相棒 小太刀と妖精サニア
相棒の小太刀を抜く。
ぬるっとした感覚と共に抜き身が躍り出る。
「公園のベンチで昼寝をしていたらこれだ」
嫌な気配を感じ取りビルの間の死角に足を踏み入れた所、いきなり化け物に出くわすこととなったのだ。
「よりによって、休憩時間に出てくんじゃねーよ」
腹立ちまぎれに言葉を投げ捨てると、中段に構えて同時に魔法の詠唱を始める。
「チュゥ――――」 一メートルはあるだろうか、ネズミの化け物はこちらにある敵意を隠そうともせず威嚇し続けている。
その声を聞いて、仲間が次々と駆け付けてきた。
「うおおおおお」
刀は化けネズミの体を切り裂き、ネズミは絶命するも呼び寄せた仲間が次々と襲い掛かる。
「数が多い」
左手から炎の下位魔法を繰り出すと、たんぱく質の焦げた匂いを発し数匹倒れた。
「チュー――」
逃げ腰になりながらも、なお威嚇を続けるネズミたちに再び魔法を放ち、焼き尽くすと同時にネズミに向かって走り出す。
タッタッタッタ
「おりゃー」
手に鈍い手ごたえを残し、ネズミは床に伏した。
暫くするとネズミたちは元の大きさに戻った。
(いつもの事だ) 前回はバッタ、その前は雀がやはり巨大化し暴れていた。
ただ、なぜ大きくなるのか、他の誰もが気付かない場所で暴れているのかが一切分からない。
「今何時だ」
はたと現実に頭を戻しスマートフォンの電源ボタンを押すと、時刻が十三時四十七分と表示された。
「しまった、ヤバい!」
小型化の魔法で小さくした刀を急いでポケットにしまって職場に戻ると、課長が青筋を立て机をトントンと力強く叩いているのに出くわした。
「佐藤君、君はいつまで休憩しているつもりだったのかね?」
課長の西田のいつもの人格攻撃が始まった。
「君は時計すら読めないのかね? 年齢的には中年と呼ばれる年だというのに時間すら守れない、君の存在意義は何だね」
「申し訳ございません」
「その言葉、何度聞いたか……君の名前、信長だろう、親御さんは織田信長にあやかって名付けたのだろうが……とんだ名前負けだな」
周囲から小さな嘲りの笑いが沸き起こる。
「とにかく、早く席に戻り仕事をしろ! 会社が君を雇っているのもタダじゃないんだぞ」
「はい、直ちに」
彼の名前は、上司の西田が言ったように佐藤信長、歳は……若者と言うには厳しい年齢だ。
「よろしいでしょうか、これお願いします」
ドス
鈍い音と共に青いファイルが数冊置かれた。
「これは」
戸惑う信長に女性事務員の北口は「パソコンに入力してください。 マークをしてあるところです。 それくらいは出来るでしょう」 と小ばかにした笑いを浮かべ自分の席に戻った。
(今日は残業だな)
日が落ちたのはかなり前の事だが、詳しくはわからない、トイレに行く振りをして集中力を高める呪文をかけたためあらゆる情報がシャットダウンされていた。
「えっと、売り上げはっと……こっちは貸方だな」
「んーー」
両方の指を絡ませて頭の上に突き出し伸びをする。
「ふぁぁ」
生あくびが出てくると同時に空腹感も湧いて来た。
「今何時だ?」
周囲の同僚はもうすでに帰ったらしく、フロアには信長しかいない。
(もう少し仕事をやって帰るか)
コップに淹れてある冷めたコーヒーを口に含むと再びモニターを注視したところで、後ろから突然声がかかった。
「遅い、何してるの」
「仕事」
佐藤はそう切り返してチェアを回転させて振り返る。
「仕事、じゃないでしょ! おなかペコペコ」
この声の主はサニア、俗にいう妖精だ。
サニアは向こうの世界からの腐れ縁で、信長がこちらの世界に戻って来る際に一緒に渡って来た。
「早く帰ろうよ、ご飯買ってこ」
ふるふるっと小刻みに羽を動かし周囲を旋回する。
「もう少し終わらせたい」
そう言う信長に、サニアはパソコンの電源ボタンを押して強制終了しようと手を伸ばすも。
「ちょっと待て、今保存して終わらせるから」
「問答無用」
サニアの電源ボタンより信長の保存が間一髪早かったため、昼間からの作業が無駄にならずに済んだ。
会社を出るころには、飛ぶのに疲れたサニアが信長の右肩に腰かけて色々と起こる世間の変化に面白そうな表情を浮かべて視線を動かしている。
駅を降り、閉店準備中のスーパーに入ると弁当コーナーに直行した。
「あんまりいいものが無いね」
サニアが寂し気に弁当を選び始める。
(……野菜弁当でいいか)
不人気なのか、いつも売れ残っていて半額のシールが貼ってある。
あっちこっちと浮遊していたサニアは決まったらしく、信長を弁当の所まで呼び寄せる。
視線をサニアに合わせて軽くうなずく。
どうやら向こうの世界に行っていない住人にはサニアが見えないし声も聞こえないらしく、初めのうちは声に出して受け答えをしていて独り言を言う不審者扱いを受けたため、外では返事をすることを控えている。
「これ」
サニアが指し示すパスタを手に取り、会計に向かおうとすると。
「半額なんだから、プリンを付けて欲しいな~」
信長はため息をつき、デザートコーナーのプリンを一つカゴに入れた。
「ありがとう~たまには半額もいいね」
そう嬉しそうに微笑んだ。
小さなアパートに帰り、さっと着替えてケトルでお湯を沸かし弁当をレンジで温める。
流れ作業的にこなし、温まった弁当をテーブルへ並べてお茶を汲み終わるころには、サニアは自分の弁当とプリンを魔法で小さくして食べ始めていた。
「いただきます」
信長の疲れた声にサニアは寂しそうな視線を向け再び食事を始めた。
「ねえ、ノブ、あんた何で我慢してるの」
「ん?」
「あの、北口とかいうヤツ、あんたに仕事押し付けたんだよ」
「ああ、そうだな」
「そうだなじゃないよ! 腹立たないの? ああいう他人を小ばかにして自分は一番下じゃないって確認しているクソヤローを」
「サニア、そんなやつ向こうの世界にもいくらでもいただろう」
「まあ、それは……」
「でも、あんた……ネズミと戦ってたじゃない」
「仕方ないさ、誰も知らないんだから」
台所で洗い物をし入浴を済ませたころには時刻は午後十一時を回っていた。
「もうそんな時間か」
「寝る?」
「ああ」
スマホで動画を見ていたサニアは、それを消して布団を出してきた。
「もうそろそろ新しい布団が欲しいなぁ~な~んて」
「次の休みにでも、ホームセンターに行くか」
サニアの布団は大きめのペット用のものを使用しているのだが、なかなか拘りが強く最悪数件はしごすることになる。
「前から言ってるけど、アンタたまには断りなさい。 私が言うのも難なんだけど」
「ああ、そうだね」
呆れとも怒りともつかないサニアを軽くかわし、信長は布団にもぐりこんだ。
次の日
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
メガネを額に上げスマホを操作している西田は、スマホから目を離さずに軽く挨拶を返した。
「課長、何か調べものですか」
「ああ、ちょっとな」
西田が生返事を返してきたので、信長はそれ以上聞くことなしに自分の席へ向かった。
「さて、昨日の続きを……」
しばらく続きの作業をしていると、同僚の東島が嫌な笑いを浮かべてこちらに来た。
「今は、仕事出来んぞ」
信長はサニアの言葉を思い出し断りの言葉を言うも、東島は信長の机をねめまわし「大丈夫じゃね、そんな仕事後でやればいいんじゃね」と言う。
「なぁに、それあたしが急ぎで頼んでんですけどぉ」
北口が切れ気味に東島に絡むと、東島はめんどくさそうに指をひらひらさせて、分かったと言わんばかりに書類を信長の机において出て行ってしまった。
「お、おい」
(結局こうなるのかよ)
「今日も残業かな」
二人の仕事を終わらせたときには、午後六時を回っていた。
「これから俺の仕事だな」
軽くため息をついたあと、一番下の大きい引き出しからファイルを取り出して机の上に広げた。
「えーと、去年のデータはっと」
「張り切ってるな」
ひと際大きな声が響き渡ることで、声の主が営業の南山さんだという事がすぐにわかる。
元々大学でラグビーをやっていたらしく、声がでかいがとてもいい人だ。
「お疲れ様です」
「おう、ほれ軽い夜食だ、食うといい」
袋の中にはコンビニで買ってきたカルビ弁当が入っていた。
「ありがとうございます」
礼を述べる信長に、背中を叩きながら「色々あるだろうけど負けんなよ」と言って笑いながら出て行った。
「コーヒーを淹れてもうひと踏ん張りするか」
書類の照らし合わせが佳境に入るころ、なにやらガサガサという音が聞こえてきた。
「いっつも思うんだけど、全然軽くないよね」
魔力の反応を多少感じた後、咀嚼音がフロアに広がる。
「はむ、うむうむ、久しぶりだと美味しい」
「なあ、人のモン食うなよ」
「お腹減ったのよ、仕方ないじゃない」
サニアが焼肉の匂いをまき散らしながら弁当を平らげた後には、空腹信号をだした中枢神経を抑え込みながら必死に仕事をしている信長の姿があった。
「今日は、俺のためにストロングを買って帰るぞ」
「私のプリンもね」
「ねえよ!」
今日も無事一日が終わる。




