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自称・文学者と自称・ラノベ作家がリレー小説を書いてみた。

作者: 高杉 透


 俺は強烈なかぜの中にいた。



 吸い込まれる! 吸い込まれる!! 吸い込まれて行く!!


「な、何でだぁあ!!」


 真っ暗な闇の中、宙に浮いた体が物凄い力で引っ張られている。


「な、何でこんなことになったんだー!?」


 かぜのせいでクラクラする頭で思い返してみても、はっきりとした理由は


分からなかった。いつのまにか、俺はこんなことになっていた。 


「何が起きてんだよ!? 誰か説明してくれー!!」


 耳鳴りのような音がして、目の前が真っ白になった。


                   *


 ふいに鼻腔を掠めた土の匂いに、俺は閉じていた瞳をゆっくりと開いた。


穏やかな夜風が、露を纏った雑草を揺らしている。夢と現実の狭間をたゆた


う意識を持て余しながら、俺は鉛のように重い体を無理やり引き起こした。


「う……」


 途端に襲いかかってきた激しい頭痛と嘔吐感に、俺は再び体を二つに折っ


ていた。幾度となく深い呼吸を繰り返していると、やがて澄んだ空気が全身


に沁み渡っていくかのように、俺の体を内側から苛んでいた不快感が徐々に


薄らいで行く。


 額から滴り落ちる汗を土に汚れた手で拭い、視線を上げた。そこには、血


が滴り落ちそうなほどに赤く満ちた月が、薄藍の空を覆い尽くさんばかりに


悠然と、しかしながらそれでいてどこか薄氷のような危うさと冷たさを湛え


た輝きを孕んで俺を見下ろしていた。そして、満月を背に聳え立つのは荒れ


果てた石造りの城だった。


 ガラスを引っ掻くような奇声を上げ、城から飛び立った蝙蝠たちが血色の


月に幾何学的な模様を描く。逆光に照らされ、漆黒に染められた城はさなが


ら中世の人々が夢に描いた物語のようで、今にも崩れ落ちそうなその姿の中


にさえ確かな美しさと威厳を内包し、そこに存在していた。吸い寄せられる


ように、俺は城へと近づいて行く。


 かつては見る者すべてを圧倒し、魅了してきたであろう立派な城門が、今


は苔に塗れ、ところどころに土を被って、ただじっと時の流れに耐えている。


絡みつかれた蔦の狭間から、爬虫類を思わせる無機質な双眸が俺を見据えて


いた。何かしら目を逸らすことを許さない雰囲気を纏ったその瞳に抗いきれ


ず、俺は躊躇しながらも顔を寄せる。そこに彫刻されていたのは、人間の夢


の世界に描かれる異形の生き物だった。今にも獲物の血肉を引き裂かんと繰


り出された鋭い鉤爪に、骨まで噛み砕いてしまいそうな鋭い牙が並ぶ口は耳


まで大きく裂け、背には蝙蝠のような翼。その姿はまるで……。


                  *


 ふいに、気味の悪い音がした。 


「何だ!?」


 驚いて振り返ると、ところどころ地面が不自然に盛り上がっていこうとし


ている。


「ちょっと、待てよ、おい!!」


 土の中から出て来たのは、中世のドラゴンのような怪物だった。


「う、うそだろ!? おいっ!!」


 大きさは身長170センチの俺と同じくらいだろうか。ボコボコと音を立


てながら、怪物たちがつぎつぎに土の中から這い出して来る。


「な、何だよコレ!?」


 怪物の口からくさい息が吐き出された。俺は思わず吐き気を催す。


「だ、誰か……!」


 辺りを見回した。誰もいない。怪物たちが舌舐めずりしながら俺の方へと


歩み寄って来る。


「や、やべー!!」


 俺は一目散に駆け出し、壊れた城門の中へと飛び込んだ。そのまま、息を


するのも忘れるくらい必死に走り、城の中へと逃げ込む。


「っ……!」


 ボロボロになった木のドアが閉まる音が怪物たちの息遣いに重なる。俺は


渾身の力でドアを閉め、ガチガチに震える手でカギをかけた。


                  *


 朽ちた木の閂が異形の怪物に対して、何かしらの意味を成すのかどうかは


分からない。だが、何一つとして身を守るものを持たない状況で、腐肉の臭


いを漂わせる怪物の前に晒されているよりかは気分的に違った。怪物たちが


扉を蹴破って入って来る気配がないことを確かめ、俺は肩で息をしながらそ


の場にしゃがみ込んでいた。


「何が、いったいどうなってるんだ……」


 両手で頭を抱え込み、指に触れた髪が土に汚れていることに気付いて惨憺


たる気分を味わった。見れば、帰宅してそのままだった高校の制服もかつて


は白かったことが嘘のようにどす黒く変色している。その事実に思い至った


瞬間、俺は途端に体のあちこちを無数の蟻が這い回るような不快感に苛まれ


ていた。気持ちが悪い。汚れた皮膚が剥がれ落ちるまで体を掻き毟りたい衝


動に駆られる。汚いのは嫌だ。汚れていることは許せない。喉の奥から唸る


ような声を絞り出しながら、俺は無意識にシャツのボタンを勢いよく外して


いた。


「ぬあぁ!!」


 気合いを込め、ワキの下に生えた毛を一気に引き抜く。注射針を数十本ま


とめて突き刺されたかのような激痛に、俺はなぜか安堵する。


 気分が落ち着いて来たところで、俺は改めて顔を上げた。そこにあったの


は、かつて大広間だったと思われる空間だった。ところどころ剥がれて落ち


た壁の狭間から淡い月光が差し込み、俺を包み込むその場所を水底に似た朧


な色に染めている。


 敷き詰められた床石の間には雑草が根を張り、黴の臭いを漂わせながらも


色とりどりの糸で刺繍が施された絨毯の残骸があちこちに散らばっていた。


 ふいに、どこからともなく大理石を氷が叩くような硬質な音が聞こえてき


た。脳裏を掠めたのは、先ほどの異形の生き物たちの存在で、途端に俺の背


筋に緊張が走った。俺の正面に蹲る、宵闇とは違う瞼に張り付くような真の


漆黒。その中から現れたのは銀の鎧を全身に纏った一人の少女だった。


                  *


 

 少女が歩く度に、彼女が付けていた鎧のパーツが甲高い音をたてていた。



“あのよに見た少女のことは、今でもはっきりと思い出せる”



 仮に10年の時が流れたとしても、俺はきっとそう言いきることができる


と思う。彼女を見た瞬間、俺の心臓はバクバクととんでもないビートを刻み


始めていた。


「そこ、どいて」


 白くて柔らかそうな肌、背中まで届くキレイな金髪、そして吸い込まれそ


うなあおい瞳。芸能人でも、こんなに可愛い子はいない。


「早くしないと、ゴーレムと一緒に殺すわよ」


 思わず見とれていた俺に向かって、彼女は吐き捨てるように言った。そし


て次の瞬間、少女は背中の大剣を手に駆け出した。


「ち、ちょっと待てよ!!」


 外にはあの怪物がいる。いくら何でも女の子がたったひとりで相手にでき


るはずはない。


「危ないって! やめろ!!」


「何よ!?」


 思わず肩を掴んで引き止めると、少女が怒ったような顔で振り返った。


「ゴーレムを倒せば、あいつらのしたいから“よみがえりの土”っていうア


イテムが取れるのよ!! 邪魔しないで!!」


「ア、アイテム……?」


 ゲームの中でしか聞かない言葉に、俺は思わずポカンとした顔で少女を見


つめていた。


「そうよ!! だから放して!!」


 俺の手を振り払って少女は再びドアの向こうに走りだそうとする。彼女の


目的が何なのか知らないが、ここで素直に言うことを聞くわけにはいかない。


「ダメだ! 危険すぎる!!」


 その時だった。俺の背後にあるドアが勢いよく弾け飛んだ。


「うわぁ!!」


 俺は思わず、少女を庇いながら後ずさる。彼女からとてつもなくいい匂い


がした。思った通り、ドアの向こうにはゴーレムと呼ばれたあの怪物がいた。


「こっちだ!! 早く!!」


 ゴーレムから逃げるために、俺は少女の手を掴んで真っ暗な闇の中へと駆


け出した。


「あ!! 待ってよ!! ダメだったら!! アイテムがっ!! アイテム


がっ!! アイテムー!!」


                   *


 少女の陶磁器のような滑らかな手を握りしめたまま、自分がどこをどう走


ったのか分からない。気が付けば、俺は城のどことも知れない小さな部屋の


中にいた。どす黒い汚れがあちこちに付着した壁には、どういう訳か松明が


灯され、揺れる炎に照らされた異様な光景を俺の視界に伝えて来た。


 縦横それぞれが10メートル前後の狭い部屋の中には、人が四人も座れば


窮屈に感じるほどのテーブルが幾つも転がっていて、その上には腐り果てて


原型のない何かの死体が乗せられていた。肉が見えないほどびっしりと蝿に


集られたその死体からは粘着質の液体が零れ出て、尾を引くようにゆっくり


と床に滴り落ちて、黴だらけの床石の上に真っ黒な水溜まりを作っている。


そのどす黒い水溜まりにも蝿が集り、液体の中には数えきれないほどの蛆が


泳いでいた。その傍には、血糊に錆びた大人の腕ほどもある巨大な包丁が無


造作に落ちている。そして、部屋の隅には変色した肉の塊や骨などが乱雑に


重ねられていた。中には、どう見ても人間の頭蓋骨としか思えないものも混


じっている。自分を見つめる空虚な眼窩に気付いた途端、俺の心臓は早鐘の


ように脈を刻み始めた。


 ここは何だ、と言葉にしようとして、俺は思わず噎せ返る。部屋に充満し


た激しい腐敗臭に、俺の肺が満たされて行く。肺から取り込んだ臭気が血液


に乗って全身に運ばれてしまう。そう思った瞬間、もう我慢できなかった。


「出よう!!」 


 心を揺り動かされた少女の前でワキ毛を引き抜き、精神を落ち着かせるわ


けにはいかない。さすがの俺も、自尊心が勝った。握りしめたままの少女の


手を引き、俺は部屋を後にした。


「何なんだよ、ここは!?」


 石造りの廊下には、硝子の嵌まっていない窓が等間隔に並んでいた。月光


が差し込む窓から澄んだ空気を全身に取り込み、俺はようやくそんな疑問を


口にすることができた。


「何って、廃墟の城に決まってるじゃない」


 全身から冷や汗を流し、肩で息をする俺とは対象的に、少女はひたすら平


然としている。思わず彼女の顔を凝視した俺に、少女は軽い足取りで体の向


きを変え、壁に背を預けた。


「あなた、ここへ来るのは初めて?」


 大海の碧を凝縮した宝石のような瞳が、紅茶に溶ける砂糖のようにふわり


と柔らかく微笑む。咄嗟に頷くと、彼女は納得したようにひとりで頷いた。


「私はもう三年目よ」


「え?」


「あなたと同じ。向こうの世界から飛ばされてきたの」


                   *


「な、な、何じゃこりゃあ!!」


 異口同音に、自称・文学者のイチローと自称・ラノベ作家のハナコが絶叫


した。


「ちょっと、イチロー! 何なのよ、このペラッペラの文章は! これで小


説なんてよく言えたモンだわね!!」


 自称・ラノベ作家のハナコが叫べば、


「お前こそ!! 一人称でグダグダ比喩表現を連発しまくってムダな情景描


写すんじゃねえ!! どんだけ独り言が多いんだよ“俺”は!? おかげで


話がぜんっぜん進まねえし、“俺”の性格も違ってんじゃねえか!」


 自称・文学者のイチローも負けじと応戦する。


「だいたいなあ、描写の肥大は病気だって円城寺まどかさんも言ってるじゃ


ないか! 本当に描写すべきところは説明で済ませて、余計なことばっかり


書いてる! 文章、ダイエットさせろよ!!」


「そういうあんたの文章はダイエットし過ぎで骨しか残ってないじゃないの


よ! こんなスカスカでペラペラな文章を小説だなんて呼ぶんじゃないって


淀川ランプも言ってるでしょう!?」


「……ギャグ・マンガのザコ・キャラと、円城寺まどかさんを比べるんじゃ


ねえ!!」


 ちなみに、淀川ランプとは「GS美X・極楽大X戦」の作中にて「文学は死ん


だー!!」という名絶叫を残し、自爆した悪霊の名である。間違っても江戸


川乱歩ではない。


「だいたい、俺の文章のどこがペラペラだ!? よく見ろ! 最初の一文だ


ってそうだ! 強烈な“かぜ”は風と風邪! つまり熱に浮かされて見た夢


だってオチが匂わせてあるし、ヒロインの“あおい瞳”の“あお”は青と蒼


と碧! 俺の文章はホネはホネでも骨太だー!! 他にも……!」


「やかましい!!」


 自称・文学者イチローの密かなこだわりは、自称・ラノベ作家ハナコの一


喝によって、かぜの前のチリ(紙)と同じになった。だが、ここで引き下が


るならば自称・文学者を名乗ったりはしない。


「円城寺まどかさんも言ってるように、文章っていうのは肥大化させるより


ダイエットさせる方が難しいんだ! ついでに媒体は紙じゃなくてパソコン


かケータイ! つまり、ムダな描写で文字を多くしたら目が疲れる! つま


り、誰も読まない! だから最低限の文字で最大限の効果を……!」


「できてないことを偉そうに言うんじゃない!! 私だってねえ、それなり


にこだわりがあるわよ! 例えば最初の月の描写! なぜ夜なのに“薄藍の


空”って表現してると思うの!? 月がデカくて夜なのに明るいからよ!!」


「んなこたぁ当たり前だろーがよ!!」


「何ですって!?」


 二人はしばし睨みあう。そこへ、都合よくイチローの弟、ジローが帰って


来た。二人の間で、暗黙の了解が交わされる。


「ジロー!! コレ読んでくれ! で、どっちが小説としてマトモか判定し


てくれ!!」


「……分かった」


 自称・文学者イチローと自称・ラノベ作家ハナコの勢いに押され、ジロー


は大人しく小説に目を通す。ジローが読み終わるのを、今か今かと待ち続け


る二人。


「読んだ」


 ジローがパタリとケータイを置いた。


「ねえ、どっちがいい!? どっちの文章がマトモだと思う!?」


「絶対、俺だよな!? だってケータイで読んでんだ! こんなに文字が詰


まってたら読みにくいだろ!?」


 さっそく詰め寄る二人に向かって、ジローは軽い溜め息を落とした。



「ブンショーがどうこうって言うより、話がツマンネ」



 快晴の空に落雷の音が木霊した。立ち去るジローの背中を見つめながら、


イチローとハナコは胸のうちに湧き上がる例えようもない感情も感情を持て


余し、体を小刻みに震わせた挙げ句……。


「ぬわぁあああああぁぁぁぁ!!」


「ぬぎぃぃぃぃぃいいいいい!!」


 絶叫した。


 そしてイチローはとあるハンティング・ゲームの素材ツアーに出向き、


ハナコはワキの処理に精を出し始めた。

ここまで読んでくださって誠にありがとうございます。


イチローとハナコはあくまで「自称」文学者であり「自称」ラノベ作家です。本物の文学者の方々、本物のラノベ作家の方々、どうかお怒りになられませんように(笑)!!


そして、このような駄作に使用されるとは、おそらく夢にも思われなかったであろう円城寺まどか様。ご本人のお名前と文章の一部を引用する許可をくださり、誠にありがとうございました。そして、すみませんでした。講座の内容を曲解してみました(汗)



円城寺まどか様のお書きになられたエッセイは、小説を書いている人であれば一度は読んでおいて損はない逸品です。


ぜひともお目を通しください!! 勉強になります!! 


「円城寺まどかの悪文排斥!」

http://ncode.syosetu.com/n2128s/


また、この作品における文章の解釈や小説についての理念はすべて作者の独断と偏見によるものです。よって、すべての責任は作者にあることを明記させていただきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 拝読させていただきました! 文体の書き分け面白いです。色々な文章が書ける技量が羨ましい……! しかし素のイチローとハナコは何気に似たもの同士なのがまた(笑 >「文章がどうのっていうより、…
2012/01/18 23:04 退会済み
管理
[一言] なかなか面白い試みだと思いました。イチローにもハナコにも、それぞれ共感できます。 純文もラノベも一長一短なんですよね。純文は深いけど読みにくい。ラノベは読みやすいけど、薄っぺらい印象を与え…
2012/01/01 14:17 退会済み
管理
[一言] 初めまして。矢岳さんのお気に入り小説一覧から飛んできた者です。 これはアイデアの勝利ですねぇ。面白かったです。これこそ真のパロディですね(笑 つか、淀川ランプ! 懐かしすぎて死にそうになり…
2011/12/23 15:06 退会済み
管理
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