体温
二年程、通ったある日、施設が閉鎖することを知らされた。
和葉は、最初こそびくついていたけれど、俺に懐くようになっていた。
「え、…じゃぁ、子供達はどうなるんですか?」
真っ先に、浮かんだのは和葉の顔だった。
「まだ決まったことではないですが、違う所に移動になると思いますよ。」
里親が見つかれば、里子として出されるという。
何か、俺にできることはないかと。
年齢が足りないからと親までも巻き込んで、施設の人を口説き落として。
『…え、あんたが育てるの? ……。』
親の当然の反応に、俺は頭を下げた。
和葉は、笑っていた。
自分も不安な中で、年下のこたちをなぐさめて。
大丈夫、といいながら。
自分があんな、顔をしているってわかっていないんだろう。
善意とか、正義感とか、そういう綺麗なものじゃない。
ただ、あのこがあの泣き出す寸前のような顔で笑うのを、なんとかしたかった。
『絶対に手、出すんじゃないわよ』
母には釘をさされた。
俺が十も年が離れた女の子を、本気でどうにかすると思って言っているのか。
それとも、からかわれたのかはわからないけど。
とにかく、和葉を迎えられる準備だけして。
あとは、本人が俺を頼ってくれるなら、連れて帰る。
そう決めて、また施設を訪ねた。
明るかった施設内は、異様な静けさに包まれていた。
和葉は、やはり周りに気をつかって、明るく振る舞っていた。
少し痩せたように見えるのは、気のせいではないだろう。
「どうしたの。酷い顔だけど。」
和葉は膝を抱えて、座り込んでいた。
俺が目の前でしゃがんでも、気づかない。
声をかけて、勢いよく上げた顔は、本当に酷くて、つい俺は笑ってしまった。
そんな俺を見ていた和葉の目が潤み、ついには決裂したダムのように泣き出した。
辛かったね。頑張ったね。
そんな言葉は、素直に言えず。
「ははっ不細工。」
そういうと、和葉はむくれてみせようとして。
それがあまりに可愛くて、また笑ってしまった。
「和葉が、望むなら。俺の家においで。」
泣いて赤くなった目をまんまるにして。
和葉は言っている意味を理解できていなさそうだった。
「俺と、一緒に帰ろう?」
差し出した手は、なかなか取ってもらえず、和葉の顔を覗き込んだ。
「嫌?」
まぁ、そういうこともあるか。と。
懐かれていると思っていたけれど、出過ぎたことだったのかなと。
そう思い始めた矢先、和葉はぶんぶんと顔を横に振った。
そのあまりの必死さに、笑ってしまった。
それでも戸惑い手を取ろうとしない和葉の手を、強引に握って。
俺は、彼女を連れ出した。
車までの少しの道のりを、ゆっくりと歩いた。
和葉は、何か嬉しそうな顔をしていた。
頬が、薄く色づいている。
泣いたために赤くなった目の周りと、弧を描く口元。
「ちっちゃいなぁ。」
繋いでた手をとって、自分の手と重ねて見る。
思っていたよりもずっと小さくて、俺は笑った。
和葉がふくれてしまったのに気づいて、また手をつなぎ直す。
途端に頬を染めて笑顔になった彼女を見て、俺は顔が緩むのを感じた。
気づかれないように、なんでもないように。
「幸せそうで、何よりですね。」
くすくすと、笑う俺を見て。
和葉が笑った。
とてもとても、幸せそうに。
なんて、単純なんだろう。
やさぐれていた気持ちに、温度が戻る。
あの日、大好きな女の子をなくした。
———だけどその日、俺は、太陽を取り戻したのかもしれない。




