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ダークフォークロア  作者: 柳沢 哲
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第八話 襲撃

 翌日純は借りた本を返しに学校図書館に行った。美加が土産をもらうために学校で待っていたが、そこにキナコもついてきた。

 スイは水色のストライプでフリルをあしらったワンピース着て、髪の毛にも同じ色合いのリボンをつけている。キナコは赤と黒の色を基調にしたスカートと、ウサギの耳がついたフードのついた袖なしの服を着ていた。なぜか安全ピンがびっしりついていて、今日もアイパッチをしている。日傘も黒と赤のストライプだった。普通の格好をしている純のほうが浮く。美加が純に気づいてから、固まった。スイとキナコを見て、純を見た。

「なにがあったの? モテ期? 」

「そういうことにしておいてくれ。」

 説明するのもめんどくさい。みやげ物を渡すと美加は受け取って言った。

「よければ紹介してくれない? あんたとやっとダブルデートができるかもしれないし。」

「そうだな、誤解されないようにしとくか。」

 大学の近くのファーストフード店で、事前に打ち合わせていた内容を言った。

「こっちがオオカミさんの妹のスイ。こっちはオオカミさんの同僚の娘さん。中学生。」

「キナコです。」

 美加がため息をついた。

「なんていうか、キナコちゃん学校でいじめられない? 」

「学校では優等生キャラなので大丈夫です。」

 びしっと敬礼してキナコが言った。美加はキナコに敬礼をしてスイを見た。ぴったり純にくっついている。

「オオカミさん、ゆるい謝り方するなって思ったらこんな可愛い子紹介してくれたのね。」

「違うって。なんていうか、俺になついてくれてるだけなんだよ。」

 言い訳にしか聞こえない。

「あんたの元カノにも彼氏できたらしいし。純も幸せになっていいんだよ。」

美加がアイスコーヒーを飲みながら言った。

「彼氏できたんだ。」

「うん。駅前で年上の男といるの見たよ。」

 純はふとサービスエリアで七恵を見たのを思い出した。

「今度は浮気しようって思わないくらいいい男だといいな。」

 美加が純の鼻をつかんだ。

「なに言ってんのよ。キスくらいしかしてない時に他の男にふらふらするような女にいい男なんて見分けられるわけないでしょ。」

 純が美加の手をつかんでやめさせた。純はキスもしていないとは言えなかった。

「私は、あんたはいい男だと思うよ。敏郎のがいい男だけどね。」

「のろけたいだけだろ、お前。」

「これからデートです。」

 美加はにやりと笑った。

「スイちゃんだっけ、なにかあったら私にも相談してね。メルアド交換しようか。」

「ケータイ持ってないんだよ。っていうか、スイに変なこと吹き込みそうだからだめだ。」

「うーわー、独占欲ってやつですか。俺様ですか。」

 美加がますますニヤニヤ笑う。これだから女子はうざい。

「じゃわたしこれからデートだから。純はくれぐれも中学生に手を出さないように。」

「出すか。こいつの親父さんめちゃめちゃ怖いんだよ。」

 純は、キナコに触られただけで蹴られた大上を思い出して、キナコには指一本触れないようにしようと心に誓った。

 そんな純の心情を知らない美加は明るく手を振って帰っていき、純も水っぽくなったアイスコーヒーを捨てて、スイとキナコを連れて出た。そのまま夕飯の買い物をして、三人で家に向かう。スイが暑さのせいか、息が上がっていた。

「キナコ、こっちを通ろう。スイがつらそうだ。」

 キナコはペットボトルの入った袋をくるくる振り回して一瞬考えるように黙ったが、うなづいた。純は人気のない路地に入った。キナコが鼻歌を歌っている。シャボン玉とんだをキナコが歌うと、不気味な歌に聞こえた。

 路地の角を曲がったときだった。目の前に少年が立っていた。スイと同じくらいの背丈で、柔らかそうな髪質をしている。目は大きいが気の強そうな猫のようなつり目だ。待ち合わせにしては奇妙な場所だし、むしろ少年の目はじっと純を見ていた。

 キナコが前に立つ。しばらく二人は見つめ合い、動いたのはキナコが先だった。ペットボトルを開けて周りにまいた瞬間、水が火薬のようにはじけた。純は思わずしゃがむ。スイもしゃがむ。純の足に丸いビー球のようなものが当たった。よくみれば純たちの周りにいくつもころがっている。

「あたしにケンカ売るんだ。おにちゃんルーキーだね。」

 キナコが傘をさした瞬間、空気が振動した。何かがぶつかったが、目に見えない。ビリビリっとキナコの肩が震え、キナコは唇をぎゅっとかんだ。

「純ちゃん、お父ちゃんに電話。あーちゃんでもいいから。」

 冷や汗がにじんで見えた。純が携帯電話をとって発信する。最初は大上にかけたが話中だ。

「あたしのケータイ、ポケット。」

キナコがペットボトルを足で蹴飛ばし器用に跳ね上げてつかむ。開けようとしたが、見えない手で叩き落されたように割れた。

「おとなしくしてくれ。」

 少年が口を開いた。

「その黒髪だけでいいんだ。」

 少年の目線にはスイがいる。純はスイの手を握った。スイはじっと純を見る。

「あんたたちはどこか行ってくれれば良い。」

 キナコは少年を睨み続ける。だが、アイパッチをはずす様子はない。純は少年をじっと見た。何をしようとしているかわからないが、悪人ではないようだ。赤須ならきっと、問答無用であのバットで殴ってきて、さっさとスイを連れて行く。

 純は立ち上がった。キナコがちらっと見る。

「純ちゃん、危ないよ。」

「お前、見えるか? 」

 純は深呼吸した。

「あいつが何か攻撃してる。俺には見えないけど、お前見えるか? 」

 キナコはうなづいた。

「はっきりとじゃないけどね、見える。」

 純はキナコの前に出て言った。

「お前がどっか行け。そんな攻撃俺に通じると思うなよ。」

 言った瞬間冷たい汗が噴出した。少年は目を細めて純を見る。純の心臓はばくばくと尋常じゃない音を立てる。キナコが純をじっと見る。スイは純の腕を相変わらずつかんでいた。

「俺、男には手加減しない。」

 少年がつぶやいた瞬間、コンクリートに亀裂が入った。純は足を踏ん張って立つ。そよ風のようなものが、純の前髪を優しくなでた。

 少年が目を見開く。キナコも驚いて純を見る。

「逃げろ。」

 純がキナコとスイの肩をつかんで走った。自分の身体で二人を守るようにして、荷物を捨てて駆け抜ける。周りの建物の窓ガラスが割れ、ごみバケツが凹み、プラスチック製のビール箱が吹き飛んだ。

「タクシー。」

 キナコが叫んでタクシーを止める。純は二人を押し込んで最後に自分も乗り込んだ。キナコの告げた地名はここから実元のビルよりも遠い。キナコは椅子にもたれかかった。

「てっきりスイちゃん使うのかと思った。」

 スイはキナコと違ってけろりとした顔をしている。

「いやいやいや、どうやって使うんだよ。」

 おばあさんの言っていた言葉を思い出すだけでせいいっぱいだった。自分には眼に見えない力を吹き飛ばす力があるなら、という根拠のない自信だけだ。キナコは携帯電話をさっそくいじる。メールをすばやく打ち、送信した。

 タクシーがついたのは小さな喫茶店だった。準備中の看板が下がっているのにかまわずキナコは入っていく。

「お邪魔します。キナコだよ。」

 店の奥で人影が動いた。黒い髪の細めの男がキナコを見る。

「準備中、書いてあっタ。なんで入ってくル。」

 片言で言った。顔立ちからしても日本人ではなさそうだ。

「緊急事態デス。冷たいものがほしいデス。」

 キナコがパンパン机をたたきながら口調を真似る。黒髪の店主は水を三つ出した。携帯電話を取り出し、キナコは電話をする。黒髪の店主は皿を拭き続けた。純は水をもらい、スイもごくごく飲む。よほど暑かったのだろう。純はスイの頭をなでた。

「純、キナコ疲れてる。」

 スイがキナコを見て言う。純も携帯電話を取り出した。大上に連絡するとすぐつながった。純はさっきおこったことを説明した。

「今どこだ? 」

「知らない喫茶店。看板はよく見なかったけど、アジアン系の内装をしてる。」

 がちゃっと音がして店の奥の扉から大上が出てきた。キナコがここに来た理由がよくわかった。キナコに大上が近づく。大上にキナコは言った。

「最近入った新人の顔わかる? 」

 大上が携帯電話を取り出して、写真を見せる。キナコは首を横に振る。

「もっと若い。高校生くらい。」

キナコは椅子に座った。

「負けた。悔しい。」

 大上がキナコの肩を叩く。

「純たちは無事だ。負けてない。」

 キナコが大上の手に自分の手を重ねる。ぎゅっと握る。

「あいつの顔絶対忘れない。」

 血の気が多いところが赤須に似ている。純は一瞬でも心配したことを後悔した。

  

 マンションに戻って作戦会議をした。実元は別の仕事がありいなかった。

「高校生くらいの若い男か。詠唱は? 道具は? 」

 赤須の質問にキナコは首を横に振る。

「見えない。なにも見えなかった。形もおぼろげだし。」

 キナコがつめを噛む。赤須がその手を握ってやめさせる。

「一人ではずさなかった。えらいぞ。」

 赤須がキナコの頭をなでた。

「約束したもん。」

 キナコがアイパッチを軽く引っ張った。

 純も大上が見せる写真を見ていたときだった携帯電話が鳴った。母からだった。

「すみません、ちょっと親から。」

 純が出ると、母の声がした。

「純ちゃん? そこにりっちゃんいる? 」

「は? いきなりなんだよ。」

 スイが珍しそうに純のケータイに耳を当てる。

「りっちゃんまだ帰ってないの。今日は映画観にいくって言ってたんだけど、あんたのところ行ってない? 」

 純は驚いて立ち上がった。スイがこてんと倒れたので、あわててしゃがむこむ。頭をぶつけたのかごちんと音がした。

「りっちゃんが寄りそうなとこ知らない? 携帯電話も圏外なのよ。お友達の家にもいないし。」

 心配そうに母がつぶやいた。

「探してみる。」

 純は携帯電話を切ると、玄関に向かおうとした。そのときまた携帯電話が鳴った。

 ぞわりと、嫌な予感がする。着信は律からになってる。純は手に取ると、おそるおそる受話ボタンを押した。

「律? 」

 小さく声がする。呼吸をしているような、甲高い音で、震えた律の声がした。

「お兄ちゃん。」

 恐怖を押し殺しているような、悲鳴のような声だった。

「お前どこにいるんだ? 」

 雑音がした。ざーっという耳障りな音が律の声を掻き消す。律の声が徐々に泣き声に変わる。

「助けて。」

 ザーッと雑音が受話口からした。それに混じって、ぼそぼそと何かが聞こえる。純が思わず離すと、床に落ちた携帯電話の受話口から、どろりとした黒い墨のようなものが出てきた。生臭いにおいがする。

「坊主、お前データのバックアップとってるか? 」

 赤須が言った。純は混乱して、携帯電話を見つめて硬直した。徐々に黒いものが広がっていく。

「どうなんだ。」

「とってない。」

「諦めろ。」

 赤須がバッドを携帯電話に振り下ろした。携帯電話が真っ二つになり、砕けて中の部品が散乱した。黒いものは消えて残ったのは粉々になった携帯電話だけだ。

「ちょ、大学の友達の番号が。」

 冷静になった純がおもわず携帯電話を取る。

「諦めろ。」

 赤須は同じことを二回言った。悪びれなく、反省もない。安西が溜息をついた。

「どうするんですか。これで妹と原田は連絡取れないですよ。」

 キナコがぼろぼろになった純の携帯電話を取り上げると、さらに無理やりこじ開け始めた。純は真っ青になる。

「中のカードを差し替えれば大丈夫。」

 得意げに小さなカードを取り出す。

「蓬塚か。」

 実元が言ってあごに手を置いた。

「一回、襲われただろ。あの時顔を覚えられたな。」

「でも、なんで俺の妹を。」

 赤須がバットを肩に置いて、トントンとたたいた。大上を見る。

「お前へたこいたか? 」

 純と律が会ってたのは、アパートにいたときだけだ。

「そこまで俺抜けてないですよ。」

 大上が粉々になった携帯電話を注意深く見る。キナコがどこからともなく純が使っているメーカーの携帯電話を持ってきて、純のカードを入れた。電源を入れる。携帯電話にメールが入った。圏外中の不在着信を告げるメールに、純はかけなおそうとしたが、赤須のバッドが顔と携帯電話の間にふりおろされた。

「ここでかけるな。逆探知される。」

 大上に向かってあごでさす。

「どっか連れて行け。」

 大上が車の鍵をとった。

 車で走りながら純は携帯電話をかけなおした。発信音がしばらくして、電話をだれかがとった。

「律? 今どこだ? 」

 乾いた笑い声がした。男の声だった。

「あんた誰だ? 」

 怖い。この男は何者なんだ、なにが目的なんだ。考えるだけでいやな予感ばかりがした。

「お前、ハコを持ってるんだろ? 」

 びくりと純は震える。

スイにもそれが伝わったのだろう、スイがぎゅっと純に寄り添う。

「妹と交換してやる。生きてるうちに来いよ。おかしな真似したら、妹の内臓とご対面するはめになるかもな。」

 ぶつっと携帯電話が切れた。純は唇をかみ締め、またかけなおそうとしたが今度はずっと圏外のガイダンスが流れるばかりだった。

「俺のせいだ。」

 純がつぶやいた。

 相手の目的がスイなら、律は関係ない。なんでこんなことになってしまったんだろう。

 大上の手が頭に触れた。二三度、優しくなでる。大上は叔父に似てる。いつも笑っているところや、面倒見のいいところ、幼かった律と純の面倒を見てくれた叔父と重なる。

「相手の目的はハコか。」

 純はうなづいた。

 携帯電話にメールが入る。写真が入っていた。

「場所は? 」

「俺の家の近くに山があるんだけど、そこに廃ホテルがあるんだ。有名な心霊スポットだ。」

 大上の手が純の頭をガシガシなでた。

「安心しろ。俺たちは迎撃が得意だ。」

 励ますためだろう、純も笑った。

「さっき、キナコが言ってた。一人じゃ左目は使えないのか? 」

大上が少し間を開けてから言った。

「彼女はそれ相応の力を持って産まれたんだ。一人が扱うには大きすぎる力で、赤須さんがいつも封じている。」

「俺は知らずにスイの力を封じている? 」

 大上はハンドルを回して言った。

「キナコちゃんの見立てならそうだな。お前から流れる力がハコを封じていたときのように中身を守っている。けど、へたに何かしようと思うな。制御できなかったら大惨事になるぞ。だからお前は決して何かしようと思うな。必ず俺たちが守る。」

普段の軽さは微塵もない声で大上が言った。

 

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