現代のテレビ番組
映像が軽快な音楽と語りによって始まる。本放送は1980年代から90年代くらいだっただろうか、地球奇妙探索という歴史や文化をモチーフとしたクイズ番組だ。
「……」
ホトルスは真剣なまなざしで食い入るように目で追う。
人のよさそうなアナウンサーがタレントたちにそれぞれの回答を求める。
展開はこの番組によくある流れ。天真爛漫な女優と元プロ野球選手の掛け合いがあり、若いイケメンタレントが頓珍漢な回答をし、考古学者がうんちくを披露する――本当にいつものパターン。
「なぜ、エジプトから他の場所に移動したのだ? またこの演出はなんなのだ?」
ホトルスは演出の意図を理解できず疑問に感じて石倉の方へチラリと視線を向けるとそのことを聞いて来た。
「それはな、クイズと言って視聴者に何をやっているのか、なぜそうなのかなど質問し答えさせる演出だ」
「それは分かっている、ただ今この映像に必要なものなのか?」
石倉はホトルスの出身国がスフィンクスを作り出した国だという事を思い出し、別の切り口で説明することにした。
「時々入る映像に、大きな木の物やホトルスには良く分からないものを見せたり使用したりする物が入るだろう」
「ああ、疑問に思っていた」
「それはスポンサーという名の出資者の宣伝だ。その出資者にとって映像を大多数に見てもらうことは死活問題だ。よくわからない物を買ってもらうために宣伝したり、出資者の名前を覚えて貰ったりしてもらう必要がある」
「それは、わかるが……」
「クイズにするのは親だけではなく子供――家族で見てもらいからだな。子供自身は購買力が無いが親はある、あと後々子供が成長し大人になった時に出資者に好意的なら新たに売り出した商品を買ってもらえるかもしれないという考えからでもあるな」
「そうか、そう言われればそうなのかもな」
ホトルスは納得し視線を戻す。
一部女性タレントが違う事から、石倉の中で何回かの放送が混じりあってしまったらしい。
しかしホトルスは知る由のなく、そういうものとして見ていた。
「正解は――」
当然ホトルスは日本語なんか分かりっこない。だけれどもその記号を必死に聞き取ろうと真剣な表情を見ていると石倉はいたたまれなくなった。
「ここは、ルクソール神殿です」
女性のタレントが神殿に入ってゆく。
ホトルスは懐かしいまなざしの中に落胆した表情が混じった横顔を見せていた」
「ホトルスが居た時代の神殿はどうだったんだ」
「俺がいた時代はこんな気楽に入れなかった。当たり前だ、神殿だぞ! ちゃんと兵士が見守って、神官が目を光らせて……こんな変な恰好の人間は叩き出していた」
「ここがギザのピラミッドでーす」
「たのむ、そんな気楽に入らないでくれ。あー頂上まで登らないでくれ」
ホトルスは泣きそうな表情を浮かべる。
「王家の谷へ来ましたぁ~」
「……盗掘かぁ」
「ここが、テーベです」
すでに言葉を出す気を失ったのか、それ以降は寂しそうな表情を見せ無言で視聴していた。
「なあイシクラ、俺の生きていた時代から見て、お前の時代はどれくらい経っているのか? 大体でいい、正確な数字は出せないだろうから……」
西暦はキリストの誕生に関わっている、キリスト教伝来前の時間に生きていたホトルスに話しても理解されないだろう。
「最低でも一五〇〇年くらいだと思う」
「そうか……そこまで経ったのなら石造りの像などはもった方なのかな」
映像は一時間を超えている。数回放送分混じりあっていたとはいえもうすぐ終わるだろう。
「イシクラ、石像や墓などの修繕をしていないどころか外国人が易々と入っているということは王朝は滅んだのか」
石倉は無言で視線を上げて夕焼けの残る星空を眺める。
「多分、今のお前の態度からして滅んでいるのだな」
「ああ」
「……そうか」
ホトルスは何とも言えない表情で、長嘆息をもらした。
「ここが、アブシンベル神殿です」
番組の終盤、例の年二回神殿に光が差し込む映像が流れる。
周囲で見ていた観光客が興奮し歓声を上げる。
「こんなんじゃないんだ。この神殿は……この儀式は……もっと神聖なものなんだ」
その言葉は、夜空に小さく放たれ星々の元に溶けていった。
映像はエンディングテーマが流れ、スタッフロールが降ってきている。なんとなく映像の終わりを理解したホトルスは石倉に品評をまじえた気になった部分の話を振った。
「言葉が分からないのであくまで映像を見て受け取った情報なのだが、どうもお前の言うテレビは間違った説明をしているような気がしてならない」
「それに関しては、神話や文化――人の暮らしや行事、町の風景など、資料が散逸していたりして失われた事が多く定説が数年から数十年で変わることがある。私の子供のころ聞いたものと大人になってから聞いた事では言われている事が違ったりするのだ」
「あと、所々出て来る固有名詞は分かるのだが、発音のアクセントなど微妙に違うのは気になった」
「神聖文字はロゼッタストーンというギリシャ語と共に書かれた石板のお陰で表音文字だと理解され解読は出来ている。ただなぜその文字にその絵が当てられているのか、また絵柄は何なのか分からない部分は残っているそうだ。そんな状態だから当たり前のようだが発音は伝わってないのだ」
「そうか、残念だ」
翌日、二人お互い持ち寄ったメモを情報交換して解読してゆくと、やはり影の長さ、方角によりシステムが動き出すように思えた。
「やはり、絵柄のように影が鳥が翼を広げたような状態になると帰るためのトビラが開くと考えていいのだろうか」
「ただ、そのトビラは我らが住んでいた場所に戻るのだろうか?」
ホトルスは小さく不安を口にする。
「確かにな、私と君とでも住んでいた地域から時間軸が違う」
「しかし、希望はこれしかないのも確かだ」
「そうだな、まったくだ」
地球で考えると太陽が冬至と夏至以外真上に来ることが無いのだが、ここは何故か毎日常に真上に昇る。
だからこそここが天に連なる遺跡になったのかもしれない。
二人は早速柱の高さを測り、地上にある中央の円からそれぞれ長さを測り、最後に周囲にある設置物の大きさと柱までの距離を測る。そしてそれぞれの必要な長さに太陽の動きを計算し影の動きを予測し計算しだした。
「やるなぁ」
石倉は驚いた、自分の頭脳に自信があった。しかしホトルスはロクな道具がない中ピラミッドを作るような民族の神官階級の男だ、大した道具を使わずに天体の動きや時間の計算など早々と行い、道具を使用して色々図りつつ進める石倉を軽々と周回遅れにした。
「イシクラ、残念な結果だ」
ホトルスは口惜しそうに言葉を吐く。
「どうした?」
「どうやっても計算が合わない、無理だ」
「そんな……ばかな」
二人に絶望が纏わりついた。
その結果を見ても、二人はその場に残り何とかできないかと連日努力をしていた。
「なあ、イシクラ、頼みがある」
ある日の朝、気落ちしたホトルスが座っている石倉に頭を下げてきた。
「どうした、君らしくない」
「もう、戻れないかもしれない……せめて故郷の映像を見ていたい。イシクラ、前に見せてくれたテレビという物の映像をくれないか」
ホトルスの目には涙が光る。相当追い詰められた精神状態なのが見て取れた。
「ああ、わかった」
石倉は立ち上がり気落ちしているホトルスの方へ向く。
「ホトルス、何か映像保存できる媒体は無いか」
「なら、このパピルスに行ってくれ」
おそらくこの世界に飛ばされた時に偶然持ってきた故郷からの思い出のパピルスなのだろう。そこに故郷の一部を閉じ込めたいというホトルスの気持ちは十分に理解できた。
「よし、一両日中にやっておく」
「頼む」
石倉は太陽光をなるべく避けるためテントの中に引きこもり映像保存の魔法を唱え、地面に置かれたパピルスに注いでゆく。




