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11:秘密の花園

メニューは話数によって、随時追加します。

早朝5時半。携帯のアラームが盛大に泣きわめいた。メロディーでも何でもない、ただの大きなリズム音。それが私の朝を守ってくれる、忠実なる執事の代わりだ。ぶるぶるぶるとちっちゃな体を揺らして、起きろ起きろと囃し立てる。有能なわりに随分と乱暴な起こし方だけれど・・・まあ、その位でちょうど良い。


・・・・・・うぅ。


ぼんやりしたまま条件反射に、枕元をゴソゴソと漁った。お仕事の日でも休日でも、私はいつもこの時間に目覚ましをセットしている。自他共に認める朝型人間。庭の手入れや仕込みの準備をしなきゃいけないので、我が家の朝は結構忙しかったりする。もちろんその代わりに寝るのは早くて、10時を過ぎれば私もコウ兄もあくびの連発だ。余程そこらへんのちびっ子よりも、健康的な生活習慣を送ってる。


・・・・・・・ねむい。


右に左に伸びをして、ようやく探り当てたケータイのスイッチ。目を閉じたまま、無意識に押した。執事の声が鳴り止む。どうもご苦労様でした。でも・・起きたくないです・・・眠いんです・・・・起きなきゃ・・・もうそろそろ・・ううーん・・・。


未練たらしくもごろんと寝返りを打ち、手をぎゅっと握る。猫のように喉を鳴らしてみたりして、一応眠気と格闘する。だからといって可愛げなんかはちっともなくて、まるで威嚇するみたいな低い唸り声を上げた。多分それに見合ってこの寝起き顔は、とんでもなくブサイクなこと間違いない。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、瞼を指で擦り、カーテンの隙間から漏れる太陽の光を確認する。ああ、どうやら今日も天気は良いらしいですね。のっそりと上半身を起こして、頭をひと掻き。


おはよーございます。


壁に向かってぺこんとお辞儀をした。これも欠かさない毎朝の習慣。掛け時計の下に飾ってる絵に対して、私は何よりも先に挨拶をする。今日も頑張りますからね、決意を込めてのご挨拶だ。


足を延ばして前屈したり、腕を上げてぷらぷらとストレッチ。その度、左の足首に付けたアンクレットもシャラランと揺れる。それは、小さな星のモチーフが付けられた金の鎖。いかなる時も外さない、私の美しい宝物。


「さて、今日もしっかり働かなくちゃ。」


天井に両手を向けて、ぐーんと伸びをする。緊張と弛緩、しゃんと正される背骨、働き始めた脳。やっと動き出すいつもの自分。


「水撒きしなきゃね。私も庭も、喉がカラカラだよ・・・・・。」


ベッドから降りてケータイをテーブルに置くと、私はそのまま部屋を出た。汗を掻いた背中とは対照的に、ひんやりとした廊下が素足にはとても心地良かった。ぺたぺたと音を鳴らしながら、一緒に足首の小さな星も揺れている。


「おはよう、お兄ちゃん。」


キッチンに入ると、そこにはもうしっかりと着替えを済ませた兄の姿。よれたパジャマに跳ねた髪をした、見るからに「寝起きです。」な私とは違って、振り向いた兄はどこまでも爽やかに微笑む。


「おはよう、千紗子。よく眠れたか?」


白シャツを捲り上げた腕が、忙しなく卵を溶いている。


「うーん、それがね。いつもより寝付きが悪くって。」


話すそばからふわぁ~とあくびが出た。口に手を当てても納まりきれない様な、おっきいやつ。


「へぇ・・・珍しいな。」


「そうなんだよねぇ。」


コウ兄が首を傾げて、じっと見てくる。


「それ・・・・・慎太郎のせいか?」


優しい目が少し細まる。


「慎ちゃん?何で?」


水道水をコップに注ぎ入れ、一気飲みする。ゴクゴクするたび波打つ喉。ああー、やっぱ美味しい。


「・・・・・・別に、何となく。」


そう言ってコウ兄は、目線を手元のボウルに戻して作業を続けた。変なの。質問の意図が掴めないまま、流しにコップを置いて洗面台へ向かう。今度は外側から水分補給だ。汗ばんだ体にシャワーは堪らない。鼻唄交じりにお風呂へ入り、30分後、顔のお手入れをして着替えを済ました。


今度は庭のお世話の番。


腕まくりをして高い位置で髪を結ぶ。さてさて、彼女たちのご機嫌はいかがかしら。右手でぐっとホースを掴み、蛇口を捻った。勢いよく水が飛び出して、私と花々を繋ぐ小さな虹が出来上がる。水浴びを喜んでいるのか、彼女たちはキラキラと光を放って楽しげに揺れた。


ここは私の大切な庭。誰にも侵されない、私だけの世界。どんなに辛い事があっても、誰に非難されたとしても、ここへ逃げ込めば大丈夫。


あんな怖い思いは、もうしたくない。


その一心で作り上げたシェルターは、季節ごとに鮮やかな色を重ねて、私に命の輝きを見せてくれる。その輝きはとても儚くて、けれども容易く奪われてしまう事もあるのだと・・・・私は痛いほどに分かっていた。でも、だからこそ、きっと覚えておかなきゃいけない。大切な人が傍を離れぬように。ずっといつまでも、このままの幸せを崩さない為にも。


「おとうさん・・・・・おかあさん・・・・。」


小さな呟きは風に攫われ、瞼の奥には鮮烈な青が蘇る。人々を魅了した「あの少女」の微笑みは今、大好きな両親の代わりにこの家を、静かに見守ってくれている。




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