嫉妬
放課後、私は佐藤君と、裏庭のベンチに腰掛けていた。
佐藤君は、ずっと前を向いている。
私はと言うと、居心地の悪さに、俯いてはちらりと彼を伺うという、落ち着かない視線をさまよわせていた。
「…そっか。やっぱ、駄目かぁ。」
佐藤君が、そこでようやく口を開いた。
顔をあげると、隣に座る彼が私の方に笑いかけていた。
「好きな人って、…あの一緒に住んでいる人?」
好きな人がいる、と。正直に告げた。
他の人が入り込む余裕は、今の私には一ミリもないから。
佐藤君はとてもまっすぐに、私を見つめてくれる。
だから、私もそれに応えるようにまっすぐ、彼を見て頷いた。
「…そっか。」
「……うん。」
佐藤君は一瞬、舞い落ちる葉に視線をやった後、また私の方を見て、にっこりと、あの愛嬌たっぷりの笑顔で笑う。
「振られたら言ってね?」
「…え。」
あはは、と笑いながら、佐藤君は立ち上がった。
そのまま歩き出す彼が、少し振り返り、私を促すように首を傾げる。
私も立ち上がり、佐藤君の後に続いた。
私は多少気まずさを感じていたけれど、佐藤君はまるで何も無かったかのような振る舞いだ。
何気ない会話をしながら歩いていると、いつもは裏門まで行かなければ居ないはずの、シュウさんの姿を見つけた。
佐藤君も気づいたようで、ぺこりとシュウさんにお辞儀をする。
「じゃ、倉本、また明日な!」
元気いっぱいの、いつもの佐藤君の声。
手を振って歩いていく彼に、私も手を振り返す。
「なに、まだ返事してないの?」
佐藤君がちょうど校門の向こうへ見えなくなると、シュウさんが私を覗き込んだ。
「…え?」
「キープすることにしたの?」
何を言われているのか、一瞬考えているすきに、シュウさんはくるりときびすを返して歩きだしてしまった。
「え、あの、シュウさん?」
私はシュウさんを追いかけ、呼びかけるけれど、シュウさんは私を振り返ろうとしない。
裏門の駐車場に、無断で停めていたスカイラインに乗り込んで、エンジンをかけてしまう。
私も慌てて助手席に乗り込み、シートベルトをしめた。
「あの、何か、怒ってるんですか。」
私がシュウさんを覗き込もうとすると。
一瞬で、目の前に影ができた。
かぷり。と。
鼻に、少しの痛みを感じた。
放心する私に構わず、シュウさんはギアを入れ、車を走らせてしまう。
「……、っ!? え、今、え?」
私は、鼻を押さえてシュウさんに抗議した。彼は、私の鼻を噛んだのだ。
「……今、鼻噛みました?」
混乱したあげく、事実を確認するにとどめてしまった。
「噛んだよ。ムカつくから。」
「むか…?」
「この前言ってたの、彼なんでしょ。」
この前言っていたの、とは。告白されたヒト、ってことで間違いないだろうか。
シュウさんの機嫌が悪いのは、私が佐藤君と一緒にいたからなのだろうか。
だとしたら。
それって。
「……シュウさん。」
「……ん。」
「それって、嫉妬ですか?」
「……。」
いつも見ている、シュウさんの横顔を、私は真剣に見つめる。
イエスかノー。そんなことはありえないと思いながらも、私はイエスを期待してしまう。
シュウさんは赤信号で止まると、一心に見つめる私をちらりと見て、そしてくすりと笑った。
「……そう、かな。……あのさ、恰好悪いから、あんま見つめないで。」
「――っ!」
私の心臓はその言葉を聞いた途端、狂ったように鼓動を始めた。
頬が上気し、全身が脈うつ。
いつも見つめる私を、私の好きなようにさせていたシュウさんが、それを止めろと言っている。
しかも、嫉妬した自分を見られたくないという理由で。
「…シュウさん、私、ちゃんとお断りしましたよ。」
信号が青になり、アクセルを踏むシュウさんに私がそう告げると、少しだけ息を吐きだした。
「私、シュウさんが好きなんですよ。」
もう、この熱くなる身体にも慣れてしまったかもしれない。
どきどきと鳴る胸の痛みが、どこかここちよくなってくる。
脈が教えてくれる。
私が、誰を好きか、まっすぐに。
「……知ってる。」
シュウさんの、少しすねたような声に、私は笑った。
そんな私に、シュウさんの手がこつりと頭を小突くけれど、そんなことすら嬉しいと感じてしまう。
シュウさんと私の距離は、少しずつ、私の望むように。
近づいているのだと思っていいのかもしれない 。




