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7話 村長との対面

 ミナの家で手当てを受けたあと、マルトは少しだけ横にならせてもらっていた。身体はもう動いたが、ほんの短い休息が、思った以上に心を落ち着かせてくれた。1時間ほど経ったころ、


「そろそろ……行こうかしら」


 ラナがふいに言った。


「え?」


「あなたのこと、村長に伝えておかないといけないから。――この村、そういうところなの」


 その声は穏やかだったが、どこか“けじめ”のような重みを含んでいた。


 マルトはすぐに頷いた。


「わかりました。ご迷惑をおかけする前に、ちゃんと顔を出したほうがいいですよね」


「いってらっさい、マルトお兄ちゃん」

 隣でミナがちょっとコンビニくらいの軽さで送り出した。


 外に出ると、夕方の風が頬をなでた。空は茜色に染まりはじめ、村の屋根や木々が長い影を落としている。


 道の両側にはまばらに家が並び、畑ではまだ誰かが作業していた。人々はラナとすれ違うと挨拶を返すが、その視線はやはり、マルトに向けられていた。露骨に訝しむものはいない。けれど――確かに、「異物を見る目」だった。


 マルトは静かに深呼吸をする。こういう空気は、嫌というほど経験してきた。転職のたびに、派遣先で、知らない職場で、何度も。


 ただ、今は……それを「仕方ない」と思えるくらいの余裕はあった。


 ラナが小声で言う。「村長さん、ちょっと不愛想なところがあるの。でも、悪い人じゃないわよ」


 村の中心あたりにある一軒の家は、他と比べるとほんの少しだけ大きく、柱や扉のつくりが丁寧だった。


 扉の前でラナが声をかけると、しばらくして、ゆっくりと年季の入った戸が開いた。


「……おや、ラナか」


 現れたのは、小柄で白髪まじり短髪の老人だった。痩せてはいるが、足取りはしっかりしている。顔には深い皺が刻まれ、目は細く、しかしその奥に光が宿っていた。


「村長さん。“お客さん”を、お連れしました」


 ラナの言葉にうなずき、老人――村長はマルトをじっと見た。


 その視線は、敵意でも好奇心でもなく、“測る”ようなものだった。


「まあ、入りなさい」


 家に入ると村長が話しかけてきた。


「……あんたが、“助けてくれた”ってやつか」


 低く、しかし芯のある声だった。


「はい。偶然通りかかって、森でミナさんが魔物に襲われているところを――」


「ありがとな。だが、まずは、あんたが何者かを聞かせてもらおうか」


 マルトは少しだけ姿勢を正し、言葉を選ぶ。


「……遠くの方から来ました。このあたりのことは、正直、あまり分かっていません。気がついたら森の中で……。道にも迷っていました」


 村長はしばらく黙ったまま、マルトの目を見ていた。


「……村には掟がある。よそ者を拒むわけじゃない。だが、迎えるのにも手順がある」


 マルトは深く頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしないようにします。村のこと、教えていただければ、従います」


「素直なやつだな。だが、信用ってやつは、口じゃなくて時間が作るもんだ」


「……はい」


 短い会話だった。けれど、その言葉の端々に、村を守ろうとする誠実さがあった。


 村長は、ちらとラナに目をやり、それから小さくうなずいた。


「……ラナが案内したのなら、まずは様子を見よう。滞在を許す。だが、小僧、何かあったら……ラナたちに迷惑となること忘れるなよ」


「はい。ありがとうございます」


 軽く一礼して家を出ると、あたりはすっかり夕暮れ色に染まっていた。村の静けさに、虫の声が重なっている。


「よかったわね。村長さん、少しは安心してくれたみたい。村長さんだって村を守らないといけない立場だからね。不愛想だけど、悪い人じゃなかったでしょ」


 ラナがそう言い、にこりと微笑む。


「はい、誠実で真摯な方だと感じました」


「難しい言い方するわね。まあ、いいわ。さ、帰りましょう。……今日は夕飯、少し豪華にしようかしら」


「そんな、気を使わなくても」


「ううん。ミナがあなたのこと、いっぱい話すだろうから、旦那も、きっと気にするでしょうし」


 その言葉に、マルトは少しだけ身構える。


 ――ミナの父親。まだ会っていない人物。


 新しい出会いに、不安と、ほんの少しの期待が入り混じる中、マルトはラナの後ろ姿について歩き始めた。

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