【14】私の番
――――その日のお祈りではルアの神官長から呼ばれとある部屋に通された。一緒にお祈りに来たアデンも一緒である。
「通信機のある部屋だな?神官長」
「ええ、アデンさま。ハトゥナさまに通信が来ておりまして」
私に……?誰からだろう。王宮はともかく神殿の通信機を使うのは初めてだ。早速アクセスすれば、通信画面に映ったのは……。
『お元気そうですね、ハトゥナ』
「はい!ローウェン神官長さま!」
『こうして神殿の通信機を使うのは初めてでしたか?』
「ええ。お掃除はしたことがあったんですが……当時は通信する相手もいませんでしたから」
『でも今は多くの人脈ができたでしょう?交流した聖女仲間とやり取りするのもいいかもしれません』
「そう言えば……またお会いできるでしょうか」
『ええ。また会合もありますからね。ほかには神殿同士のやり取りもある。ハトゥナが見知った仲と聞けばこちらの神官長も声をかけてくれるでしょう』
「いや、アンタが声をかけそうだがな」
アデンがくすりと笑む。
『おや、私は面倒見がいい方でしょう?知っているでしょうに』
「いやその……まぁ、世話になったな」
それは天災の時の話だろうか。やはり神官長さまが同じ神子としてアドバイスしてくれたのだろうか。
『最近は番と一緒になって随分と大人びましたね』
「そりゃぁなぁ?俺だって子どものままじゃいられない」
『ええ。良い表情をしています』
神官長さまが朗らかに笑う。しかしその時、神官長さまの表情が曇る。
『通信機は王宮にもあるはずですね』
「ええ。ソーレで外交を任されていた時に各城にあることを聞きました」
『そうです。もしかしたら通信が届いているかも』
「その、それはどうやって……」
いつも知っているのだろう。
『我が国出身の聖女の危機かもしれない。それなら神殿にも一報が届きますよ。ここもあなたの実家のひとつですからね』
そうだ……私もそこで暮らして、みんなが家族のように接してくれたから。
「それじゃぁ神官長さま」
『ええ。また落ち着いた時にご連絡しますね』
そのタイミングも把握しそうなのだが。
「はい、また」
神官長さまにお礼を言って、アデンと共に王宮へ戻れば早速近衛騎士がツィーに急いで何かを伝え、ツィーが報せに来る。
「ハトゥナちゃんに急ぎの通信だ」
「誰から?」
「ソーレ王国のヴィクトル王太子からだ」
「お兄さまから!?」
しかも急ぎとは一体……?
早速外交庁へ向かい通信機にアクセスする。
『ハトゥナ、急で済まない。しかし悪い報せだ。アナスタシアがまた脱走した』
「そんな……っ、どうやって!?」
『アナスタシアは心神喪失を装い修道院の治療院に入院していたそうだ』
「心神喪失?そんなことになるような性格にも思えないけど」
『そう。信じられない話だろう?しかし現地の医師もそう診断したのだそうだ』
「だとしたら……」
『相当な役者だな。そして隙を見て姿を消した。現在捜索中だが王都からひとをやるにも時間がかかる。現在は現地の領主騎士団に協力してもらっている状況だ』
確か辺境にあるのよね。それも無理はないかも。
『まさか国境を越えるとは思えんが、念のため伝えておこうと思ってな』
「うん、報せてくれてありがとう、お兄さま」
「もしもの時があったとしても……俺がついている」
「うん、アデン」
さらに城内が騒がしくなったのが分かる。
「ハトゥ、大変よ!」
リーシャとアリーチェまで息せききってやって来る。
「何があったの!?」
「だいぶ痩せているけど……アナスタシアだわ」
アリーチェがジッと私を見据える。
「……どうして」
「あまり言いたくはないですが人間の男も一緒のようで……」
「誑かしたってこと?」
「得意でしたもの。貴族の子息相手にも」
アリーチェが言うのならそうだったのだろう。
「そのアナスタシアが……」
「城門前で騒ぎを起こしているそうよ」
リーシャが教えてくれる。
「どうする?問答無用で叩き出すこともできるよ」
ツィーもリーシャのためにやる気満々なようだ。
「……話せるかしら」
「取り押さえてはいるけど、ハトゥナちゃんが望むのなら」
「ええ。会ってみる」
「俺も行くぞ、一緒に」
「ええ。アデンが一緒なら心強いわ!」
逃げたり隠れたりはしたくない。私はもう影武者にはならないから!
早速城門に向かえば、縄で縛られ座らされているアナスタシアと柄の悪そうな人間の男たちがいる。周りは屈強な獣人の騎士たちが見張っているようだ。
「アナスタシア」
手入れの行き届いていた髪はボロボロで肌もやつれているが、確かに彼女はアナスタシアだ。
「ハトゥナあぁぁっ」
アナスタシアは私の顔を見るなり激昂する。
「私、あなたにそうまで怨まれる覚えはないのだけど」
どうして越境までして私に怒りを向けてくるの?今や宝石やドレス、贅沢な暮らしよりも私への憎しみが膨らんでいるように思えるのだ。
「白々しい!アンタは影武者のくせに私を差し置いて王子妃になんてなって、贅沢な暮らしをしてるじゃない!」
いや……未だ贅沢な暮らしにはすがり付きたいのか。
「私はあなたの影武者じゃない。そう伝えたはずよ」
「でもそうだったじゃない!影武者をやめるなんて私は許可してない!」
「あなたにそんな権利なんてないわ。影武者の立場は私を守るためにお父さまとお兄さまが一計を巡らしてくださったのよ。あなたたちはそれに踊らされていただけ」
「は……?」
「本質を何も見抜いてなかったのよ」
「お父さまとお兄さまは私のっ」
アナスタシアが言葉を詰まらせる。
「私のお父さまとお兄さまよ」
私を守ってくれた自慢のお父さまとお兄さまだ。
「私から王女と言う立場も妃の座も奪って……お父さまとお兄さままで奪う気ィッ!?」
「奪ってきたのはあなたの方でしょ!?いい加減自分のしたことを自覚なさい!」
「ひ……っ」
アナスタシアが怯む。
「そう言うことだ。この悪女に荷担するのならお前たちは死罪とする。他ならぬ我が妃を狙った仇敵についたのだからな?」
そしてそこでアデンが捕らえられた男たちを睨み付ける。
「ひぃっ!?」
「まさか……ここまでの悪女だったなんて……むしろそっちの嬢ちゃんの方が聖女みたいじゃないか」
いや、本物の聖女なのだけど。
「お前たち、裏切る気!?」
「裏切るも何も、お前が騙した女に一泡吹かせるだの何だの……」
「蛇王子の妃に喧嘩売るなんて知らねえよ!知らねえのか?辺境じゃぁ蛇は幸運の象徴なんだよ!」
『どうかお許しを!』
男たちがアデンに平伏する。
「ふむ。いいだろう。辺境でも引き続き蛇を大事にせよ」
『はい!』
男たちは解放され辺境に逃げ帰っていく。
「ちょっと、私は!?助けなさいよ!」
「何故?お前は蛇王子に喧嘩を売った愚かな女。我が妃を苦しめた女。誰も貴様を助けない」
「この……蛇の化け物が!」
「それでも神に選ばれた神子だ。それを化け物と言うのならお前は神にあだなす本当の化け物……いいやそれ以下だ」
「そんな……っ」
自分が正義と思っていたアナスタシアの全てが周囲に認められず打ち捨てられていく。
「アデンは私の自慢の番。あなたが何を言おうと変わらない。私は影武者には戻らない。あなたは決してかなわない」
「あなた……本当にハトゥナなの……?」
「そうよ。私はハトゥナ。あなたが見ようともしなかった本当のハトゥナよ」
今まで影武者としか見なかったアナスタシアはようやっと現実を見る目を取り戻したのか。幻想の中のお姫さまから現実に戻ってきたのか。
今度こそ心神喪失の勢いで茫然自失とするアナスタシアは王宮の牢へぶちこまれ、ソーレからの迎えが来てからは厳重に拘束されて幽閉塔にぶちこまれたと言う。
牢に鎖つきで閉じ込められ、心神喪失であろうとも茫然自失状態であろうとも入院は認められず鎖に繋がれながらやがて精神を病み、ある日突然事切れたそうだが……真実は闇の中と言われている。




