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子ども以上人未満

作者: 上村忍

「ハッピーバースディ・トゥー・ユゥウウ~」


深夜3時までやっているレストラン。時間は夜の10時を回っている。男は、薄暗いレストランの中、目の前のケーキのろうそくを吹き消した。


「おっ、一回で消せたね。おめでとう!これでようやく公にお酒も飲めるね。って、もう呑んでるか。」


葵はそういって笑った。笑いえくぼが出ている。本人曰く、チャームポイントらしい。

バーバリーの黒のキャミに、バーバリーチェックが縁取られたアンサンブル。胸元には、ブルガリのネックレスが光っている。男がこの間の記念日に買った奴だった。つきあって1周年の記念日にとネットオークションで買った。男にとっては高額の1万2千円。本物か偽物かは関係ない。ブルガリであることが大事だった。来月からはバイトを増やさなくてはならない。


「じゃあ、真一の20歳の誕生日に乾杯!」


チンッ。ビアグラスの音がレストランの中に響いた。

男は、なんだか乾いた音だな、と思った。


「ねぇねぇ、このケーキ、気に入ってくれた?ここのシェフに無理言って作ってもらったんだ。この上のチョコ、これねゴディバなの!すごいでしょ~!」

葵は矢継ぎ早に話を進める。


まだ食べてもいないのに、気に入るクソもあるか、男は思ったが口に出たのは違う言葉だった。


「うん、すごいね!ゴディバって高い奴でしょ?楽しみだな~食べるのがもったいないくらい!」


自分でも嫌になる。なぜ、俺はこうなんだろう?


周りに流される自分の性格がイヤになる。


「でね、そいつが最悪でさ。あったまくるのよね~マジしねって感じなの。」

葵はビールを呑みながら会社のグチを言っている。ケーキは食事の後にしたので、下げてもらった。

キツイ、給料が低い、職場の人間がキモイの葵なりの3kの会社らしい。グチは尽きない。


「それは、辛いね。でも、葵もよくがんばってるよね。」

男は優しい目で励ます。心にも無いことをいいながら。


男は子どもの時からそうだった。人の言われることをそのまま鵜呑みにして、周りの事を気にして平穏に事を進める。進学も恋愛も人に任せっきり。


友人誘いで参加した合コンも、その合コンの帰りに葵に誘われて抜け出したのも、そのままホテルに行ったのも、全て周りに流されてのことだった。


「いや、ごめんね開始が遅くなっちゃって。どうしても仕事抜けれなくてさ。お腹空いたね。ご飯にしよう。」


葵は某お菓子会社に勤めているOLだった。真一よりは5歳も年上になる。つきあって1年2ヶ月ほどになるが、ケンカもなく平穏に過ごしてきたといえる。(葵の方は物足りなく火遊びも多いようだが)


「いいんだよ。誕生日は明日だし。後たった1時間だし。」

男は言った。


「お腹ペコペコ。ここはコース料理で、メインを選べるのよ。魚か肉。ボーイさん、今日のメインは?」


ボーイがすました顔で答える。


「今日は肉料理はイベリコ豚マスタードソースがけ、魚料理はスズキのパイ包み焼きです。」


「うわ~イベリコ豚おいしそう!じゃあ、私は肉メインで。真一は魚でいいよね?」


「うん、いいよ。」

本当は豚が食べたかった。魚はあんまり好きじゃない。


「真一は、いつも私のわがまま聞いてくれるんだね。」

「そうかな?僕はいつも自分のしたいようにしているだけなんだけどな。」

「そうなの?それじゃあ、私たちはやっぱりナイスカップルなんだね。そんな真一に20歳のプレゼントをあげちゃおうかな~」


ハイッ


手のひら大のハコを開けると、そこにはゴツゴツとした髑髏の形のネックレスが入っていた。


「これは?」

「クロムハーツ!高かったんだから~」

葵は嬉しそうに言う。


男はおそるおそるつけてみる。黒ヒモでワイルドな感じのするシルバー。マッチョなタフガイにはピッタリだろう。


いかんせん、男は華奢すぎた。


自分でも似合わないと思いながらつける。


「うわー、似合う似合う!そういうのしてる男ってかっこいいよね~」

葵はご満悦だ。流行り物が好きなギャルっぽい葵だけの着せ替え人形なんだろう。


男は窓ガラスに映った自分の姿を見た。貧相な笑顔に、髑髏が笑っている。


「もっともっとかっこよくなってね。」


葵の声が遠くで響いた。


子どもの頃夢見た20歳。大人のイメージだけがあった。自分で生きている、自立している大人。


窓ガラスの自分は、いったい誰なんだろう?

いったい何がしたいんだろう?


「でも、何もする勇気がないんだろう?」


髑髏が言った。


「だって、何もしなければみんな笑顔なんだ。」


男は言い返す。


「笑顔なら幸せなのか?」


髑髏は言う。


「幸せだよ。」


男は言い返す。


「ならいい。」


髑髏が言う。


「仕方がないんだ。」


男は言い返す。


「20歳ってのは成人、人に成るって書くんだ。」


髑髏が言う。


「…僕は、なんだ?」


男は聞く。


「…」


髑髏は黙る。


「後5分で20歳だよ!」


葵が言った。笑いえくぼが見えた。腹が立った。


「…そうだね。」


男は言った。


「じゃあ、もう一回乾杯しよう。お酒なくなっちゃった。ビールでいいよね?ボーイさん~」





「…いや、ちょっと待って。」


ボーイにピースをして、ビールを2つ頼もうとしていた葵が振り向いた。


「え~ビールでいいじゃん。乾杯って言ったらビールでしょ?」





「…実はあんまりお酒は好きじゃないんだ。ペリエをください。」



「ペリエってお酒じゃないよ。」


「知ってるよ。僕はペリエが好きなんだ。」




僕は、人に成らなくてはならない。


20歳まで後47秒しかないけど。



また明日も一作載せます。


少しでもご感想いただけたらと思います。


本気で書こうと思ってますので、どんな感想も飲み込むつもりです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本音と嘘の葛藤が見えて、面白かった。 [気になる点] 若干暗い。仕方ないだろうけど、あと少し明るめに。 [一言] 男の葛藤が眼に見えて面白かった。 次にも期待します!
2010/10/23 20:27 退会済み
管理
[良い点] 一文一文が短く完結していて読みやすい。 [気になる点] 反抗する前後にもう少し転換の話があると良いなと思います。 [一言] 個人的な好みですが、もっと情景描写があると物語に入り込めました。…
2010/10/22 15:44 退会済み
管理
[一言] また、読ませて頂きました。 流されないで生きることを決める、というシンプルな構成ながら、髑髏のネックレスとの対話という形で結末へ持っていったのは面白いと思います。 また、文章面で気になったこ…
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