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10:Shake your hands

メニューは話数によって、随時追加します。

「・・・もしかして、彼女に何かした?」


それはちーが席を立った直後のこと。赤くなってるじゃないか・・と、頬を見る伊織さんに指摘を受けた。僕は噴き出しそうになったのを寸での所で抑え、ごくっと喉を鳴らしながらコーヒーを飲んだ。


ふう・・。


まずは呼吸をひとつ。わざとらしくゆったりした動作でソーサーの上にカップを置くと、親指で口許を拭う。乾く唇が朱を増して、口の中に広がった苦みのお陰で冷静さも取り戻した。相も変わらずモノトーンカラーのギャルソン着を身に纏い、姿勢良く真っ白な布巾で皿を拭く伊織さんに、僕は目を細めて嗤う。こんな相手を前にすると、僕だって少しカッコつけたくなる。カウンターに肩肘をついて顎を乗せ、足を組み替えた。さあ、試合を始めよう。


「だったらなに?ちーにキスするのに、伊織さんの許可が必要なの?」


皿を拭く手がぴたりと止まった。代わりにほんの少しだけこめかみが動いたのを、僕は見逃さない。伊織さんは無言のまま背を向けると、顔が映りそうなほど綺麗に磨かれた皿を食器棚に戻した。整い過ぎた背中だ。気に食わないくらいに。


「気持ち良くてね。それにすごく・・・・柔らかかったよ。」


頬がね・・・とはもちろん言わない。言ったらどうせ、からかいのネタで終わってしまう。今きっと伊織さんの頭の中では、色々な想像が膨らんでいるはずだ。顔や首筋、それとも他の場所かもしれない。いずれにせよその場所全てを実現してみせるとはいえ、それは多分、ちーのあの慌てふためき様を見てしまえば・・・悔しいけれどそう簡単には上手くいかない気がした。


「なあ、シンタロー君。」


呼びかけと同時に大きく広げられた布巾が、パシッ!!という音を立てて、激しくしなった。どんなに深い眠りでも、目が覚めるような大きな音だった。空気を変える破裂音。その行為は、とても皺を伸ばす為だけとは思えない。明らかに苛立ちと牽制を含ませている。伊織さんが振り上げる腕は何度もしなやかに上下して、その度に同じ音が店に響いた。回数を重ねるごとに、まるで獲物を追い立てる銃声の様に聞こえ始める。客は誰も居ない。此処に居るのは僕と伊織さんだけ。


「欲しいからって無理やりは、良くないなぁ。」


5回ほど白く波打ったそれは、瞬く間に小さく折りたたまれ、そして腰エプロンのポッケに納められた。


「がっついて顔に傷付けられるような『お子様』に・・・千紗子ちゃんはあげたくないんだけど?」


伊織さんは振り向いて、細い眼鏡フレームの端を弄った。眼光の鋭さと同じくらいに、レンズがきらりと光る。


「そうだね。僕は伊織さんよりもずーっと若くて『お子様』だから、自制心なんて効かないんだ。若気の至りってやつでそのまま・・・ちーを襲っちゃうかも。」


ピクッ!


あ・・・。さっきよりもハッキリこめかみが動いた。怒ってるね。伊織さんが凄く、怒ってる。食器棚に背を預け、腕を組む伊織さんはとても格好良い人だ。そりゃあもうムカツクくらいに。コウ兄とはまた別の意味で、僕の憧れの存在だ。


「そんな事してごらんよ。オレは多分・・・君を殺しかねないよ?」


にっと笑った口から、白い歯がちらり。出た。これが伊織さんの本性だ。普通笑いながらそんな事言える?コウ兄がオオカミだったら、伊織さんはまるで黒ヒョウみたいな人。くねる尻尾と舌なめずり、優雅で魅惑的に跳ねる肢体。噛み砕いた肉も返り血も、真っ黒な毛で隠してしまう。あーもう、分かるでしょう?見本は大事とよく言うけれど・・・小さい頃からこんな人達に囲まれてしまったら、僕の人格形成なんか目も当てられない。歪んでしまうのは当たり前だよ。「社会的」に言うなら僕は、きっと不適格者なのだろうね。実際、同世代の友達にはお前ってちょっと変わってるって言われるしね。でも、別に良いんだよ。特に気にしてない。だって僕は自分のこの性格を、わりと気に入っているのだから。


「もう嫌だなぁ伊織さん。僕を殺すなんて・・そんなつまらない事しないでよね?」


ブラックで飲んでいたコーヒーに、少しだけミルクを垂らす。渦を巻く白がすぐに暴れて、変色しては溶けていく。ぐるぐるぐるぐるとスプーンを回すうち、確かに淹れたはずの白は完全に、黒に侵食されてしまった。いつだって強いモノが勝つ。それがこの世のことわりならば。だったら僕は、強くなるしかないじゃないか。そうでしょう?・・・・ねぇ、神様。


「僕はね伊織さん。どうせ殺されるのなら、ちーが良いよ。ちーにだったら何をされても、良いと思ってる。」


だってあの可愛らしい指ならきっと、痛みも快楽に変えてしまうよ。ほら、そう思わない?


「・・・君は盲目的だな。それに狂っている。」


そうだよ伊織さん。僕は駄々をこねる子供で居られない代わりに、狂気を身に付ける事で肯定したんだ。彼女の傍にいる理由を・・誰からも咎められない様にね。


「シンタロー君、オレは始めっから思っていたよ。彼女は君を天使だと言うけれど、それは違う。君は天使の顔をした悪魔だ。」


僕はその言葉が嬉しくて、噛み締める様に苦笑した。マグカップの柄をぐっと右手で強く掴んで、最後の一滴まで飲み干す。美味い。少しだけ舌に甘さを残したのはミルクだ。例え真っ黒でも、ちゃんと白だって活かされてる。僕にもまだ・・・・甘さが少し必要らしい。


「ありがとう伊織さん。伊織さんがそんな風に思ってくれてるなら。僕にとってのそれは・・最高の褒め言葉だよ。」


今度は伊織さんが笑う。それはあまり見慣れてない、少し寂しさを滲ませた笑みだった。


「シンタロー君。」


伊織さんは随分と使い古した気配のマグカップをひとつ取り出し、空っぽになった僕のカップと同様、なみなみとコーヒーを注いだ。


「君もよく知る様に・・・僕は良い男じゃない、君と同種の悪い男だ。だから無差別に偽善を振りまく様な奴よりも、君みたいな意地の悪い子の方が個人的には好ましく思う。けれどもね・・・彼女にはその仮面も必要だと思っているんだ。彼女はああ見えてひどく脆い。だから、彼女を傷を付ける様な手など、これ以上は与えたくない。優しいだけの手があれば良いんだよ、彼女にはね。」

「・・・・はい、分かります。」


瞼を閉じて応えた。僕だって、ちーを悲しませたくない。伊織さんの気持ちは痛いほどよく分かる。それは本当に素直な気持ち。


「そう・・・なら、良いさ。」


カツンっと互いのカップを鳴らして、僕等は目配せをした。乾杯。のどを通っていく渋い苦みが、伊織さんの言葉と一緒に脳を刺激していく。それは次の行動を練るのに丁度良い・・・ちりちりと針で突く様な痛みだった。



男性陣のやり取りを書くのが、個人的に好きだったりするのです。

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