伝説の存在(1)
「どう? 様子は」
「嬢ちゃんか」
そこは地下牢。壁に寄りかかり、青年の様子を監視していた男、ルーカスはそう口にする。
「ずっと眠ったままだ」
その言葉に、そっかと反応すると、柚葉は? と香花はルーカスに訊ねる。
「柚葉なら、アレをつけておけって言ったきり、なんの説明もなくいなくなったぞ」
ルーカスの指先の方に視線を向ける香花。青年の手首に、黒い紐が結ばれていた。
「柚葉お手製の魔法具だね」
「知ってるのか、嬢ちゃん」
その問いに、アレはたぶん、魔法の力を封じるモノかな、と香花は話す。そう口にすると、香花は魔導の力で青年を繋いでいた鎖を外す。
「嬢ちゃんの判断なら良いけどな。良いのか?」
それは、青年の身体を自由の身にしていいのか? という問い。それに対して香花は答える。
「傍にいる……お母さんかな。とても辛そうな顔をしてるから」
「嬢ちゃんらしいな」
ルーカスは口にした。
香花の眼には、死した魂が映っていた。黒髪の女性。綺麗な顔をした、若い女性の霊。香花は、ずっと辛そうな顔で青年の傍にいる女性を気にしていた。
「その母親? と対話をするのか?」
ルーカスの言葉に、香花は首をふった。
「それは最終手段、かな。まずは、この子の話をききたい」
「……嬢ちゃんの判断に従うが、話によると一線を超えてるらしいよな」
「――そうだね」
香花は肯定する。そして、自分の目で見た事実を、ルーカスに告げる。
「この子……人を燃やしてた」
「…………」
「……感じたのは、とてつもない怒りの感情。憎しみにも近いモノ」
「――そうだとしても、一線を超えるのも、その残虐な手口も赦されていいものじゃない」
ルーカスは、そう淡々と言葉を放った。
「――そうだね。報告にあがったこの子の手口は、移住前の時代にも似通ってるモノ」
「――オレは、嬢ちゃんと柚葉と違って、その時代は話に聞いたくらいだが……」
香花の言葉に、ルーカスはそう口にした。香花も柚葉も、激動の時代を体験した者だった。
それは、伝説として語られている時代。数千年単位のはるか昔。あらゆる種族が、同じ空間内で生きていた頃。強大な力を持った聖族と魔族、そして聖族に守護されていた人間を中心にし、あらゆる種族が暮らしていたとされる。
互いに不可侵の領土であった聖界、魔界、人界。伝説上では、魔王オースティンが魔族の軍を人間を征服するべく人界に送り込んだ。それが長い争いのきっかけとされている。
それは全種族を巻き込んでの戦争になった。それを〈種族戦〉と呼ぶ。
人間は、長い防衛の末に争いに疲れ、そして逃れたいと思った。結果として、人間は故郷である世界を捨てる決断をし、もう1つの重なる世界へと旅立ったのである。
それを行った存在を、光に、つまりは神に愛された子として〈光の御子〉と人々は呼んだ。その者の名は『聖花』。初代〈光の御子〉にして、香花の前任であった。
『聖花』の記憶を持ち、香花は〈光の御子〉の名を背負う。人間を守護する存在として、世界を見守り続けている。柚葉はそんな香花と、そして聖花の友人だ。魔導の鬼才と呼ばれた過去を乗り越え、古今東西の魔導の鬼才として柚葉は生き続けている。その身体の時さえ止めて。




