと、遊んでおいでと言ってみても、あまり気が乗らなかったようで、すぐに帰ってきた。
『そう言えば、和葉、杉原に告白されてたでしょー。』
『えっ! なんで知っ…っ!』
そんな会話が聞こえてきたのは、いつも車を停めていた場所が別の車でいっぱいで、少し遠い所にとめたからと、校門まで和葉を迎えに行ったときだった。
ちり、と。
胸の奥がきしんだ。
高校生にもなれば、そういうことも増えるか。
俺も、人のことは言えないから。
保護者、なんだから。
あまり首をつっこむもんじゃない。
何度繰り返しても、心のどこかで納得できない自分に、戸惑った。
「あっシュウさん!」
俺を見つけて。
駆け寄って来る和葉。
俺の勝手な独占欲で、このこを縛ることだけは、したくなかった。
母の、戒めが聞こえる。
『絶対手、出すんじゃないわよ。』
あの時は、なんの冗談かと思っていたけど。
まだ大丈夫。
懐いてた雛が、巣立つのが寂しいだけだ。
まだ、引き返せる。
まだ大丈夫。
———でもさ、そうやって言聞かせている時点で。もう手遅れなんだって。
和葉は、告白は断ったみたいだった。
休日になっても、俺のアトリエの中で飽きもせずに俺の作業を見たりしていた。
二人の穏やかな暮らしは、また何事もなく過ぎて行く。
そう思っていた、和葉が十七になった年の秋。
「シュウさん。」
「ん?」
「シュウ、さん。」
「はいはい、何ですか。」
和葉は、俺の名前を呼ぶ。
何度も、何度も。
毎日飽きもせずに、俺の横顔を見つめている。
その顔を、俺もこっそりと見ていること。
何度も呼ぶその声が、俺を幸せにしていることも。
彼女はわかっていないだろうけど。
「シュウさん。」
「聞こえてるって。」
今日はあまりに呼ぶから、俺は吹き出した。
くすくすと笑っている俺を、それでも見つめている。
「…ねぇ、シュウさん?」
「何ですか。」
時々、からかうために使う敬語。
一緒に暮らして三年目にもなるのに、和葉が敬語をやめようとしないから。
くすくすと。
完全に油断している俺に。
彼女は唐突に。
「シュウさん、好きです。」
どくりと、心臓が変に脈打った。
でも、会話をするように紡がれたその言葉は、放った本人が一番動揺して見えた。
真っ赤に染まった顔。
泳ぐ瞳。
本人の動揺を見ていると、なんだかおかしくなって来た。
そんなに真っ赤になって、大丈夫かよ。
少し迷って。
「何を、今更。」
俺は、できるだけ平気なふりしてそう言った。
ちり。と。
胸を焼く痛みと。
嬉しさに緩む口元に、気づかれないように。




