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蒼の夢想い  作者: 藤咲 彩
後章
29/33

体温






 二年程、通ったある日、施設が閉鎖することを知らされた。



 和葉は、最初こそびくついていたけれど、俺に懐くようになっていた。


「え、…じゃぁ、子供達はどうなるんですか?」



 真っ先に、浮かんだのは和葉の顔だった。


 

「まだ決まったことではないですが、違う所に移動になると思いますよ。」



 里親が見つかれば、里子として出されるという。



 何か、俺にできることはないかと。

 年齢が足りないからと親までも巻き込んで、施設の人を口説き落として。



『…え、あんたが育てるの? ……。』


 親の当然の反応に、俺は頭を下げた。


 和葉は、笑っていた。


 自分も不安な中で、年下のこたちをなぐさめて。

 大丈夫、といいながら。



 自分があんな、顔をしているってわかっていないんだろう。


 善意とか、正義感とか、そういう綺麗なものじゃない。

 ただ、あのこがあの泣き出す寸前のような顔で笑うのを、なんとかしたかった。




『絶対に手、出すんじゃないわよ』


 母には釘をさされた。

 俺が十も年が離れた女の子を、本気でどうにかすると思って言っているのか。


 それとも、からかわれたのかはわからないけど。




 とにかく、和葉を迎えられる準備だけして。



 あとは、本人が俺を頼ってくれるなら、連れて帰る。

 そう決めて、また施設を訪ねた。





 明るかった施設内は、異様な静けさに包まれていた。




 和葉は、やはり周りに気をつかって、明るく振る舞っていた。

 少し痩せたように見えるのは、気のせいではないだろう。



「どうしたの。酷い顔だけど。」



 和葉は膝を抱えて、座り込んでいた。

 俺が目の前でしゃがんでも、気づかない。



 声をかけて、勢いよく上げた顔は、本当に酷くて、つい俺は笑ってしまった。


 そんな俺を見ていた和葉の目が潤み、ついには決裂したダムのように泣き出した。



 辛かったね。頑張ったね。


 そんな言葉は、素直に言えず。


「ははっ不細工。」


 そういうと、和葉はむくれてみせようとして。

 それがあまりに可愛くて、また笑ってしまった。





「和葉が、望むなら。俺の家においで。」



 泣いて赤くなった目をまんまるにして。

 和葉は言っている意味を理解できていなさそうだった。



「俺と、一緒に帰ろう?」



 差し出した手は、なかなか取ってもらえず、和葉の顔を覗き込んだ。



「嫌?」



 まぁ、そういうこともあるか。と。

 懐かれていると思っていたけれど、出過ぎたことだったのかなと。



 そう思い始めた矢先、和葉はぶんぶんと顔を横に振った。


 そのあまりの必死さに、笑ってしまった。



 

 それでも戸惑い手を取ろうとしない和葉の手を、強引に握って。



 俺は、彼女を連れ出した。







 車までの少しの道のりを、ゆっくりと歩いた。

 和葉は、何か嬉しそうな顔をしていた。



 頬が、薄く色づいている。

 泣いたために赤くなった目の周りと、弧を描く口元。




「ちっちゃいなぁ。」



 繋いでた手をとって、自分の手と重ねて見る。

 思っていたよりもずっと小さくて、俺は笑った。



 和葉がふくれてしまったのに気づいて、また手をつなぎ直す。


 途端に頬を染めて笑顔になった彼女を見て、俺は顔が緩むのを感じた。




 気づかれないように、なんでもないように。


「幸せそうで、何よりですね。」



 くすくすと、笑う俺を見て。

 和葉が笑った。

 とてもとても、幸せそうに。



 なんて、単純なんだろう。




 やさぐれていた気持ちに、温度が戻る。



 あの日、大好きな女の子をなくした。



 



 ———だけどその日、俺は、太陽を取り戻したのかもしれない。






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