バス
最近、シュウさんは忙しい。
海外のコンクールに出展する、学生の絵の審査をするだとかで、ひっきりなしに池田さんその他、この間の展示会で見かけた人たちがシュウさんの屋敷へと訪れる。
「……。」
私は、鞄にいつものようにゆっくりと教科書やノートを詰め込み、下校ラッシュを過ぎ人通りの無くなった階段を下り、学校の玄関に出た。
いつもなら、迷わず裏口へ足早に向かう所なのだけれど。
今日は、シュウさんの迎えがない。
「……これ、だよね…。」
私は学校の近くのバス亭に立ち、自分の乗るべきバスの時刻表をこれでもかと見つめていた。
このバスは本当に着くのか。家に。
学校からバスで帰るのが初めてな私は、不安な気持ちでバスを待っていた。
「あれ? 倉本。」
そわそわとバス亭に立つ私の後ろから、近頃ではお馴染みになった佐藤君が現れた。
誰かにこの落ち着きの無い不安な私を見られるのを避けるために、わざと下校時間をずらしているのに。
佐藤君は、何故この時間に下校しているのだろう。
「あ、…お疲れ。」
にっこりと微笑む彼は、私の隣で自分の乗るバスを確認する。
「あ、倉本さぁ、あれ、考えてくれた?」
「…あ! 今、出すね。」
私は以前渡された小さな紙を、財布の中から取り出した。
欠席を丸で囲み、自分の名前を書いた紙を、佐藤君に差し出す。
「……。?」
差し出した紙を見た彼は、なかなか受け取ろうとしなかった。
「…佐藤君?」
じっと紙を見ていた佐藤君に声をかけると、佐藤君はばっと私を見て、それから小さな紙を持っている私の手ごと、その手で包み込んだ。
「え。」
驚いて見上げると、真剣な瞳が私を見下ろしている。
何、と言おうとした私よりも先に、彼の唇が動く。
「何か、用事?」
「え、…。」
「あのさ。」
用事がある、と。言ってしまえば良かったんだろうか。
言いよどむ私に、佐藤君は手を少し引き、距離が近くなる。
「俺、倉本が好きなんだ。」
握られた手に、熱がこもる。
まっすぐに見つめられた瞳から、私は目を反らすことができなくなってしまった。
「……え?」
思わず聞き返した私に、佐藤君はにっこりと笑って。
「気づいてなかった?」
「……。」
そう言えば、そんなことを前に恵理と優香に言われた気がする。
私自身も、そう感じることが無かったわけではないけれど。
でも。
「あの、佐藤君…。私、」
好きな人がいる、そう続くはずだった言葉は、バスの到着の音にかき消された。
佐藤君の待っていたバスだったらしく、彼は私の手をもう少しだけ引き寄せて。
「もう一回だけ、考えて。」
「――っ!」
耳元で囁く声は、いつもの元気な彼の声ではなくて。
男の子なんだ、と。
もし、そう私に意識させる為に彼が故意にしたことなら、かなり上手な策士だ。
「じゃ、また明日!」
にこりと、いつものように微笑んで颯爽とバスに乗り込んでいく。
私は佐藤君の乗ったバスを見送りながら、火照った頬に受ける風の涼しさを感じていた。




