【15】春が来て
――――私は18歳を迎えた。
いつものように半冬眠のアデンと蜜のような冬を越え、本当の蜜の月が来たことを知ったのは麗らかな春を迎えてからだ。
「ううん……身体がぽかぽかする」
ふわりと瞼を開けたアデンが眠たそうに眼をこする。
「春だからかな。暖かくなってきたもんね」
「それもあると思うんだが……これはどう思う?ツィー」
アデンはいつものように迎えに来たツィーに問う。
「そうだねえ……18歳になってからの春ってのもあるし……本当の春?」
本当の春とはどういう意味なのだろう。しかも私を迎えに来たアリーチェや侍女たちまで色めきだっているのは何故?
「早速ご準備を」
「リーシャさまが今日のために用意してくださったあれが」
「ついにお披露目ですのね!?」
一体何のこと!?そしてリーシャは何を用意してくれたのだろうか?
「はい、こちらを」
アリーチェが掲げてきたものは……やけに薄い肌着のようなものなのだが……?
「その……それを着るのか」
アデンがそっと視線を逸らす。
「ええとっ、その、そう言うわけじゃ」
好みじゃなかったってこと?
「ハトゥナちゃん。愛しの番がそんな格好して嬉しくない獣人なんていないからね」
「ツィーまで……!?」
「さあさあ準備ですわ!」
「磨くわよ!」
「楽しみねえ」
「ちょ、まだ朝よ!?」
早速引っ張っていこうとするアリーチェたちに驚いて叫ぶ。
「関係ありませんわ」
「だってアデンさまのめでたい初の発情期ですもの!」
「は……発情期!?」
獣人の侍女たちはしっかりと分かっていたようだ。
「……あ、ああ。獣人にはよくあることだ。繁殖できる年齢が来たら発情期と言う本能に目覚める」
アデンが照れたように告げる。
「その……どうなっちゃうの?」
「今日から5日ほど、余程のことがなければ蜜の月だ。王太子の公務も休みだな」
18歳になった秋に正式に王太子の冠を賜ったアデン。私も同時に王太子妃となった。しかしながら2人での休暇がこんなにも早く来るとは。しかも発情期だなんて。
「さて、あまりアデンさまを待たせてはたまってしまいますわ」
たまるって何が……しかし侍女たちに連れていかれ、お風呂からエステまで一通りのコースを受ければリーシャからのお祝いと言う薄い肌着を着せられる。
「その……変じゃない?」
「何を言ってますの?ハトゥ。肌もすべすべ、髪ざわりだってこーんなに」
アリーチェが優しく髪をすいてくれる。
「今日まで頑張って女子力を磨いた成果ですわ」
「そ……それはっ」
すぐ近くに目標がいたとはいえ……。
「近付けたかしら」
「そりゃぁもう。私からも及第点……いいえそれ以上。今のハトゥは最高にかわいいわ」
「……アリーチェ」
思えば自信を失わずに頑張れたのはアリーチェが励まし続けてくれたからかもしれない。
「アリーチェ。今も昔も、これからも。私の憧れで、世界一大切な親友だからね」
「あら、私にとってもよ。世界一大切で自慢のハトゥよ」
「うん!」
緊張の糸もいつしか自信に変わっていく。まだ分からないことだらけだけど。
「発情期ってどうすればいいのかしら」
獣人の侍女たちに問えばにこやかな微笑みが生まれる。
「そう言うのは殿方に委ねるのですわ」
「何たってアデンさまですもの」
「華麗にリードしてくれるに決まってますわ」
その……つまりここから先はアデンに任せればいいってこと?
「私、頑張るわ!」
気合い充分、お針子たるもの気合いが大事。
「肩の力は抜きましょうね」
「えっ」
年上の侍女にそう告げられ、そう言うものでもないのかもと思いつつもここから先は未知の領域。
いいえ、大丈夫よ。ハトゥナ。
寝室に戻れば、寝室内もベッドメイクが済んでおり、ベッド以外でも寛げるソファーや小物などが揃っており、軽食や果物、飲み物も用意されているようだ。
「これは……?」
「蜜月を快適に過ごすため……らしい。ほかの区画担当の侍女たちまで来て用意していった」
現れたアデンも薄い肌着を纏った装いだ。
「必要たものがあるならアリーチェたちもすぐに用意してくれる。今必要なものはあるか?」
「そうね……敢えて言うのなら発情期の過ごし方の知識かしら」
「それならこれから手取り足取り教えてやれる。あ、俺の場合は蛇体だが」
クスッと微笑むアデンにどうしてかドキリとする。見慣れている顔のはずが何故かいつもより妖艶に映る。これも発情期効果なのかしら。
「朝飯はまだだろう?何か摘まむといい」
「そ……そうね」
せっかく用意してくれたのだから。ベリーをひとつまみすれば、その手をアデンが掴み自分の口に運ぶ。
「へぁっ!?」
「ん……甘酸っぱくてなかなかいいな。ほら、ハトゥナも」
そう言うとアデンがベリー摘まみ私の口に持ってくる。
「あーんしてごらん」
「う……うん」
ぱくっと口に含めば……新鮮で美味しい。
「ん……甘酸っぱい。ほかの味も気になるわね」
「それじゃぁ……」
アデンが摘まんでまた口まで運んでくれる。
「そう言うスタイルなの?」
「番を餌付けしたいのは獣人の本能だぞ?」
「みたいね」
ぱくっとひとくち。これは酸味の方が強いがシュワシュワと炭酸のように弾けていいバランスになっている。
「でもね、不思議なの」
「どうした?」
私もベリーをアデンの口に運ぶ。すると私の手を掴んでそのまま指にしゃぶりつくように口に含んでくる。
「私も何だか……好き、かも」
餌付けにしてはアデンが妖艶すぎてついドギマギしてしまうのだけど。
「ふふっ、お揃いじゃないか。いいと思うぞ」
「そうねえ……お揃いか」
「どうした?」
「ね、もう一度やってみて」
「これか?あーん」
アデンが差し出してくるベリー。意を決してその手を両手で包むと自身の元へと引き寄せる。
「その……あーむっ」
アデンの真似をしてベリーを口に含む。
「お……お揃いにしてみたのだけど」
ダメ……だったろうか?アデンが固まっている。ゆっくりとアデンの掌を解放すれば、アデンの指が再びベリーに伸びる。
「アデン?」
「今の……いいな。もう一回」
「ええっ!?」
目が真剣すぎる。
「その……恥ずかしいわ」
「そんなところもいいな」
「うう~~っ」
甘い蜜の波に呑まれて、どうしようもない。
「もう一回だけだからね?」
「ふふっ。なら脳裏に焼き付けないとな」
「そこまで!?」
「ハトゥナは自分がどれだけかわいいことをしているのか自覚がなさすぎる」
「その~~……」
「そこもいいんだがな」
「へぁっ!?」
「だから、ほら」
「……うん」
再びアデンの手を引き寄せ、ベリーを口に含む。今度のはとびっきり甘い蜜の味が口の中を満たしていく。
そしてそれはさらに甘い蜜を重ねて、ふわりとアデンの腕にそのまま身を委ねる。
「アデン?」
「ほら、おいで」
優しくベッドの上に下ろされれば、火照る頬に優しくアデンの掌が触れる。その瞬間、この高揚は自分だけではないことを知る。
「ハトゥナ、愛してる」
頭上から降り注ぐ優しい笑みがすうっと火照る身体に透き通るように馴染んでいく。
「……私だって、アデンを……愛してるわ」
そんな感情をスッと後押ししてくれるように。優しく、温かく、光が満ちていく。
「ハトゥナ、これから5日。愛し合おうな」
「愛し合うって……その、どうすれば」
アデンに身を委ねればいい……のよね。
「こうするんだ」
蛇の尾がするりと身体を包み込み、アデンがベリー以上に甘い蜜の雨を降らせる。
「アデン……そのっ」
「うん?」
「すっごく、好き……だと思って」
「ふふっ、俺もだよ。好きだよ。好きすぎてどうなってしまうだろう?」
「その……」
「でも、優しくするから」
その掌のように、優しく、蕩けるような愛に包まれていく。
「愛しいな。愛しい、愛しい俺の番」
注がれる蜜の全てが、言葉や身体に伝わる熱の全てがこの上ない幸福感を運んでくる。
私はアデンと出会って、結ばれて。ずっとずっと憧れていた、願っていた腕の中にいる。
ハトゥナとして。
ハトゥナ・ルアとして。
これからもアデンと生きていく。
【完】




