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第5話

「……完璧な部下なんか、どこにもいない。

さっきの上司、奥の席から出てきたろう?

岡崎さんの机は窓際の窓口付近。ずいぶん距離があるのに、

“若さゆえに早とちりすることもありますが” とか、細かな話が何も出ない。

あれは不自然だ」

「それ……私のことを言ってません?」

舞はまだ口を尖らせている。吉川はスルーした。

「それに最後の“職員は動揺しているから声をかけるな”も気になる。

本当に隠すことがないなら、あんな釘の刺し方はしない」

「じゃあ……何か隠しているんでしょうか」

「少なくとも、話してほしくないことはあるんだろうな」

「また何度か来ることになりそうですね」

「ああ、そうなるだろう」

吉川と舞は水道局の建物を後にした。

秋の風が吹き抜け、ふたりの背中に少し冷たい気配を残した。

署に戻った吉川と舞は、濱嶋一課長に捜査状況を報告した。

そのタイミングで、扉が開き、本田刑事が息を切らせて入ってくる。

「どうだった?」

問いかけるより早く、本田が答えた。

「後光の宮神社の件、聞き込み結果を報告します。

神社は名目上の主催者ですが、実際の運営は各町内の組長が担っているようです。

参加者の名簿は……ありません」

「やっぱりな」

「え?」

本田が目を丸くすると、吉川は肩をすくめた。

「俺も横浜から戻ったばかりの頃、この祭りに参加させられた。

知り合いに半ば強引に、だ。

だから“分かる範囲でいい”と言ったんだ。最初から全部は揃わないと思っていた」

「なるほど……。

それでも、一応、把握できる範囲の町内名簿は集めてきました」

「ご苦労、ぽんちゃん」

吉川は軽く本田の頭をぽんぽんと叩いた。

「よし。この名簿に載っている人物から順に当たろう」

濱嶋一課長が頷く。

「別の班は、引き続き目撃者と町内会関係者への聞き込みを続けてくれ。

観光客の情報や防犯カメラも洗い直す」

「お願いします。スマートフォンの写真も、可能な限り集めてください」

それから一週間。

町内名簿に載る人物への聞き取りは、粘り強く続けられた。

だが――成果は乏しかった。

「名簿の中には、特に怪しい人物はいませんね」

舞が資料をめくりながら言う。

「分かったことといえば……

被害者の岡崎さんが、五年前、二十歳の頃からこの祭りに参加していたこと。

それと、いつも一緒に参加していた二人が、隣の区から来ていたことくらいです」

「その二人は?」

「最後の御輿担ぎには参加していません。

休憩して、町内の人たちと談笑していたという証言があります」

吉川は頭をかいた。

「難儀だな……防犯カメラは?」

別班の刑事が数枚の写真を差し出した。

「暗くて、人物の特定は無理です。

観光客も最終日だったので、すでに京都を離れている者がほとんどで……」

本田も続ける。

「現場でスマートフォンを見せてもらうのが精一杯でした。

肝心な瞬間は写っていません。ただ、何か写っている写真があれば連絡をもらうよう伝えてい

ます」

吉川は椅子にもたれ、天井を仰いだ。

「……八方塞がり、か」

一度、北条水道局へも再度足を運んだ。

だが返ってくるのは、

「よく分かりません」

「特に心当たりはありません」

その繰り返しだった。

捜査は、確実に足踏みしていた。

そんな空気を破ったのは、舞だった。

「先輩。もう一度、事件の場所に行ってみましょう」

「……現場か?」

「はい。現場百回って言うじゃないですか」

舞は、にたっと笑った。

「やっぱり、それが目当てだったか」

後光の宮神社近くのカフェ。

舞はスタバのカウンターで、コーヒーを美味しそうに飲んでいた。

吉川はガラス越しに見える鳥居を眺めながら、思考を巡らせる。

――あの雑踏の中で、確実に殺害を成し遂げた。

それができる人間だ。

岡崎和也を狙ったのか。

それとも無差別か。

だが、無差別なら社会への不満や怨嗟が動機になる。

それを“祭りの場”で行うのは、どうにも不自然だ。

考えが一つの輪郭を持ちかけた、そのときだった。

吉川の携帯が、静かに震えた。

――バイブ音が、次の扉を告げていた。

吉川は携帯電話に出た。

「……吉川です」

相手は本田刑事だった。

『本田です。先輩、観光客から何枚か写真データをもらいました。その中に――

犯人と思われる人物が、被害者の岡崎さんにペットボトルを渡している場面が写っています』

「本当か?」

『はい。その直後、岡崎さんが倒れている写真もあります。前後のカットも含めて、すぐメール

で送ります』

「わかった。ありがとう」

通話を切った直後、携帯が短く震えた。

メールに添付された画像を、吉川と舞は食い入るように見つめる。

一枚目。

法被姿の男が、岡崎和也にペットボトルを差し出している。

二枚目。

受け取った直後、岡崎が崩れるように倒れている。

「……間違いないですね」

舞が小さく息を呑んだ。

「顔も、はっきり写っている」

吉川は言った。

「これなら、特定できる」

二人は携帯に画像を表示したまま、近隣の町内会を回った。

「ほら。やっぱり現場に戻ってきて正解でしたね?」

「まあ……コーヒー一杯分の価値はあったかな」

「えへん」

舞は少し誇らしげだった。

最初に訪ねた町内会長の家。

ちょうど年寄会の集まりが開かれており、数人の男たちが写真を覗き込んだ。

「……これ、直樹やないか?」

「間違いないな」

全員が口を揃える。

だが、次の言葉も同じだった。

「直樹が犯人? そんなわけあるかいな」

「子供の頃から二十年、御輿担いどるんやぞ」

「酒屋の倅で、働きもんや」

「つい最近、子供も生まれたばっかりやのに」

「それに水道局の人間が死んだんやろ? 関係ないやろ」

吉川は静かに言った。

「……一応、この木下直樹さんのご自宅、教えてもらえますか」

直樹の住まいは、すぐ近くのマンションだった。

「評判、かなりいいですね」

舞が歩きながら言う。

「水道局とは、えらい違いです」

「ああ……どっちが被害者で、どっちが加害者なのか」

吉川は呟いた。

インターホンを鳴らすと、三十歳前後の女性が顔を出した。

部屋は整っており、赤ん坊の気配がする。

吉川が警察手帳を示すと、女性は驚きながらも中へ通した。

やがて現れた木下直樹は、携帯の写真を一目見て言った。

「……これは、僕ですね。たぶん」

あまりにもあっさりとした認め方だった。

二枚目の写真を見せる。

「この後、あなたが渡したペットボトルの水を飲んで、この方は亡くなりました」

「……え?」

直樹は眉を寄せた。

「もう一度、一枚目を見せてもらえますか」

その瞬間、吉川は理解した。

――この男は、犯人ではない。

「確かに、僕が渡していますね……

でも、それじゃ……僕が渡したペットボトルに毒が入っていたってことですか?」

「はい」

直樹は、必死に記憶を辿るように話し始めた。

「あの時、人が倒れたのは見ました。息もしていなくて……

誰かが脈もないって言ってました。

僕、人工呼吸器を駅に取りに走ったんです。それは警察の人にも話しました」

言葉に迷いがない。

視線も、逃げない。

そして、ふと声を上げた。

「あっ……思い出しました。

僕にペットボトルを渡した人がいたんです。

『その人に飲ませてあげて』って」

「その人、法被は着ていましたか?」

「はい。でも……見たことない人でした」

直樹は深く頭を下げた。

「刑事さん、僕はただ……渡されたものを、そのまま渡しただけです」

「分かりました」

その間、舞は不安そうな奥さんと話し、赤ん坊をあやしていた。

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