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1:光

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湯気を噴き出すポットから、ゆっくりと熱湯を注いでいく。こぽこぽと気泡が上がって、茶葉は軽快に踊りだした。そうして少しずつ甘い匂いが部屋を満たし始め、やがてそれは黄金色に染まっていく。私は満足気にティーカップを取り出すと、出来たての紅茶とパンケーキをそれぞれ見遣った。


「うふ、何とも美味しそうだなぁ。」


堪らず声が洩れる。


だって。

ふわふわのパンケーキにハチミツ、更にはたっぷりの生クリームだよ?トッピングは苺とオレンジ。アールグレイの紅茶は早く飲んでよー!!って輝いている。


「さあ君達、すぐに美味しく食べてあげましょうね。」


忙しげにそれらを盆に乗せ、裏庭へのドアを背中で押し開く。


その先に広がるのは、一面の緑だ。

生い茂る豊かな木々、数多の花々が風に揺れ、楽しげな鳥達の囀りが聞こえてくる。手入れされたイングリッシュガーデン。ここまでするのに結構な時間がかかったけど・・・・これは私の自慢の一つでもある。晴れ渡る空。降り注ぐ日差し。目に映るものすべてが眩しく輝いて、思わず目を細めてしまう。


「絶好のティータイム日和よね。」


だらしなく頬が緩むのを隠しもせず、私は庭の真ん中に置かれたテーブルに盆を置いた。エプロンのポケットから花柄のクロスを取り出し、ふわりと宙で広げる。クロスは柔らかな風をはらんで、パタパタと音を立ててはためいた。テーブルに敷いて椅子に腰かけ、いつものように両手を合わせる。


「では、いっただっきまーす」


右手にナイフ、左手にはフォーク。よいしょよいしょと前後に動かして、一口サイズにパンケーキを切る。もちろん忘れずにたっぷりとクリームも添えた。滴るハチミツが陽光を集めていく。


ああ、神様・・・・・・至福の時間をありがとうございます。


無意識にごくっと喉が鳴る。たっぷり口を開けて、パンケーキが近付く。

大きく一口。もぐもぐもぐもぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・ごっくん。


「美味いっ!!」


冗談じゃなく涙目、頬に手を添えてうっとり気分。やっぱ最高です、ていうか私って天才?こんな美味しいパンケーキ、絶対誰にも作れないでしょ。ぱくぱく、むしゃむしゃと咀嚼して、紅茶も堪能する。


あぁ・・幸せ。


今、断言できる。きっとこんな時間を過ごす為に、私は自分の心臓を働かせているのだと。ドクドクと脈打つ私の心臓は、甘いものを摂取しないと機能停止するね、間違いなく。鼻息も荒く貪って、1枚2枚とパンケーキがお腹の中へと納まっていく。口の端に付いたシロップも、最後にペロリと舐めた。


「はあ、ご馳走さまでした。」


恭しくお辞儀。ひとしきり味わった紅茶を盆に戻し、両手を上げて伸びをした。ふと空を見上げると、澄んだ青空にうず高く重なった雲があった。


「ああそっかぁ、もう夏が近づいてるんだね。」


春になったと思えば、すぐに季節は移り変わる。暑い日々が始まったら、また彼がここへ、戻って来るんだ。


「慎ちゃん、元気にしてるかな。」


再会する度に、いつもビックリしてしまう。すくすくと、まるで植物の様に成長する彼に。無邪気なくせにちょっぴり意地悪。そのくせ両親に似て賢くて、可愛い。文句の付け様が無い愛らしい顔と柔らかな表情は、大勢の大人達もイチコロだ。


『ちーと、ずっといっしょがいいの。』


離れる時はいつもそう言っていた、年下の少年。兄の大きな手のひらとは違う、彼が持つ独特の手の感触は、繋ぐと何故か心が救われる様な気さえする。私は彼が、心から好きだった。


早く夏が来れば良いのに。


慎ちゃんと会って・・・いろんな話がしたいなぁ。そうだ、このパンケーキも作ってあげたい。桃とかプラムとか、旬のフルーツもいっぱい添えて。たぶん、きっと喜ぶ。あのとろけちゃいそうな可愛い笑顔。『ちー』と呼んではぽこっと出来る、右頬のえくぼが早く見たい。


「何だか、楽しみだな。」


体中がぽかぽかと温まり、エネルギーまで湧いてきた。いつもそうだ。慎ちゃんを思うと、元気になれる。


「おーい、ちさこー」


家の奥から、兄の呼ぶ声。


「はーい、今行きまーす!」


4時間後には開店だ。そろそろ残りの仕込みを始めなきゃいけない。すっかりキレイになったお皿を片づけて、私は大急ぎで戻っていく。さて、今日はどんなお客様と出逢えるだろうか。想像が膨らんで笑みが零れた。何だかスキップでもしたくなる、今日はそんな心地の良い始まりだった。







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