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13:過去からの使者

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恋をすると、人は愚かになる。


そんなものは偽りだと思っていたのに、この人に会ってからの私はまさに、その言葉通りだった。たぶん初めて会った時から私は、彼に心を奪われていたし、彼とそういう関係になるのだって、さほど時間は掛からなかった。


きっと熱に浮かされていたのだろう。


恋の知らない初心な娘が、軟派な男に落ちるなんて話・・・よくある事だ。面白味も何もない。人ごとの様にそう思えても、現実の私はとても苦しんだ。私は全てを捧げているのに、どうしてあなたはそうじゃないの?隣にはいつも見知らぬ誰かの存在があって、しかも私より格段に美しい人種。敵う筈も無く、追いつけるわけも無い。だから私は大人しく、あなたが伸ばす手を握リ返すだけだったよね。それがどれだけ辛かったのか・・・あなたは知ろうともしなかった。


「ちぃ、何を考えている?」


夜の近付いた山道。鬱蒼と茂る背の高い木々の根元を、ヘッドライトが煌々と照らしている。私達は会話らしい会話もせず、隣同士に座ったまま、ただ時間だけを持て余していた。微かに鼻を刺激する、煙草の香り。それは私の知らない彼の匂い。何度かこの車にも乗った事があるけれど、煙草の香りを感じた事は無かった。あれから吸う様になったのかもしれない。目線をずらして灰皿を見る。けれども、その気配は全く無かった。少しの違和感。


ああ、なるほど。


そしてすぐに悟って、自嘲する。この香りはきっと彼のものじゃ無く、ただ単に移っただけなのだ。その体に、その見目麗しいスーツに、誰かの残り香が漂っているだけ。その瞬間、一気に目が覚めた気がした。すとんと全部が、符に落ちていく。


だから私は恋が嫌いだ。


「・・・・・・・千景くんは、変わっていないんだね。」


ぼそりと呟いたそれの真意を、果たして彼は汲み取れただろうか。・・・ううん、きっと無理だ。女の気持は敏感に察知するくせに、私の心になると、どうしてもその能力を発揮してくれない。


「ちぃは、変ったな。健斗の言うとおり綺麗になった。」


膝に置かれた両手を、彼がそっと上から包む。その薬指には何もなかった。痕も、付いてない。言葉にするのも何だか億劫で、額の皺だけが深くなる。


「ずっと会えなくて、悪かったよ。」


悪かったですって?


さすがの私もカチンときて、彼の手をさっと振り払った。奥歯を噛んで彼を睨みつける。会えなくて悪かった?何なのそれ。悪いって何が?私がいつまでもあなたを想っていると、待っていたってそう思ってたわけ!?


「ちぃ、ここに戻ったのはお前に話が合って」


「やめてよ。私は千景くんと話なんてしたくない。もう遅いのよ。私はあの時に話して欲しかったのに、何も言わずに居なくなったのは千景くんでしょ。そういう事されるのが一番嫌って知ってるくせに、あなたはそれをした。だからもう無理。これ以上は付き合いきれない。千景くんの傍に居たくないの。」


一般車よりも随分と広いこの車で、それでも居心地の悪さを感じながら、私はハッキリと否定した。千景くんは昔の恋人。もう2度と会ってはいけない人。だからそんな風に何かを繋げ直そうとしても、私は言葉を否定する。そうするしかない。・・・・・だって、あなたはもう。


「愛してるのに?」


とくっと小さな針が胸の真ん中を差して、血が騒ぎだす。


「誰よりもお前を見てきた。お前の全部を知ってるのは俺だけ、そうだろう?」


体を傾けて、両手で私の顔を上げる。


「忘れたくないんだ。ちぃが凄く・・・好きだから。」


吐き出す息は飲み込まれ、唇と唇が触れ合った。ふわりと軽い交わりの後、すぐに離れる。


「他の女とキスしても、何も感じない。」


2人きりなのに、どうして耳元で囁くの。


「気持ちが良いのはちぃだけなんだ。」


ぬるりと差し込まれた舌が、耳を擽る。ビクッと身じろぐ身体。彼は私を逃がすまいとシートに腕を強く押し付けた。不自然な体勢、それでも顔だけは向かい合う。


「俺を信じてくれないのは何故?」


千景くんは卑怯者だ。ずるくて聡くて厭らしい、私をいたぶる天才だ。


「お前はずっと、誤解してる。」


「・・・・誤解?」


「そう、俺はちゃんと言った筈だ。俺は立場上色んな女を知っているけれど、お前みたいなのは初めてだって。その意味をちぃは、少しも理解してくれてない。」


「馬鹿げてるわ。可笑しいのは千景くんじゃない。それに意味があるのなら、ただ物珍しいだけでしょう?懐いた動物と同じ感覚。確かに私みたいな一般人、あなたの周りには居ないもの。」


「違う、そうじゃなくて・・・・」


「千景くん!何にしたってね、私はもうあなたと会うつもりは無いの。あなたを待つ事も・・・もう出来ない。」


視線を先に逸らしたのは、千景くんだった。そっと腕が離れ、運転席に深く沈みこむ。項垂れた顔と伏せた睫毛。その奥に見えた瞳が、傷付いた様に少しだけ揺れた。はっと息を飲む。長い間彼と一緒に居たけれど、そんな仕種を見たのは初めてな気がした。


「あいつの事は待てるのに、俺は待てないのか。」


・・・・・え?


「いや、何でもない。悪かったな。すっかり暗くなってる・・・帰ろう。」


ハンドルを握りアクセルを踏む。動き出した車体はゆっくりと、家路へ向かい走りだした。見慣れた場所なのに、行きと帰りでは全然違う景色に見えた。きっと日が暮れたからだと・・・・思い込むようにして目を閉じた。これ以上は何も、考えたくなかった。



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