図書館で会った二尾の猫
ペラッペラッ
ページをめくる音が指先から伝わってくる。
「……んん」
図書館の空いた窓から訪ねてきた優しい風がカーテンを揺らす。
「フアー」
大きなあくびが口から湧き出る。
「こりゃぁ、仕事していた方が楽かもしれねぇなぁ」
信長の午後の予定は外回りである。
「うわっと」
態勢を崩し転倒しそうになるも手を伸ばし本棚に指をかけ立て直す。
「ふぅ」
ドササッ
代わりに本棚から五冊ほどの本が落下した。
「やっちまった」
本を拾って元有った位置に戻していくと、床に一枚の黄ばんだ紙が落ちているのに気付いた。
しおりというには大きすぎ、かといってお札とみるには小さすぎる、あまり見ない奇妙な大きさだった。
「どこから落ちたんだろう」
落ちた本に挟まっていたものだろうとは容易に想像がつくが、どの本からかは見当がつかない。
「よっと」
信長はその紙を手に取る。
黄ばみはかなり進んでおり、所々黄ばみが濃い場所があり、それが水泡が落ちたような模様を作り出していた。
「裏になにか書いてあるみたいだな」
裏返すと紙には正面を向いた猫の絵が描かれており、鳥獣戯画のような絵柄なのだが、それがまるでこちらを凝視しているかのような目で見ていた。
「なんだぁ」
信長の意識はフッと軽くなり天井へ向けて持っていかれた。
「ここは?」
信長が立っている場所は図書館だったはずなのだが、気が付くと目の前に小さなお社があり、その前に白い猫が寝っ転がっていた。
「なぁんかおかしいなぁ」
あたり一面竹林で後ろに細い獣道があるのがなぜだか分からないが理解していた。
信長の目は猫に注がれる。
「化け猫か?」
口笛を吹くも小太刀が出てこず、次点の武器としてワンドを引き抜いた。
「それは、何だニャ?」
「‼」
突然猫が喋ったので、信長は後方へ飛んで距離を取りワンドを構えた。
「それは、武器なのかニャ?」
「やっぱり喋っている」
「図書館にいたはずだ。 幻覚を見ているに違いない」
猫はにゃあと鳴くとお社に入ってゆき、手ぬぐいを被って戻り縁側に腰かけた。
(尻尾が二本ある!)
「ここはそなたが拾った符が作られた時代、おおよそ五百年前になるのかニャ」
「五百年前? 戦国時代か?」
「何だニャ? その戦国時代とやらは」
たずねる化け猫に、戦国とは自分の名前の信長の由来とはなどを話した。
「信長? よくわからにゃいニャ。 このお社は人が来なくなってここから廃れていってしまうんだニャ」
お社を見上げて寂しそうに語る化け猫に向けていた杖をしまって話を聞こうと耳を傾ける。
「そなたが触れた符はここの宮司が書いて発行したものニャ」
「話せば長い旅になるニャけど、そなたほど霊力をもってかつ使いこなすものが今まで現れなかったニャ」
「今までも夢の中に出て話しかけたりしたんニャけど……気味悪がって本に挟まれたりして人手を転々としてたニャ」
「まあ、気持ちはわかる」
「何でニャ?」
不思議そうに首を傾ける化け猫に人間の思考を説明した。
「まず、夢に猫又? が出てくるの怖いから!」
「怖い? 一生懸命語り掛けたニャ」
「うーん、猫って祟るものだって言い伝えがあるから……」
「そうなのかニャ」
「そうだな、だからその符を燃やしたり捨てたりしないで本に挟んで次の人に流したんだよ」
「自分が祟りにあうの嫌だから」
「祟りなんてしないニャ? なんでかニャ?」
顔を歪める化け猫にきわめて平和的に語り掛けた。
「今だって迷信のに惑わされたりするものが後を絶たないのに科学的見地がロクにない近代となると仕方がないよ」
「……どうすればいいニャ」
「何をお願いしたかったの?」
「ご神体が賊に奪われてしまったニャ」
「取り返すにも五百年もたってしまうと……」
「また、作ればいいニャ」
「作れんのかよ!」
「前のご神体は猫の地蔵だったニャ」
「それっぽいもの探してみるよ」
「ありがとうニャ、符の上にご神体を置いて欲しいニャ」
スゥーとあたりがぼやけたかと思うといつの間にか図書館に戻ってきていた。
「今のは……」
手には猫の符が握られている。
窓からそよぐ風がカーテンを揺らし、それを受け符もゆらゆらと揺れる。
「さっき落ちた本を全部借りるか」
先ほど棚に入れた本を再び引き出すと、符を挟み込んで受け付けカウンターまで持って行った。