フィルター越しの世界
お久しぶりです。
本編の、秋サイドから見たお話です。
秋の、印象が少し変わってしまうかも。
本編読了後にお読みください。
―――その日、俺の世界は灰色のフィルターに包まれた。
母方の祖母が、昔から大好きで、古い日本家屋に住む祖母をよく訪ねていた。
実家から自転車で二十分ほどの所で、それこそ毎日のように遊びにいく俺を、両親は呆れたような顔で笑っていた。
祖母は、穏やかな人で、俺が行くとふわりと笑う。その顔を見ると、何故だか安心できた。
ここは山奥の、たった人口一万人弱の小さな町で、鬱蒼とした林の丘を超えれば、嘘のように開けた海が広がっているような所で。
凪と出会ったのは、祖母の家の広い庭の、一番奥にある小さな扉から続く砂利道を抜けた、海の砂浜だった。
区域が違った俺たちは、違う小学校に通っていた。
凪は、海が大好きで、いつも砂浜に行けば会えた。
二人で疲れ果てるまで遊んだり、祖母の家でだらだらしたり。
いつからか俺は、海も、凪も、大好きになってた。
そんな幸せな生活が、少し変わる。
―――高校三年の冬、祖母が亡くなった。
わかってる。人は、いなくなるってこと。
その頃、趣味で描いていた絵が、凪が勝手に応募していた国内の学生コンクールで最優秀賞を取った。
暇があれば二人で遊んだ、海。
下から見上げた海面は、息をのむほど綺麗で。
それを、そのまま絵にした。
『秋は、神様に愛されたんだね!』
好きだと、言った事はなかったと思う。
でも、彼女からも、好きだと言われた事はなかったような気がする。
それでも、お互いが大切で、お互いを想っていることは、わかってた。
キスをして、抱き合って。
お互いの温度を交換するような、幸せなひととき。
大学を通信制にして、俺は祖母の家に住む事にした。
アトリエとして使わせてもらっていた一部屋と、普段生活する居間と、寝る部屋以外の部屋は、ほとんど手つかずで。
絵を描く事は、好きだった。
焼き付く様な景色は、どこかにアウトプットしなければ目の前にちらついて離れなかったから。
幸運なことに、画家として、仕事をさせて貰うことができて。
人生をこのまま、のらりくらりと生きて行くんだろうと思っていた。
『ねぇ。』
『ん? なぁに?』
『一緒に住まない?』
成人した年、俺は凪を腕の中に閉じ込めて、そう言った。
なんでもないように言ったつもりだったのに、声は、少し震えた。
顔を見られたくなくて、驚きに身体を離そうとする凪を強く抱きしめた。
身体が熱くて、手汗がすごくて。
そんなかっこのつかない俺の腕の中で、凪の肩が震えた。
『笑ってんの?』
冗談だと思われたのかと、クールダウンした気持ちは、見上げた凪を見て燃え上がった。
『嬉しい』
太陽のように、笑う顔が好きだった。
でも、その時の、泣き顔は、見た事もないほど綺麗だった。
祖母が亡くなってから、手つかずだった部屋を全て綺麗にした。
凪が使う予定の部屋に入れる、家具を買いにいったりした。
二人で、二人の未来を見ていた。
なのに、終わりはすぐにやってきた。
潜水中の事故で、波に攫われてしまった。
幸いすぐに見つかったけど、もう、遅かった。
太陽を無くした俺の世界は、色をも、失ってしまった。
わかってるよ。
人は、いつか、いなくなる。
でも。
でも。
それってないだろ。
俺の凪を返せよ。
あんなに温かかった肌が、海と同じ温度になった彼女に触れた。
涙が出ているのかも、何かを叫んだのかもわからない。
返せよ。
笑ってくれよ。
いつもみたいに、冗談だって言ってくれよ。
―――凪。なぁ。
頼むから…。
『私、海大好きなんだ!』
うん。
二人で、一杯遊んだよね。
思い出が沢山あるよね。
楽しかったよね。
だけど、ごめん。
無理だ。
凪を奪った、海なんか。
海なんか。
海なんか、嫌いだ。




