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8話 家族の食卓(仮)

 ミナの家に戻ると、外には薪を割ったばかりの木がいくつも積まれていた。


 玄関を開けると、土間の奥から木靴の音が聞こえる。


「ただいま」


 ラナの声に応じて、背の高い男が現れた。


 肩幅が広く、体格もがっしりしている。無精髭まじりの口元に、少しだけ煤けた作業着。年齢はラナより少し上くらいに見えるが、年季の入った手が、暮らしの重みを物語っていた。


「おかえり」


 声は低いが、柔らかかった。


「この人が、森でミナを助けてくれたの。マルトくん。お礼に晩ごはんをご馳走するの」


 ラナの紹介に、男はマルトをじっと見た。けれど、それは敵意でも疑いでもなく、ただ“知ろうとする”視線だった。


「……そうか。ありがとう」


 それだけ言うと、男はくるりと背を向け、囲炉裏の火に手をかざした。


「旦那よ。名前はガルド」


 ラナが笑って言い添えると、ガルドはちらりとこちらを見て、小さくうなずいた。



 夕食の支度は手際よく進んだ。


 ミナが台の上に食器を並べ、ラナが煮込んだ野菜スープと干し肉を大皿に盛っていく。


「うちのご飯、派手さはないけど……まあ、ちゃんと食べられるわよ」


 そう言ってラナが笑うと、「ミナが味見したから大丈夫!」ミナが胸を張る。


 囲炉裏を囲んで四人が座ると、自然と部屋の中に温かい香りが満ちた。ぐつぐつと煮込まれるスープからは、根菜の甘みとともに、ほんのり胡椒とハーブのような香りが立ちのぼる。干し肉の香ばしさも相まって、素朴ながら食欲をそそる匂いだった。


「いただきます」


 ミナが元気よく声を上げ、それにつられてマルトも「いただきます」と手を合わせる。


 スープの味は、驚くほど優しかった。素朴な根菜の甘みと、ハーブの香りが、疲れた身体にじんわり染みわたる。


「……おいしいです」


 思わず漏れた声に、ラナがふっと目を細めた。


「そう。よかったわ」



 食卓には静かな時間が流れる。ミナだけが、今日の森の出来事や薬草の話を楽しそうに話していた。


「ねえパパ聞いて! 今日ね、森でいつもとちがう形の葉っぱ見つけたの。お母さんに聞いたら“にせナオリソウ”って言うんだって! 本物とまちがえやすいんだよー」


 スプーンを持ったまま、くるくると手を動かすしぐさも、どこか幼さがにじんでいた。


「ナオリソウは傷薬の原料になるんだけど、にせナオリソウはね、似てるけど全然違うのよ。あれを煎じて飲んだら、苦いしお腹壊すんだから。魔物だって苦手よ」


 ラナが笑いながら言うと、ミナは得意げにうなずいた。


「もう大丈夫、ちゃんと見分けられるもん!」


 そんなやり取りを聞きながら、マルトはふと心が和らいでいくのを感じた。



 やがて、マルトがぽつりと口を開いた。


「……なんだか、こうして食卓を囲んでると、懐かしい気持ちになります。こういうの、久しぶりで」


 その言葉に、ラナが箸を止めた。


「……そう。マルトくん、家族は?」


「……いません。ずっと一人でしたから」


 そう言って、少しだけ笑った。


 ラナはそれ以上は聞かなかった。ただ「そっか」とだけつぶやいて、湯気の向こうに視線を落とした。



 少し間を置いて、ラナが静かに言う。


「よかったら……しばらく、この家で暮らさない? けが人を外に出すわけにもいかないし、村にも慣れてないでしょう?」


 マルトは目を見開いた。思ってもいなかった申し出だった。


「……そんな、いいんですか?」


「もちろん、部屋は狭いけど……この家、昔はもっと人がいたから。今は空いてるのよ」


 ガルドは黙ったままだったが、否定するそぶりはなかった。


「……それじゃ、甘えさせていただきます。お世話になります」


 深く頭を下げるマルトに、ラナは「いいのよ」と優しく返した。


 そのとき、無言だったガルドがふいに口を開いた。


「……朝は早いぞ」


 マルトが顔を上げると、ガルドは干し肉をかみながら、ぽつりと続けた。


「明日、薪を運ぶ。……やれるか?」


 その言葉に、マルトは思わず微笑んだ。


「はい。喜んで」


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