異世界から帰ってきた男子高校生がまた召喚された
男子高校生が期末試験前に異世界に召喚された (3,105字)
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の続編扱いとなります。
読まなくても大丈夫とは思いますが、読んで頂いた方が分かりやすいかもしれません。
それは、祐之介にとってここ数週間で最も投げかけられた質問に違いなかった。
「山口さぁ、ホント何があったの?」
「別になんもないよ」
もはや言い慣れた定型文で、返答する。
だが、彼女は少し不満そうに、続けた。
「みんな噂してるよ。急に雰囲気変わったとか、やたらイケメンになったとか」
「顔は変わってないはずだけど」
以前の自分だったら、香取有海とこうして話すことなど出来なかったに違いない。
まして今のように、川沿いの遊歩道を二人だけで下校するなど、もっての外だ。
密かにかわいいなとは思っていても、明朗快活、才色兼備。
つい先月――彼の主観的には一年前――まで、彼とは縁のなかったタイプだ。
今は今で、抱えた秘密のために、結局はあまりうかつに言葉を交わしたくないというのが本音なのだが。
そう、江東区の高校に通う男子高校生、山口祐之介には、人に言えない秘密があった。
二学期期末試験を前に異世界に召喚され、死に物狂いで魔王を倒して帰ってきたという出来事が、それだ。
その地で出会ってきた人々、そして仲間たちと戦った日々は、誰にも言えないが、大切な記憶だった。
一年あまりの激闘ののち、帰った時には期末試験直前だった。
わずか三日しか経っていなかったのが幸いではあったが、無論三日間とはいえ失踪はそれなりに取り沙汰されたし、記憶がないと言い張って逃れるのも厳しいものがあったが(式典の際に来ていた服は日本の一般的な服装とはかけ離れていたし、不自然に一年分の身長が伸びていたのに誰も気づかなかったのが奇跡といえる)、それでも、なんとか彼の生活は平穏を取り戻しつつあった。
だが、冬休みが終わって二週間、新年の雰囲気も薄らいだ帰り道に、祐之介は再び、空中の亀裂を目の当たりにした。
まさか再び召喚があるとは思わず、祐之介が狼狽している間に、召喚は完了する。
今度は、絨毯や燭台で飾られた、石柱だらけの石畳の広間だった。
そして目の前には、ドレスをまとったブロンド髪の美女。
「ユーノスケさま、またお会いできましたわね!」
「……すみません、どこかでお会いしましたっけ」
さすがにそのような反応しかできず、祐之介は戸惑った。
多くの人々と出会った前回の召喚でも、見覚えのない顔だ。
彼の名を知る美女は、少し残念そうな表情を浮かべたあとに、語った。
「お姿を見るに、こちらの十年がそちらで一年にもなりませんのね……キマツシケンは無事にお済みですか?」
「え、もしかして……マグナ王女……さま!?」
さすがに驚きを隠せず動揺していると、彼女はうつむきつつも微笑み、そして感慨深そうに溜息をつく。
「あの時はわたくし十二歳でしたけど……すっかりこちらが年上になってしまいましたわね」
「何か軽く浦島太郎になったような……」
こちらの世界で魔王討伐に戦った時間は一年余り。
だがそれでも、祐之介が帰還した時には三日後に迫っていた二学期の期末試験に間に合った。
つまり、日本の三日間が、スウィフトガルド王国では一年ほど。
祐之介の主観時間における一ヶ月で、こちらの世界の時間では十年が経過していたことになる。
ただ、目の前の人物の正体が判明すると、次の疑問が生じた。
「ていうか、何でまた俺が召喚されてるんですか」
「実は……魔王が大魔王とやらを召喚していたらしくて……魔王軍の残党をまとめて侵攻を始めましたの。忍びないとは思ったのですが、ユーノスケさまにまたお会いし……じゃなくて、ユーノスケさまのお力を、またお借りしたくて」
「大魔王って、魔王より強いんじゃ……」
「それが、彼らが召喚技術を応用して、異世界に侵攻しようとしていることが判明しましたの。そのことを伝えたら、意外に多くの異世界が協力してくださって……」
「へー。この子が勇者ユーノスケですか?」
すると、どこに隠れていたのか、彼と同じような年頃であろう娘が姿を現した。
どう見ても、日本の女子高校生だった。
ただ、召喚直前に彼と一緒にいた香取有海ではない。
「え……君も召喚されたのか?」
「水野メイ。マグナ王女の提案した、多世界条約機構軍に派遣されたのよ」
メイと名乗った元気の良さそうなショートカットの女子高校生は、祐之介の学校のそれよりも垢抜けた印象の制服を着ていた。祐之介は冬服だが、彼女のいた世界は祐之介のいた日本と違って夏なのか、半袖だった。
周囲を見れば、メイのように祐之介とは違う世界から召喚されたと思しい多種多様な人々が、石柱の影から姿を現していた。
すると、周囲の石柱が一斉に沈み始め、一気に広々としてしまった空間には、百人を超えそうな異世界の戦士たちが集まっていることが分かる。
(……案外早く帰れるかもなぁ)
「ユーノスケさま、あなたで最後です。今回は、あなただけに負担をお掛けすること無く、戦って頂けますわ。今から状況を詳しくご説明しますから――」
「あ、空間に湾曲反応」
メイが懐から取り出したタブレットのようなものを見てそう呟くと、広間の中央の虚空に、ヒビが入った。
祐之介が召喚される際に視界を覆っていたものに似ている。
そこから空間が割れて、何やら黒い装束を纏い、側頭の両側から山羊のような角を生やた精悍な若者が、姿を現した。
しかも、哄笑を上げている。
「ふはははははは! マグナ王女よ、秘宝を使って異世界の戦士の軍団を作ろうとしている企みは、とっくに余の耳に入っているぞ! そなたを亡き者とし、人類の希望とやらを……」
そこで周囲の存在に気づいたのか、若者は周囲を見回しながら睨みつけ、そして一言、呟いた。
「もしかしてもう呼んじゃった?」
「皆さま、彼が大魔王です!!」
マグナ王女の一声に弾かれたように、異世界の戦士たちは総攻撃を叩き込んだ。
白銀の鎧をまとったメイが何処からか取り出した超重量の大鉄槌が、大魔王を打ちのめす。
無愛想な侍の必殺の一太刀が、大魔王を激しく切り裂く。
少年魔術師の使役する天地の精霊が、大魔王を見えない力で縛り上げる。
そこに、ガンマンの弾丸が。
陰陽師の式神が。
超能力者の念力が。
忍者の忍術が。
サイボーグのレーザーが。
霊剣使いの反物質魔弾が。
獅子の戦士の命の咆哮が。
自動巨人の機関散弾砲が。
魔法少女の重力の奔流が。
その他諸々、百火繚乱の必殺の一撃が。
動けない大魔王をめがけ、次々と降り注いだ。
「くくく……これで勝ったと思わないことだ」
「しぶといですわねー」
黒焦げになって倒れつつ、何とか笑っている大魔王を見下ろしながら、マグナ王女は呆れたように呟いた。
「既に余の召喚魔法は発動している……絶望せよ。余をここまで追い詰めた貴様らでも絶望するしかないような悪夢を、うっかり呼び当ててしまったのだかぶっ」
哀れな大魔王は王女の無言のつま先を顔面に浴びて沈黙し、スウィフトガルド王国の兵士たちの手で何処かへと引きずられていった。
あっけない幕切れに、祐之介は不安を覚えた。
「悪夢って何でしょうね。魔王が大魔王を召喚したみたいに、超大魔王が出てくるとか?」
「負け惜しみだといいのですが……」
そこに、別の兵士が飛び込んできた。
「王女殿下! 非常事態です! 上空一面に、召喚の予兆が!!」
急いで外に出た祐之介やマグナ王女、そして異世界の戦士たちが見たのは、空一面を覆い尽くす、ガラスのようなヒビ割れだった。
祐之介の前方にいたメイが、再びタブレットらしきものを見ながら呟く。
「次元錯綜係数0.99……!?」
その言葉の意味は分からなかったが、他にもこの状況に察しがつくらしい何人かの異世界の戦士たちに話を聞く前に、ヒビが決壊した。
割れた空間の破片は細かくなりながら消滅し、その向こうに広がっている異様な縞模様の滲む空間の彼方から、無数のグロテスクな怪物が飛来してきた。
「ふははははは! もはや奴らは止まらぬ! 余にも詳しいことは分からんが、奴らは異世界を渡るぞ! 分かっているのは、怒りのままに、あらゆる世界を破壊したがっているということだけだ! 異世界の戦士共め、いずれはお前らの世界もぐえーっ」
兵士たちに羽交い締めにされながらも哄笑しようとする大魔王は異世界の戦士たち数名に張り倒されて、再び沈黙した。
人間大のものから山よりも巨大なものまで、飛来する怪物たちの姿は一定していない。
ただどれもが、着地するなり、周囲に向かって火の玉や光の球を撃ち出してまわっている。
それらが当たれば木々は燃え、建物は破壊された。
その状況を見てはいられないと、何人かの異世界の戦士たちは早速彼らに戦いを挑んでいるが、どうにも数が多く、割れた空の向こうからやって来る軍勢はまだ増えつつあった。
「こんな……こんなことって!」
さしものマグナ王女も、このような事態は予期していなかったのだろう。
このまま狼狽えてしまいそうな彼女に、祐之介は声をかけた。
「マグナ王女、あなたの呼んだ異世界の戦士は、多分全員が、俺なんかよりずっと強い人達ばかりなんだと思う」
「……?」
「でも、この世界での知り合いはまだ誰も居ない。それじゃあうまく戦えないよ。以前の俺と同じだ」
既に怪物たちを相手に戦っている者も、まだ行動を決めかねている者も。
異世界の戦士たちの視線が、王女に向かう。
祐之介は大きく跳躍して、彼女を目掛けて飛んできた翼のある怪物を殴って撃墜し、叫んだ。
「号令をかけて、マグナ姫!」
密かに慕った異世界の勇者の言葉が、今や歳の差が逆転してしまった因果を忘れて、昔のように呼んでくれた言葉が、衰えかけていた王女の戦意に火をつけた。
拳を握って、彼女は号する。
「異世界の戦士の皆さま、今こそ力を合わせましょう! 私たちのそれぞれの故郷を、守るために!」
その言葉に、戦士たちは力強く頷き、それぞれの心を決めた。
刃が飛び交い、力が咲き乱れ、秘奥が舞い踊る。
即席ながらも連携は徐々に強まり始め、怪物たちの軍勢を、蹴散らしてゆく。
そして――
そしてそれから、一ヶ月が経った。
三日間もどこかへ失踪していたという男子高校生が再び失踪し、三月になっても姿を現さない。
事故か事件か、扇情的なテロップの準備に余念がないワイドショーでもそろそろ飽きが始まった頃に、地球上の各地の空が割れ、そこから正体不明の怪物が飛来し始めた。
江東区の高校に通う女子高校生、香取有海も、登校中にその瞬間を目撃していた。
今や、グロテスクな巨体の怪物が遊歩道に足をめり込ませながら歩いてくるのを、怯えながら見ているしか出来ない。
腰が抜けてしまい、立ち上がれないのだ。
「……っ!?」
象のような鼻なのか触手なのか分からない、細長いものが彼女に伸びてきてその体を挽き肉状にしてしまう前に、しかしその巨体は突然、川の中へと飛んで水をばらまいた。
代わりに彼女の前にいたのは、一人の青年。
無精髭の生えた彼は、有海を見ると微笑み、呟いた。
「……香取か。懐かしいな」
その声はどこかで聞いたことがある気もするが、とにかく、彼は有海の手を取って、立ち上がらせてくれた。
無精髭を抜いても彼女より十歳は上だろう。その目は疲れているようだが、優しげでもあった。
「あ、ありがとうございます」
「その前に」
そう言って彼が川の中に落ちた怪物に掌を向けると、怪物はバタバタと暴れながらも光の粒子に分解されて、虚空に消えていった。
そして何事もなかったかのように有海へと向き直る。
「俺のこと……いや、こんな歳の差になってちゃ、分からないよな。忘れてくれ」
「あ、あの、あたしの名前……どこかでお会いしましたっけ?」
「あー、いや。俺は今みたいな怪物たちをやっつけに来ただけだよ。ここで最後。君の世界を救えば、全部完了だからさ。また、どこかに行くかな」
名残惜しそうにそう言うと、彼は飛んだ。
風で帽子が飛ぶようにふわりと浮き上がり、ついでに行く手から飛んできた飛行機のような形の怪物を無造作に殴って叩き落とすと、彼は太陽を背にして遠くに消えていく。
香取有海は時折その時のことを思い出しては、突拍子もない可能性を考えている自分に苦笑して、眠りにつくのだった。
祐之介は、昔のままの姿の同級生を見て、十年前のマグナ女王の心境を理解した。
「あなた! わたくしと息子がありながら、何ですのあの人は!?」
ただ、そんな感傷も、戦勝記念式典そっちのけの女王の嫉妬によって吹き飛んでしまっていた。
「ちょっと昔を懐かしんでただけだって! 君の気持ちが分かったって言ってるんだ俺は!?」
「問答無用でしてよぉッ!!」
異世界を渡る怪物たちを退治する旅は、祐之介の主観にして実に十年を要した。
他の戦士たちが様々な事情で交代・引退をする中、祐之介は帰還を諦め、成り行き半分、決意半分でスウィフトガルド王国に帰化し、女王の婿となった。
王位を継承したのは先王の直系であるマグナ女王なので大した権限などもないが、戦いの最中だというのに――だからこそ、か――息子まで生まれてしまい、彼の故郷を最後に怪物の退治が完了したあとも、それなりに多忙な日々を送っている。
故郷と数多の異世界を救いはしたが、彼の家族に掛かった負担は多大なものであっただろうし、何より故郷で送る平和な人生の可能性を捨てたことに、彼自身に何の迷いもなかったとは言えまい。
だが、それでも彼が自身の人生に幸福を感じているらしいことは、最後に付記しておくべきだろう。