【13】蛇王子の悩み
――――寒い冬が明け、寒がりなアデンはのびのびと太陽の光に伸びをする。
「ん……いい陽気だ」
そう満足げながらも……。
「2本脚?」
で寝ていたようだ。寝る時は圧倒的に蛇体なのだが、珍しい。
「それはそのっ」
「何か隠してる?」
しかも2本脚の時はゆったりとしたズボンを穿いているのだが、今は蛇体の時に身に付ける長衣であり、それに2本脚を隠している。
「おや……アデンもかわいいところがあるねえ」
「やめろ、ツィー」
ツィーが持ってきたズボンを手に取りさくっと穿けば、アデンは何事もなかったかのように立ち上がる。
「番を得た獣人のある種の悩みだよ。換毛、落角、それから……脱」
「こら、言うな!」
だつ……脱?
そうだ、蛇獣人と言えばだ。
「脱皮!?」
「うぐ……っ」
「その、見られたくないものなの?」
「その……皮が浮いててぶよぶよしてるんだ……」
「蛇体で生活した方が抜けやすくなるけど」
とツィー。
「ならそうした方がいいんじゃ……」
「絶対格好悪いだろ」
「そんなことないって!アデンはいつも格好いいよ」
「……っ」
アデンが嬉しそうに頬を染める。
「幻滅しないか?」
「しないわよ」
「なら……その」
アデンはズボンを脱ぐと蛇体に変わる。
確かに鱗の所々が柔らかそうに浮いているのが分かる。
「触ったら痛い?」
「いや、むしろ皮が浮いている部分は鱗から離れているから下の鱗と擦れてちょっとこしょばいくらいだ」
「そっか、痛くなくてよかった」
「……ハトゥナはそれを心配してくれたのか」
「当然でしょ?」
「やっぱり大好きだ。ハトゥナ」
アデンがふわりと抱き締めてくる。
「私も大好きよ、アデン」
「その言葉への偽りがないことも分かる」
アデンが安心したように抱擁を緩めて微笑む。
「少し触ってみるか?」
「いいの?こしょばいんじゃ……」
「いや、むしろ痒いところに手が届いたみたいで心地よい」
そうなのか。
「それじゃぁ……その、触るね」
「ああ」
ドキドキしながら手を伸ばせば、いつもの艶々な調子よりもだいぶカサカサしている。
「俺たち蛇獣人は春、夏、秋に脱皮するんだ」
「さすがに冬は半冬眠だから脱皮がないのね」
「そう。そして春は冬の間の分も脱皮するから殻もちょっと厚い」
「コレクションしてもいいよ。蛇獣人の親は子蛇の脱皮からを御守りに取っておくから」
ツィーが豆知識を教えてくれる。
「陛下と王妃さまももちろんアデンや双子の脱皮殻を保存しているとか」
「こら、子どもの時の話だろ?もう大人なんだから」
「そっか……ごめんね?」
「ハトゥナ!?何でそんながっかり……まさか欲しかったのか?」
「その……どう御守りにするのか気になって……できれば持ちたいなと思ったけど……ダメだよね」
「そ……そんなことはない!」
「そうなの?」
「その、脱皮したらいくらか質のいい部分を……やる。御守り袋の作り方ならお針子たちの中に知っているものがいるはずだから」
「わぁ……ありがとう!アデン!それじゃぁ私は御守り袋を作っておくから!」
「ああ、いいぞ。それに蛇獣人の脱皮殻にはご利益もあるんだ」
「ご利益?」
「金属に関する運が上がると言われている。もちろん財運もだが……」
「もしかして……針?」
「ああ!あ……でも」
「うん?」
「母上はそれでも裁縫下手か」
ああ……それはお義母さまがお義父さまに刺繍を入れた腹巻きを作った時に号泣して喜んだと言うエピソードか。
「でもま、上がっている運もあるはずだ。き……きっと」
「ジュエリーのお手入れはお上手よ。大切な思い入れの品はお義母さまご自身が磨いているのですって」
「ならそこに運が発揮されたのかもな」
「それじゃぁ私は針で発揮するわ」
「ああ。そうだ……その」
「ん?」
「王族もルアの繁栄のために脱皮殻の御守りを持つことがあるのだが……」
もじもじするアデンはいつもとのギャップを感じさせるように嬉しそうだ。
「もちろん。お揃いのにしましょ。いわゆるペアルックってやつかしら」
「それはいい。まさにラブラブと言う感じだ。もちろん俺はいつまでもハトゥナとラブラフでいる予定だ」
「あら……私もよ!」
「嬉しいな」
「ええ!」
何だか照れてしまいながらもアデンとの幸せな日々が嬉しくて。
今日も花嫁修行を終えればお針子の作業場に顔を出す。
「まあ、お揃いの御守り!いいわね」
「でしょう?リーシャ。それでね、作り方を習おうと思ったのよ」
そう言えばベテランのお針子たちが手を上げる。
「王妃さまの分は私たちが仕上げたの」
「お揃いの御守りなんてすてきだわ」
「まずは図案ね!」
早速心強い味方を得られたようである。
そうして日々忙しくも充実して過ごしていたある日。
「ハトゥ、いよいよなようよ」
「アリーチェ!?それってもしかして……」
「ええ。侍従たちから情報があったの」
アリーチェったら侍従たちとまで……いやソーレの神殿でも聖騎士たちとも仲良しで社交的だったからなあ。よい侍女並びに素晴らしい親友だ。
そわそわしながらベッドで待っていれば、こそっと扉を開いてアデンが顔を見せる。
「その、アデン」
「ああ、見てくれ」
部屋に入ってきたアデンの蛇体は艶々に青く輝いている。
「そろそろと思ってな。脱浴槽にぬるま湯を入れてもらって……その、脱皮したんだ」
脱皮にもいろいろと必要な準備があるのね。
「じゃぁ脱皮殻は……」
「乾かしてる。でもその……御守りは」
「うん!バッチリよ!」
「そうか……!それじゃぁ明日、入れような」
「うん!」
因みに脱皮したての艶々な鱗は思った以上に心地よく、頬を当ててみればひんやりと気持ちいい。
「その、ハトゥナ」
「ん?」
「いや……その」
そう言いながらそっとしっぽを絡めてきたアデンに、改めてかわいいと思ってしまった。
――――そうして、翌日。
アデンが乾いた脱皮殻の欠片を持ってきてくれてそれを2人で御守り袋に納める。
「青い鱗を意識した刺繍か」
「うん。アデンの子どもの頃の御守りも青い鱗をモチーフにして作ったんですって。だから今回はそれと……私の銀も込めて」
「ああ、銀糸が美しいな」
2人の色を込めて作ったお揃いの御守り。
「ふふっ。何だか嬉しいかも」
「俺もだ。お揃いのものを持つのもいいな。離ればなれの公務の間も寂しくない」
「寂しかったの?」
「当然。だがこの国の王子としての責務もある。18歳になったら正式に王太子になるんだ」
内定はしているとはいえ、子孫を残せる18歳まで待つのはルアの伝統らしい。
「我慢もまた国を預かる試練だからな。だがこれでまだまだ頑張れる」
「うん、私もよ」
「じゃぁハトゥナも寂しいと思ってくれていたのか?」
「その……そうね。ついつい恋しくなっちゃうかも」
ずっとずっと会いたかったひとと今は番として幸せになれたんだもの。
「今からでも冬ごもりが待ち遠しい」
「春になったばかりなのに」
「でもハトゥナと長くいられる」
「もう、アデンったら」
それでも真面目に王子をやるところは変わらないのだが。
「少し時間があるから庭でも歩くか」
「いいわね」
春を迎えた庭には緑や木々の蕾が見え隠れしている。
「そう言えば余った脱皮殻はどうなるの?」
少しだけもらったけど、蛇体の長さからしてもっとあるわよね。
「ああ。粉にして王城の土地に蒔くんだ。金の種を招けるように」
「招けるように?あ……優秀な人材ってこと?」
「そ。ルアでは金の卵ならぬ種って言うんだ」
「国によってもいろんな考え方があるわね。私もまだまだ知らないことがたくさんあるわ」
「これからたくさん知っていこう。初夏に向けて視察の公務もあるんだ。だから、一緒にな」
「うん……!」
これからもどんなルアを見れるのか楽しみだ。




